【〝厭世哲学者〟の名作
~素人解釈の「読み解き方」あるいは「味わい方」】
ひと昔も前のこと
ヒトに〝やりたくないことをやらせる役目〟
つまり企業管理職をやっていた頃のこと
慣れない計数管理の責任者にさせられ
初めての難解な実務に混乱していたところ
捨てる神あれば拾う神あり、で
何人かの有能な部下がフォローしてくれ
〝クビの皮一枚〟でつながったことがある
それでも、人間関係はなかなかに難しく
部下の顔色をうかがっているわたしがいた
若い頃には想像だにしなかったストレスが
元々よろしくない腹具合を悪化させた
そんなときに
京都の書店で手に取ったのが本書である
哲学のメーンストリートから少し外れた
しかし、日本ではデカンショといわれ
それなりに評価されたことのある思想家
というイメージがあったが
なかなかどうして、一気にはまった
◇
1851年「筆のすさびと落穂ひろい」(随想録)
に載った最大編「処世術箴言」の全訳である
他の出版社から
「孤独と人生」等の標題で
数冊の訳書が出ている
しかし、
わたしは「幸福について――人生論」
を断固としてオススメしたい
訳文がよいのである
名訳の主(訳者)のことばを借りると
たとえば解説にこんなくだりが出てくる
少し長いが、熟読玩味していただきたい
◇
本論文は、
哲学専門家ならぬ人たちに人生の意義を説き、
人の求める幸福ははたしていずこにあるか、
真の幸福とは何かを教えたものである。
俚諺、格言、詩文を至るところに引用し、
ユーモアと風刺をまじえ、肩もこらずに
全編を一気に読破させる文章の旨味は
ただただ感嘆するばかりである。
幸福は人間の一大迷妄である。
蜃気楼である。
だがそうは悟れぬものではない。
この悟れない人間を悟れないままに、
幸福の夢を追わせつつ、
救済しようというのである。
人生はこの意味で、
そのまま喜劇である。
戯曲である。
ユーモアである。
したがってこれを導く人生論も風刺的、
ユーモア的たらざるをえないではないか。
著書の説く一大哲理の背後に、
ペロリを出した著者の舌を
見逃さないでいただきたい。
(幸福について「解説」 新潮文庫363㌻)
▲十年ほど前に1冊購入し、2年余前にもう1冊を買った
定価は514円から590円に、版数は48刷から52刷になっている
アルトゥール・ショーペンハウアー(1788~1860) ダンツィヒに生まれる。ポーランド語でグダニスク。第二次世界大戦は、ナチスドイツのダンツィヒ攻撃で始まった。近世以降、ポーランド領とドイツ領で揺れ動いた。若い頃にベルリン大学の私講師となるが、ヘーゲル人気に圧倒されて、1年で退職。スイス、イタリアへの旅のあと、ベルリンからフランクフルトに移り、著作に専念する。キルコゲールやニーチェ、トーマス・マンに至る孤独な超人思想の源流とされる。科学的精神や東洋哲学に通じ、戦前の日本ではデカルト、カントとともに人気の哲学者のひとりだった。