野球小僧

近畿学生野球連盟 番外編

2017年秋季リーグ入替戦で公式戦全日程の終了後。近畿学生野球連盟理事長の後藤忠彦さんは大阪・福島の連盟「生みの親」の故・稲葉重男さんの霊前に報告に出向きました。

「何を置いてもまず稲葉さんにご報告したかった。怒られてばかりの記憶しか残っていないが、初めてほめてもらえた気がしましたね」

稲葉さんは関西の学生野球界の重鎮でした。日本高校野球連盟(高野連)常任理事、大阪府高野連理事長、近畿学生野球連盟理事長などを務めた方でした。旧制:大阪商科大(現:大阪市大)出身で、戦後から1977年まで長く大阪市大の監督・総監督も務めていました。

その大阪市大は昨秋のリーグ戦で1993年秋季以来、24年(48季)ぶり3度目の優勝を果たしました。つまり、稲葉さんが他界した年以来初めての優勝でした。

後藤さんは大阪市大の後輩として勝利の報告を行い、理事長の後任として恒例のリーグ戦終了の報告を行ったのでした。

「大阪市大はもちろん、この連盟には今も稲葉さんの精神が息づいている」

後藤さんはこう言います。

近畿学生野球連盟は1948(昭和23)年、近畿六大野球連盟として創立されました。戦後、連盟創設に動いたのが稲葉さんで、1947年に大阪理工科大(現:近大)学生監督だった松田博明さんを誘い、大阪帝大(現:大阪大)と三校リーグを始めたのが土台となりました。いわゆる連盟の「生みの親」になります。連盟の源流は1923(大正12)年の官立高等専門学校野球で「関西最古のリーグ」とされています。

戦争中、出征した稲葉さんは

「夜になっても敵の艦砲射撃は一層激しくなる。壕(ごう)にいても、いつ銃弾が当たるか分からん。でもオレは絶対死にたくなかった。死んでたまるか。絶対生きて帰って、もういっぺん野球がしたい。母校も甲子園に連れていく。その時、壕の上に見えた南十字星に誓ったんや」

と戦地でのことを語っています。復員後、自宅の床下に埋めておいた野球道具を掘り返し、活動を再開しました。兼務していた母校の扇町商(現:扇町総合高)監督として、1951(昭和26)年の選抜大会で甲子園出場を果たし、「南十字星の誓い」を実現させました。大阪市大監督としても「鬼」と恐れられる厳しさで選手たちを鍛えあげました。

縫製業を営む大阪・福島の自宅から大阪・杉本町のグラウンドまで二輪車で通い、夕刻、聞こえるバタバタという二輪車の音は「地獄の音」に聞こえたそうです。

妻・サカエさんは

「私の家は野球だけの生活ですべてが犠牲になり、食べるのに事欠くこともありました。主人に“もう野球はやめてください”と言うと“それはオレに死ねと言うことや”と、とりあってもらえませんでした」
「そこで考え方を変えました。この人は野球に打ち込むことで人々や世の中に関わっている。この人に気持ち良く野球をさせることが少しでも世の中の役に立つかもしれない。そう考えたら、とても楽になりました」

と苦労されていたそうです。

その稲葉さんは野球に厳しく、たとえば夏の高校野球大阪大会でシード制がないのは大阪府高野連理事長として「高いところに土を盛る必要はない」という精神が今も生きているからだと言われています。東海大仰星高のユニホームが東海大系列校の縦じまではなく、白なのは「華美は慎む」という府高野連のアマチュア精神の指導からだとされるほどです。

「確かに非常に厳格な方でしたが、稲葉さんを悪く言う人はいません」

と後藤さんは話します。

「何しろ愛情に基づいた厳しさでした。野球を通じた人間形成の教えは後々の人生で生きています。それは今の連盟の精神でもあります」

近畿学生野球連盟公式サイトのトップページには「オン・ルール、フェアプレー」と大書されています。「ルールにのっとり、正々堂々と」という、稲葉さんのいわば遺訓だそうです。

そのほかに稲葉さんの教えは

「早し良し、ちょうど危うし、遅し悪し」
「創造への道は苦悩の道」
「強敵といえども恐れず、弱敵といえども侮らず」
「貴重な時間、莫大(ばくだい)な費用、膨大なエネルギーをつぎ込んで野球に打ち込んでいるんだ。おろそかなプレーはできん」
「野球道具は神様だ。大切に扱うべし」
「勝負はげたをはくまで分からん。最後まであきらめるな」

という語録があるそうです。

人間形成、文武両道を掲げる近畿学生野球連盟は昨春に和歌山大、昨秋は大阪市大と国公立大が優勝を果たしました。後藤さんは「国公立でもやればできることが証明された」と語っています。

国公立大で有力選手を纂めるのは難しい。好投手の入学を待ったり、練習時間を長時間割くわけにはいきません。チームとして困難な環境を克服したとともに、自分一人で決めようと思わず、次につなげば何とかなる、全員で戦う気持ちが大事なんだということでしょう。

きっと、稲葉さんは草葉の陰から「よしよし」と頷いていることでしょう。


コメント一覧

まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
おそらく、どこの連盟にも名称と呼ばれる方、伝説の方はいらっしゃると思います。
決して独りよがりにならずに、周りが付いていったからこそ、歴史が出来、またそれを継いで、新しいことを取り入れながら積み重ねて伝統が生まれてきたと思います。

我が国は・・・歴史はありますけどね・・・
我が竜は・・・悪しき伝統は続いていますが・・・
eco坊主
おはようございます(*Ü*)ノ"☀

稲葉さんの情熱は凄いものがありますね。
尤も名将と言われる方々もそれなりに家庭を犠牲にされていることはここでもよくかぁれていましたが。
奥様の考え方の方向転換も頭が下がります。素晴らしいですね。
永田町界隈の先生や官僚の方々に見習って欲しいです。

全員で戦ってやっと連敗を止めました。
これから「橙の逆襲」です!!!
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