ある日の食事の時に、
徳川三代将軍家光は
汁椀(しるわん)の蓋を取ったが
中に虫が入っていたので
箸でつまんで、
そばにいた側近の久世大和守広之に
見せようとした。
広之は
「あっ」
と、声を上げて
家光の近くまで進み寄った。
家光は、広之に
「これ、これ」
と、虫を突き出して見せた。
それを押し頂き、次の瞬間、
自分の口の中に放り込んだ。
家光は、
「それは」
と言っただけで、
呆気にとられていた。
広之は言った。
「味みをしてみよ
とのことかと
存じました」
広之は虫であることを
百も承知で
口の中に入れたのである。
家光は、その心を読んで
膳番係を責めなかった。
その日の膳番係は
のちのちまで
広之のことを
生き神様
と呼んだ。
(原典:翁草)
* * *
炎天下のワクチン行列に
ココロなきお粗末な現場対応に
もはや言葉がない。
こんな事すらできないなら
その道のプロたるイベント業者を
雇えばいい。(五輪で忙しい?)
要するに、ココロがあるのか否か
ということに尽きるのである。
さて、お江戸のはなし。
こんな部下がいれば
どんなに気が楽か。
こんな上司がいたら
どんな辛さにも向かえるか。
勤め人になって四十年の漂流男、
長く生息した職場の人間関係に
「おおむね」恵まれたこと
いまとなっては感謝している。
よき同僚はともかくも
よき先輩、よき上司の多くは
すでに鬼籍に入られたが
その一つ一つを思い起こせば
春の日の暖かさを感じるのである。
久世広之(くぜ・ひろゆき) 江戸時代前期の大名。2代将軍・秀忠の小姓となり、3代将軍・家光の小姓から出世し、若年寄、老中。最後は下総関宿5万石を領した。