「あゝ野麦峠 / ある製糸工女哀史」とは、山本茂実さんが1968年に発表したノンフィクション文学です。1979年に大竹しのぶさん主演で映画化され、当時、日本中を沸かせ、1980年4月1日から5月27日までTBS系列で森下愛子さん主演でTV放送されました。
明治から大正にかけての日本は外貨を稼ぐ手だては生糸でした。当時、長野県諏訪・岡谷地方は製糸工場が集中していました。労働のために集められた少女(工女)たちは、岐阜県飛騨地方の農家の工女たちは、長野県と岐阜県界にある野麦峠(標高1672m)を越えて諏訪・岡谷地方の製糸工場へ働きに出ていました。吹雪の中を危険な峠雪道を越え、懸命に就業しました。
工場では朝の5時から夜の10時まで休みもほとんどなく、蒸し暑さと、さなぎの異臭が漂う中で一生懸命、額に汗をしながら繭から絹糸を紡いでいました。また、工場の寄宿舎には厳重に鉄の桟がはめられており、逃げ出せないように監視もされていました。
当時の百円といえば家が建てられるくらいの大金です。百円工女になることは少女たちの誇りでした。だから、百円工女になるよう無理をして頑張っていました。しかし、苛酷な労働のために、結核などの病気にかかったり、自ら命を絶つ者も後を絶たなかったそうです。
工女たちの故郷から岡谷まで約140km。集団で移動し、途中の宿に泊まりながら3泊4日ないし4泊5日の行程。真冬の2月に故郷を出発し、5月の田植えに一時帰郷し、12月ころに帰郷するのが習わしでした。
1909年11月20日の午後、野麦峠の頂上で一人の工女が息を引きとりました。政井みねさん(当時20歳)。また、みねさんを背負い、峠の上までかつぎ上げてきたのは、みねさんのお兄さんでした。
みねさんが病気になり、工場から連絡を受けたお兄さんは、故郷から約120km以上の道のりを宿にも泊らず夜も休みなしに歩き、2日で岡谷に迎えに来たのです。お兄さんは病室へ入ると、美人といわれ、百円工女ともいわれた、みねさんの面影はなく、どうしてこんな身体で10日前まで働けたのか信じられないほどでした。
お兄さんは工場から十円札一枚を渡され、「早く連れて行って欲しい」といわれます。それは、工場内で亡くなって欲しくないという一方的な扱いだったからです。
「兄さ、何も言ってくれるな」とみねさんはいい、故郷へ帰りたと察したお兄さんは準備して来た背板に座ぶとんを敷き、その上にみねさんを後ろ向きに座らせ、ひもで身体を結えて工場から出ました。ひっそりと、ただ下を向いて歩き、みねさんは後ろ向きに負われたままの姿で、工場のほうに合掌した、その時、「おお 帰るのか、しっかりしていけよ、元気になってまたこいよ」と、あとを追ってきた門番のおじいさん一人だけ泣いて見送ってくれました。
お兄さんは、当初、松本の病院へ入院させるつもりで駅前の旅館に一泊しました。しかし、みねさんは故郷に帰るという気持は変りませんでした。そして、お兄さんは野麦街道を何日もかけて歩き、その間、みねさんはほとんど何も食べられず、野麦峠の頂上にたどりついたのが11月20日の午後でした。峠の茶屋に休んでそばがゆと甘酒を買いましたが、みねさんはそれにも口をつけず、「ああ、飛騨が見える、飛騨が見える」と喜んでいたと思ったら、持っていた茶わんを落して、力ついてしまったのです。
野麦峠には現在、みねさんと彼女を背負うお兄さんの像が建っています。また、路傍には行き倒れてしまったり、谷へ転落するしたりした方をともらう石地蔵が並んでいます。
結核は、細菌の結核菌が空気感染によって身体内に取り込まれて、発病するものです。
明治末期の工女と結核を調査した方がおり、それでは、工女約50万人のうち毎年9000人の方が亡くなり、過半数が結核性と推計されています。年ごとの新工女20万人のうち8万人が帰郷工女であり、うち3000人を結核重病者だったそうです。
国際連合が「持続可能な開発目標(SDGS)」で「2030年までの流行終息」を掲げている3大感染症の1つに結核(ほかは「マラリア」「エイズ」)になります。
日本ではかつて亡国病とも言われた結核。多くの関係者の尽力、診断技術の向上、そして、誰でも結核の治療を受けることを可能にした法律、抗結核薬やBCGワクチンにより予防対策などにより、結核は大幅に減少しました。それでも、2018年には米国の4倍以上、約15600人が感染し、約2200人の方が亡くなっています。特に約60%は若年層が占めているとのことです。
誰かが、「ウィズコロナ」といいましたが、昔も今も、そして未来も何らかの感染症と共存していかなければならない時代なのでしょう。
■外出の際は、手洗い、咳エチケット等の感染対策や、「3つの密」の回避を心掛けましょう。
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