Entrance for Studies in Finance

ソフトバンク-ボーダフォンとシティ-日興

現代企業は経営環境の変化に応じて巨額資金の調達が必要になる。大きな戦略的投資。その一つに買収戦略がある。それが見えるとそうした戦略余地をもつために財務部門がどのように日常的に行動するべきかも見えてくる。またその手法として買収資金の調達において銀行による融資枠が演じる役割。さらに事業の証券化という新たな手法をここでは検討する。
以下で見るように買収資金の調達では当初資金を協調融資で調達することが多い。山田有人氏は、銀行の協調融資ではコベナンツの付け方によっては、融資を受けてからの企業の行動が制約されるとしている(山田有人『最強の経営参謀』2008, 44)。しかし社債発行でもコベナンツを付けることはあるので、問題は社債発行か銀行融資かではなく、コベナンツの付け方にあるのではないか。

参照 証券市場論リンク(企業買収)

1.ソフトバンクによるボーダフォン買収(2006年4月)   
 経営が順調だったとはお世辞にも言えないボーダフォンの日本法人について、ソフトバンクはその子会社を通じ、1兆7500億円で子会社を通じ英ボーダフォンの保有する日本法人株を取得することで英ボーダフォンと合意した(2006年3月17日ソフトバンク発表)。ソフトバンクの子会社はボーダフォン日本法人の負債2500億円も引き継ぐので、実質的な買収金額は2兆円とされることもある。いずれの数字にせよ、これは日本企業による買収としては過去最大規模であった。そして2001年10月にJフォンGを傘下に収めて日本に進出したボーダフォンは撤退が決まった。
 これまでの日本企業がらみの大型案件としては、1999年に日本たばこ産業が米RJRナビスコの海外たばこ事業を9400億円で買収した件。また2001年にNTTドコモが米AT&Tワイヤレスの株式16%を1兆1000億円で取得した件がある。
 日本法人(非公開)は純資産が7000億円とされる。これを1兆7500億円で買うとPBRは2.4倍。NTTドコモのPBRが2倍であるのに比べて高いことが、高値つかみとして批判されたが、さらに高値をふっかけるボーダフォンに対し、あえてソフトバンクはこれを買い前にすすんだのである。ソフトバンクにとって携帯電話への進出はそれだけ意味があったということだろう。
 ソフトバンク子会社はソフトバンクから2000億円(普通株)、米ヤフーから1200億円(優先株)の出資を受けて設立され、金融機関から1兆1000億円ー1兆2000億円の融資を受けて、両者を合わせて買収資金とする。融資は買収相手の事業利益を担保に借り入れるLBO方式。ボーダフォンの日本法人の資産が担保となる。ドイツ銀行、みずほコーポレート銀行、三井住友銀行、シティバンク、ゴールドマンサックス証券、仏カリヨン銀行、独ウエストエルビー銀行の6行がとりまとめ役。合わせて総額1兆2800億円の協調融資(syndicated loan)。当初1年契約。1年後に5-7年の長期借入に切り替える。ノンリコースローン。実行日はTOB終了予定日の4月25日。LBO方式による分が1兆2800億円ともいえるが、これは日本企業のLBO(leveraged buyout)として過去最大であり(国際的にみても1989年のRJRナビスコ買収250億ドルに次ぐ2番目の巨大案件)、また協調融資としても過去最大規模の国内協調融資であった。また条件をよくするため入札方式を取ったとされる。
 2006年4月25日期間1年の短期借入金1兆1600億円を調達。融資枠契約(コミットメントライン契約)1兆2800億円。27日に英ボーダフォンにTOBで取得した97.64%分の現金を支払ったとされる。
 この協調融資における融資金利の国債金利に対する上乗せ幅は当初2.5%。しかし2006年10月以降は3%、さらに2007年1月以降は3.5%に引き上げられる予定であった。そこでソフトバンクとしては10月をめどに資金の借り換えを計画した。 
 2006年11月30日 ソフトバンクはソフトバンクモバイルによる携帯事業証券化により1兆4500億円を調達した。事業の証券化=事業の将来の現金収入を裏付けに資金調達。背景:ソフトバンクの社債格付けはダブルBマイナス(S&P)、Ba2(Moodys)。本体での借入は避けるのはもちろん本体の利払い負担が増えないようにする。携帯のCFは安定しており、そこだけ証券化するとソフトバンクの格付けより高くできる。1兆1500億円についてシングルA。3000億円についてはトリプルB。主幹事はシティG、みずほC銀行、ドイツ銀行など。しかし関係した金融機関は20以上。これは日本における本格的な事業証券化の最初でしかも最大規模の事例であるが、参加金融機関にとり手法の学習効果も大きかった
 借り換えに伴う金利軽減は金利で1%程度。金額では年100億円程度。しかし反面でソフトバンクは、携帯電話事業に本腰を入れ成功させることを金融機関に約束した形になった。

