これは医者が、医療関係者に発表している内容になります。
是非、皆さんも読んで頭の隅っこにでも置いといて下さい。
やはり危険? 市中肺炎へのブロードな抗菌薬
2019年05月10日 18:06
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7名の先生が役に立ったと考えています。
研究の背景:「医療ケア関連肺炎はナローでよい」の流れの中で・・・
肺炎の分類は日本と海外でいささか異なる。日本では市中肺炎と院内肺炎の間に、医療・介護関連肺炎(NHCAP)があるが、海外でそれに該当するのは医療ケア関連肺炎(HCAP)である。定義にやや違いはあるものの、おおむね似た集団を見ていると考えられる。
米国の研究では、HCAPの患者に対して当時のガイドラインに準じたブロードスペクトラム抗菌薬を投与すると、30日死亡リスクが上昇することが示された(Eur Respir J 2011;38:878-87)。これを受けて、米国感染症学会(IDSA)/米国胸部学会(ATS)のガイドライン(Clin Infect Dis 2016;63:e61-e111)では、HCAPでは耐性菌を懸念する必要はそこまで高くないと明示し、それまで院内肺炎と同等に扱われてきた歴史を撤廃した。これにより、HCAPに対する治療は市中肺炎寄りで問題ないという専門家が増えた。これまでブロード・イズ・ベターとされてきた集団に対しても、ナローでよいだろうという知見が集まりつつある。
さて、今回取り上げるのは市中肺炎に対してブロードスペクトラム抗菌薬はどうか、という論文である(Eur Respir J 2019年4月25日オンライン版)。前述したロジックから考えると、市中肺炎にブロードスペクトラム抗菌薬を使うのはナンセンスだし、もしかすると死亡リスクを上昇させてしまうかもしれない。しかし、市中肺炎に対するこうした過剰治療がまだ根強い地域はあるため、前向きのランダム化比較試験は倫理的に立案できないものの、集まったデータを用いて解析は可能と考えられた。
市中肺炎に対して抗菌薬を投与するとき、状況にもよるが、個人的にはアンピシリン/スルバクタムやセフトリアキソンの点滴を用いることが多い。しかし、併存症があるという理由で、カルバペネム系などのブロードスペクトラムの抗菌薬を用いる医師も少なくないだろう。ただ、一口に併存症と言っても、あまり肺炎の転帰に関連しない軽度のものから、免疫不全を有する重度のものまで幅広い。
研究のポイント1:救急部で行われた約2,000例の後ろ向きコホート研究
本研究は、米国ユタ州の4施設の救急部で行われた成人市中肺炎患者約2,000例の後ろ向きコホート研究である。ICDコードで市中肺炎の診断が付いた患者を登録しているが、HIV感染症や固形がんなどの免疫不全患者は除外された。救急部受診から12時間以内に抗菌薬を投与された市中肺炎患者が対象となった。
ブロードスペクトラムの抗菌薬は、バンコマイシンやリネゾリドといった抗メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)薬、ピペラシリン/タゾバクタム、イミペネム/シラスタチン、メロペネム、セフェピム、セフタジジム、アズトレオナムといった緑膿菌に効果のある薬と定義されたが、市中肺炎に対して単剤で用いたフルオロキノロンは該当しないものとされた※。
年齢、性、Charlsonインデックス、CURB-65スコアなど肺炎に関わる基本的な交絡因子を補正し、多変量回帰分析を用いて、ブロードスペクトラムの抗菌薬が30日死亡率、入院期間、コスト、Clostridioides difficile感染症(CDI)に与える影響が調べられた。また、点滴処方理由による交絡(indication bias)に対処するため、介入群の平均介入効果(ATT:市中肺炎母集団患者のうち曝露群におけるアウトカムの期待値と非曝露群におけるアウトカムの期待値の差)の推定に際してinverse probability of treatment weighting (IPTW)法を用いた。ご存じの方も多いと思うが、IPTW法は傾向スコアの逆数から予後に与える影響度に重みを付けて解析するもので、傾向スコアマッチングよりも解析と背景の調整が簡便である。個人的にもこのあたりはざっくりとした理解であり、統計の専門家ほど語れないため多くは書かない、あしからず。
研究のポイント2:ブロードな抗菌薬使用は死亡率上昇、入院期間延長などと関連
さて、解析対象1,995例の年齢中央値は67歳で、51.5%が女性だった。Charlsonインデックスは中央値3であり、平均CURB-65スコアから類推された死亡率は6.1%という集団である。ウォークインで来て外来治療ができる市中肺炎というわけではなさそうだ。
市中肺炎の患者で、ブロードスペクトラムの抗菌薬を投与された患者は39.7%に上った。HCAPの基準を満たした患者で同薬を投与されたのが36.4%で、そうでない患者では7.4%だった。なるほど、HCAPの診断に引きずられてブロードスペクトラムの抗菌薬処方が増えたのは明白である。しかし、救急部ベースで行われた研究であることを考えると、この数値は高い。入院後、薬剤耐性病原菌が検出されたのはわずか3%だった。
