【「国民栄誉賞」を巡る一考察の巻】
■先月末に現役引退を表明したイチロー(45)が、授与を打診された国民栄誉賞を「辞退する」と伝えていたそうです。理由は不明ですが「やっぱりな」と思いました。わたしは子どもの頃から野球をやっていましたし、甲子園には数十回は行っています。野球小僧の端くれとして、そんな気がしていました。
■そもそも引退報道は「騒ぎ過ぎ」でした。本人は野球を楽しみ、そして成績を残し、大金持ちにもなった。「よかったね」。「楽しんだ結果」なのです。それ以上でもそれ以下でもない。これからも海の向こうで指導者として生きていきたいのでしょう。
■「国民総活躍」とかいいながら、成功者のみ称賛する軽薄ぶりが、まずもってうさんくさい。大体において、安易に「尊敬」「リスペクト」を口にしてしまう人は、大したことはありません。目が上に付いているだけです。「国民栄誉賞」浮上も、愉快ではありませんでした。「勲章」などというものは、報酬を安あがりにするための「授与側の都合」で発明されたものです。(授与される側の功績を否定するわけでは絶対にありません。誤解しないでくださいませね)
■この賞は、はっきり言って「首相専権事項」です。1977年当時の首相・福田赳夫が王貞治を何とか表彰しようと発案したのが始まり。数えてみると、歴代首相「21人」のうち「13人」が「26人1団体」を表彰しています。中曽根が「4人」に、宮沢「3人」、麻生「2人」、福田「2人」、あとは「1人」ずつ。
■今の権力者は突出した「7人」に授与しており、また「1人」追加しようとしました。でも今回は「空振り」です。「国民栄誉賞」という名前ですが、実相は贈る側の「人気取りお手盛り勲章」なのですから。(賢いイチは分かっています)
■一方「在任中、誰にも授与しなかった」のは大平、鈴木、竹下、細川、羽田、村山、小泉、福田ジュニアの8人。なぜか? 本人に理由を尋ねてみたかったような気がします。対象者はいつもいたであろうに……。でも賢明な読者の皆さんなら、顔ぶれをみれば分かりますよね。