2.米シティバンクグループによる日興コーディアルグループ買収(2007年4月)
 2006年12月に不正会計問題が発覚し金融庁から課徴金納付命令を受けたあと12月18日付けで日興株は東証により監理ポストに移された。その後、顧客の流出により経営が傾く中、2007年2月28日朝刊で日本経済新聞は、東証が日興株上場廃止で調整に入っていると伝えた。この報道を受ける形で3月6日、日興コーディアル・グループに対し資本提携(4.9%)関係にあるシティバンク・グループが、1株1350円でのTOB実施を宣言した。
 3月12日、東証は報道を否定する形で上場維持を宣言した。今回の不正会計は、上場廃止するほど市場に大きな影響を与えていないとして、上場廃止になった西武鉄道の場合(2004/12/17)やカネボウの場合(2005/06/13)に比べて、修正した段階で上場廃止となるほど大きな修正額ではないこと、<組織的に不正を行ったとは>言いきれないことなどを挙げた。3月13日に日興株は監理ポストから解除された。そして上場維持の発表を受けてシティでは急遽TOB額を1700円に引き上げた。
 上場廃止の報道。そしてそれを受けてのTOB宣言。その直後に上場維持の決定というのは、すべてが株価の波乱要因であり、どのように説明しても憶測を残しやすい。今後に向けて、上場廃止の決定をさらに透明に行う責任を東証は負ったといえよう。
 さてこのような後味の悪い問題の直後に、日興コーディアルグループに対し資本提携(4.9%)関係のあるシティが日興株の過半数取得を目指しTOBを開始した。2007年3月15日1株1700円でTOB開始。期限は4月26日。過半数取得でTOB成立。4月26日に応募分含め持ち分は61%になる。なおその後、シティは市場で日興株を買い増し6月12日には68%強を保有するに至った。3分の2以上の株式を取得したことで完全子会社化の自力での実現が視野に入ってきた。
 ところでTOB開始時点で100%取得とすれば最大1兆6700億円の資金が必要とされた。つぎに資金の手当てがどのように行われたかをみよう。
 この資金をドル資金なら豊富にもつシティは主として大手邦銀からの協調融資で確保した。その意味は必要なのは円資金であること。ドル資金を持ち込めば為替変動リスクがあること。円資金は低利であること。協調融資の実績を増やしつつ日本のメインバンクと関係を作ること。などさまざまに解釈された。
 2007年4月上旬に明らかになったところでは、みずほコーポレート銀行 三菱東京UFJ銀行 三井住友銀行など大手邦銀とシティバンクの4行が共同主幹事になり、4月内に1兆7000億円の融資枠を設定する。内訳は基本が1兆4000億円で3000億円はオプション。期間は1年でシティ側の希望で1年伸ばせるというもの。関係金融機関は内外の大手19行とされる。配分はみずほが2250、三菱東京UFJと三井住友が各2000など。この協調融資はソフトバンクのケースを抜いて国内協調融資で過去最大となった。ソフトバンクのケースと比較すると、シティの財務格付けはダブルA格。借入条件もソフトバンクのケースとは異なり、シティにとり有利に設定されていることが伺える。
 4月26日段階では56%の新規取得に対応した9200億円が必要資金となった。その後、シティは6月12日までに68%まで買いました。この結果、自力での完全子会社化が視野に入ってきた。
 その後、2007年6月にシティグループは、この買収借入金の一部返済のため4000億円規模の円建て社債を発行した。国内で2700億円、海外でも円建て債を1400億円。これは企業による円建て社債としては2002年の松下電器による3000億円社債を抜いて過去最大となった。主幹事は日興シティグループ証券。
 M&Aの活発化のなかで協調融資が大きな役割をしていること。また、事業の証券化が始まったり、社債発行が大型化するなどの変化が伺える。
このケースは2007年5月に外国企業に解禁された三角合併の最初のケースとしてもエポックメーキングとなった。日興コーデイアルをシティの日本法人であるシティ・グループ・ジャパン・ホールディングスが完全子会社化する。日興の株主にはシティの株が渡される。10月2日の三角合併計画発表(日興株主に対し1700円相当のシティ株の割り当て)。10月20日には東証がシティGを東証一部に11月5日から上場すると発表した。
ところがシティは2007年7-9月決算でサブプライム問題で65億ドルの巨額損失を計上。日興買収を主導してきたチャールズ・プリンス会長兼CEOが2007年11月4日に引責辞任した。辞任会見でプリンスは9月末から11月4日までの追加損失がすでに80-110億ドルの追加損失及んでいることを明らかにした。後任の会長にはロバート・ルービン元財務長官が就任した。
その後、シティGは12月19日の臨時株主総会で、シティ株の下落を受けて、株価が下落しても1700円相当のシティ株を受け取れる(あるいは現金による買取)ように条件を緩和した。しかしここにきて、このような状況下でシティ株への不安は高まっている。このケースは三角合併のもつ、株主にとってのリスク、魅力のない外国株の押し付けという問題をはしなくも暴露する買収になりそうだ。
なおプリンスの後任CEOのヴィラクラム・パンディットCEOは組織の簡素化と事業の効率化をシティの新たな経営方針として掲げた。そこでシティの対日戦略の見直しがあるとの観測が流れている。日興は、2006年12月の不正会計問題表面化以降、法人・個人の両面で顧客離れが続く。シティによる買収は日興のブランド力の改善になるとは思えない。シティには2004年に犯した法令違反事件という深い傷があり、誰もそのことを忘れていない。シティのブランド価値は日本では著しく低いのである。
 シティGはすでに2007年7月に、2004年に法令違反問題で撤退させられたシティバンクの富裕層業務を再開(日本法人として銀行免許取得)。プライベート業務撤退後のシティはディックなど消費者金融でむしろ知られたが、これもグレイゾーン金利廃止を決めた貸金業法成立で行き詰まっていた。現在、個人富裕層業務を再開したシティバンクと、買収で入手した日興コーディアル証券との一体的運用を構想し、シティバンクで日興の投信の販売を開始している。
 法令違反のシティと不正会計の日興。かつて顧客の信頼を裏切った会社同士が一緒になって果たして、顧客の信頼は取り戻せるものだろうか。
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post ithout obtaining the prior consent of the author.

参考
シティの拡大路線修正
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Securities Markets」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事