「本当にうれしいです。ちょっと興奮し過ぎて校歌は聞こえていませんでした。簡単な試合になるとは思わなかったですが、ここまで苦しむとは思わなかったです。終盤まで我慢してくれて選手に感謝したいと思います。これだけの応援の皆さんが集まっていただけて力になりました。負ける覚悟はできていたので『腹くくって行って来い』といいました。僕ではなくて、OBの方のおかげです。選手にはずっと甲子園で勝つことを目標に、その、えっ…、忘れました、すいません。選手は新しい歴史を作ってくれたと思います。守備をもう1回鍛えたいです。まずはしっかり休ませたいです」
第101回全国高等学校野球選手権長野大会で初優勝した飯山高の吉池拓弥監督の試合後のインタビューです。
吉池監督は高校時代は丸子修学館高野球部に所属し、2008年の第80回記念選抜高等学校野球大会に出場しています。ただし、試合出場はありませんでした。高校卒業後、大東文化大へ進学。2017年4月飯山高校に長野県教職員として採用され、2018年秋に監督就任したばかりの28歳という若さです。初々しい言葉なのが分かるような気がします。
学校がある長野県飯山市は人口約2万人の市で長野県では最少の市であり、近年は人口減少や高齢化、市街地の空洞化などの問題も多くなっています。また、自然環境は厳しく、国内有数の豪雪地帯です。雪国と言えば、北海道・東北・北陸地方が主だと思われるかもしれませんが、飯山地方も負けず劣らずで市内全域が特別豪雪地帯で非常に積雪量が多く、最深積雪平均は平地で176cm、山間部では350cmを上回り、一年のうち約3分の1の期間が雪におおわれています。
長野県ローカルですが、飯山高の応援CMがTVで流れていますが、「 起こせ みゆきの旋風」のキャッチフレーズですが、「みゆき」は「深雪」と書きます。真っ白なユニフォームは、純白な雪のようです。
選手はその雪のハンディをはね返し、長野大会では東京都市大塩尻高や上田西高といった甲子園出場経験を持つシード校を撃破してきました。決勝では伊那弥生ケ丘高に延長10回サヨナラ勝ちで、甲子園初出場を決めました。
チームのキャッチフレーズは「雪国から甲子園へ」です。冬はグラウンドが一面の銀世界となり、時には1m以上の雪が積もります。一昨年は4月、今年は3月後半まで土の上での練習はできませんでした。
それでも、吉池監督に「甲子園で勝つ」と言われた選手たちは日々の練習に工夫を凝らし、長靴で雪を踏み固めてプレーできるようにしてから、内野のノックや外野の捕球練習を繰り返してきました。素振りは校舎内の空きスペースで、数をこなし、他の運動部と共用の体育館で連係プレーを鍛えるため、誰もいない早朝に登校したりしてきました。
「雪を言い訳にしたら勝てないまま。我慢してやり続けました」と大川陸主将は言っています。選手は「どんなチームが来ても大丈夫」「練習してきたことを楽しくやろう」と豪雪地のハンディをはね返す練習で精神力も鍛えてきました。エースの岡田恵太選手は「1勝する自信はあります」と言い切ります(組み合わせ抽選前)。
強豪校を倒した自信を胸に、憧れのグラウンドでも「白い旋風」を巻き起こして欲しいです。大川陸主将は、「飯山の楽しい野球を、甲子園でも変わらず、みなさんにお見せしたいと思います」と、甲子園での活躍を誓っています。
そして、吉池監督は「まずは1勝したい」と目標を掲げています。
学校は飯山北高、飯山照丘高、飯山南高が2段階を経て統合し、2007年に創設されました。
先日、飯山の地を訪れましたが、どこへ行っても「飯山高校甲子園出場」の、のぼり旗やポスターで街中を挙げての応援一色でした。
郷土の思いを背負って初めて立つ夢舞台。
今年の夏。短い夏の街は、きっと今までで一番長い夏になって欲しいと願います。