重み付けなしの多変量回帰分析では、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用は死亡リスクの上昇に関連していた〔オッズ比(OR)3.8、95%CI 2.5~5.9、P<0.001、表の左欄〕。HCAPの診断自体は死亡リスク上昇には影響していなかった(同1.2、0.76~1.9)。また、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用は、入院期間延長(推定OR 1.7、95%CI 1.5~1.8、P<0.001)、コスト上昇(同1.8、1.7~2.0、P<0.001)、CDI発症増加(同3.9、1.6~10.9 、P=0.008)と関連していた。
IPTWを用いた感度解析においても、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用のATTは、死亡率上昇(OR 4.6、95%CI 2.92~7.45、P<0.001、表の右欄)、入院期間延長(推定OR 1.52、1.4~1.6、P<0.001)、コスト上昇(同1.7、1.6~2.8、P<0.001)、CDI発症増加(同5.8、1.9~27.5、P=0.008)と関連していた。ICUに入室したサブグループにおいても、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用のATTは、死亡率上昇と関連していた(OR 4.0、2.2~7.7、P<0.001)。
表. プライマリアウトカムである30日死亡率に対する各因子の影響
手作業によるレビューでは、死亡した40例のうち7例(17.5%)に抗菌薬関連イベントが含まれていたとのことである。これには、例えばバンコマイシンやピペラシリン/タゾバクタムによる急性腎障害、抗菌薬投与後のCDI、セフェピム関連脳症などが含まれている。
私の考察:前時代的なプラクティスであることを再証明
過去にChalmers ら(Clin Infect Dis 2014;58:330-339)が示しているように、HCAPという理由だからアウトカムが悪くなるというわけではなさそうで、本研究ではブロードスペクトラムの抗菌薬が乱用されることが臨床的に重要なリスクであることが示された。
日本の現在の臨床プラクティスにおいて、市中肺炎の初期治療にバンコマイシンやカルバペネムを投与することなど到底容認されないが、おそらく一部の施設ではブロードな治療が常態化しているだろうし、実際そういう病院を筆者は幾つか知っている。
もちろん、ムコイド型緑膿菌を長らく保有しているびまん性汎細気管支炎の患者が市中肺炎らしいセッティングで入院してくるようなレアケースは別として、NHCAPやHCAPの集団を想定していたとしても基本的に初期治療としてブロードなカバーを想定する必要はないと言える。
「"保険"のためにスペクトラムカバーを広くしておきましょう」という親切心が仇とならないようにしたいものである。
※ちなみに、個人的には市中肺炎でフルオロキノロン単剤を使うことはない
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研究の背景:「医療ケア関連肺炎はナローでよい」の流れの中で・・・
肺炎の分類は日本と海外でいささか異なる。日本では市中肺炎と院内肺炎の間に、医療・介護関連肺炎(NHCAP)があるが、海外でそれに該当するのは医療ケア関連肺炎(HCAP)である。定義にやや違いはあるものの、おおむね似た集団を見ていると考えられる。
米国の研究では、HCAPの患者に対して当時のガイドラインに準じたブロードスペクトラム抗菌薬を投与すると、30日死亡リスクが上昇することが示された(Eur Respir J 2011;38:878-87)。これを受けて、米国感染症学会(IDSA)/米国胸部学会(ATS)のガイドライン(Clin Infect Dis 2016;63:e61-e111)では、HCAPでは耐性菌を懸念する必要はそこまで高くないと明示し、それまで院内肺炎と同等に扱われてきた歴史を撤廃した。これにより、HCAPに対する治療は市中肺炎寄りで問題ないという専門家が増えた。これまでブロード・イズ・ベターとされてきた集団に対しても、ナローでよいだろうという知見が集まりつつある。
さて、今回取り上げるのは市中肺炎に対してブロードスペクトラム抗菌薬はどうか、という論文である(Eur Respir J 2019年4月25日オンライン版)。前述したロジックから考えると、市中肺炎にブロードスペクトラム抗菌薬を使うのはナンセンスだし、もしかすると死亡リスクを上昇させてしまうかもしれない。しかし、市中肺炎に対するこうした過剰治療がまだ根強い地域はあるため、前向きのランダム化比較試験は倫理的に立案できないものの、集まったデータを用いて解析は可能と考えられた。
市中肺炎に対して抗菌薬を投与するとき、状況にもよるが、個人的にはアンピシリン/スルバクタムやセフトリアキソンの点滴を用いることが多い。しかし、併存症があるという理由で、カルバペネム系などのブロードスペクトラムの抗菌薬を用いる医師も少なくないだろう。ただ、一口に併存症と言っても、あまり肺炎の転帰に関連しない軽度のものから、免疫不全を有する重度のものまで幅広い。
研究のポイント1:救急部で行われた約2,000例の後ろ向きコホート研究
本研究は、米国ユタ州の4施設の救急部で行われた成人市中肺炎患者約2,000例の後ろ向きコホート研究である。ICDコードで市中肺炎の診断が付いた患者を登録しているが、HIV感染症や固形がんなどの免疫不全患者は除外された。救急部受診から12時間以内に抗菌薬を投与された市中肺炎患者が対象となった。
ブロードスペクトラムの抗菌薬は、バンコマイシンやリネゾリドといった抗メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)薬、ピペラシリン/タゾバクタム、イミペネム/シラスタチン、メロペネム、セフェピム、セフタジジム、アズトレオナムといった緑膿菌に効果のある薬と定義されたが、市中肺炎に対して単剤で用いたフルオロキノロンは該当しないものとされた※。
年齢、性、Charlsonインデックス、CURB-65スコアなど肺炎に関わる基本的な交絡因子を補正し、多変量回帰分析を用いて、ブロードスペクトラムの抗菌薬が30日死亡率、入院期間、コスト、Clostridioides difficile感染症(CDI)に与える影響が調べられた。また、点滴処方理由による交絡(indication bias)に対処するため、介入群の平均介入効果(ATT:市中肺炎母集団患者のうち曝露群におけるアウトカムの期待値と非曝露群におけるアウトカムの期待値の差)の推定に際してinverse probability of treatment weighting (IPTW)法を用いた。ご存じの方も多いと思うが、IPTW法は傾向スコアの逆数から予後に与える影響度に重みを付けて解析するもので、傾向スコアマッチングよりも解析と背景の調整が簡便である。個人的にもこのあたりはざっくりとした理解であり、統計の専門家ほど語れないため多くは書かない、あしからず。
研究のポイント2:ブロードな抗菌薬使用は死亡率上昇、入院期間延長などと関連
さて、解析対象1,995例の年齢中央値は67歳で、51.5%が女性だった。Charlsonインデックスは中央値3であり、平均CURB-65スコアから類推された死亡率は6.1%という集団である。ウォークインで来て外来治療ができる市中肺炎というわけではなさそうだ。
市中肺炎の患者で、ブロードスペクトラムの抗菌薬を投与された患者は39.7%に上った。HCAPの基準を満たした患者で同薬を投与されたのが36.4%で、そうでない患者では7.4%だった。なるほど、HCAPの診断に引きずられてブロードスペクトラムの抗菌薬処方が増えたのは明白である。しかし、救急部ベースで行われた研究であることを考えると、この数値は高い。入院後、薬剤耐性病原菌が検出されたのはわずか3%だった。
重み付けなしの多変量回帰分析では、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用は死亡リスクの上昇に関連していた〔オッズ比(OR)3.8、95%CI 2.5~5.9、P<0.001、表の左欄〕。HCAPの診断自体は死亡リスク上昇には影響していなかった(同1.2、0.76~1.9)。また、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用は、入院期間延長(推定OR 1.7、95%CI 1.5~1.8、P<0.001)、コスト上昇(同1.8、1.7~2.0、P<0.001)、CDI発症増加(同3.9、1.6~10.9 、P=0.008)と関連していた。
IPTWを用いた感度解析においても、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用のATTは、死亡率上昇(OR 4.6、95%CI 2.92~7.45、P<0.001、表の右欄)、入院期間延長(推定OR 1.52、1.4~1.6、P<0.001)、コスト上昇(同1.7、1.6~2.8、P<0.001)、CDI発症増加(同5.8、1.9~27.5、P=0.008)と関連していた。ICUに入室したサブグループにおいても、ブロードスペクトラムの抗菌薬使用のATTは、死亡率上昇と関連していた(OR 4.0、2.2~7.7、P<0.001)。
表. プライマリアウトカムである30日死亡率に対する各因子の影響
手作業によるレビューでは、死亡した40例のうち7例(17.5%)に抗菌薬関連イベントが含まれていたとのことである。これには、例えばバンコマイシンやピペラシリン/タゾバクタムによる急性腎障害、抗菌薬投与後のCDI、セフェピム関連脳症などが含まれている。
私の考察:前時代的なプラクティスであることを再証明
過去にChalmers ら(Clin Infect Dis 2014;58:330-339)が示しているように、HCAPという理由だからアウトカムが悪くなるというわけではなさそうで、本研究ではブロードスペクトラムの抗菌薬が乱用されることが臨床的に重要なリスクであることが示された。
日本の現在の臨床プラクティスにおいて、市中肺炎の初期治療にバンコマイシンやカルバペネムを投与することなど到底容認されないが、おそらく一部の施設ではブロードな治療が常態化しているだろうし、実際そういう病院を筆者は幾つか知っている。
もちろん、ムコイド型緑膿菌を長らく保有しているびまん性汎細気管支炎の患者が市中肺炎らしいセッティングで入院してくるようなレアケースは別として、NHCAPやHCAPの集団を想定していたとしても基本的に初期治療としてブロードなカバーを想定する必要はないと言える。
「"保険"のためにスペクトラムカバーを広くしておきましょう」という親切心が仇とならないようにしたいものである。
※ちなみに、個人的には市中肺炎でフルオロキノロン単剤を使うことはない
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