【文壇本因坊の著書を孫引きとして その10 の巻】
「碁には戦争碁と経済碁がある」
と、大隈重信は言っていた。
玄人の碁は一目二目を争うから経済碁であるが、
吾輩などは損得は別として、切った張ったが好きであり
敵の石を取るのが無上の楽しみだから、これは戦争碁である。
こんなことを言っているからには、大隈の碁は、
漂流男同様にザルに近い方であったろう。
自分の碁に溺れ、碁本来を顧みないので、不安定である。
玄人の碁やアマ高手の碁の理論の大事を認めながらも
それを聞かされるのは面倒臭く、面白味に重きを置く。
くどくど理屈を聞かされるくらいなら
旨い物の詰まった重箱をもらったほうがよほど有難い
というたぐいである。
「花よりダンゴ」に近い感覚だろうか。
大隈内閣で文部相、司法相を歴任した尾崎行雄は、
伊藤博文と大隈の対局を例に、こう評した。
伊藤は大隈より碁が下手であったが
伊藤公は、最初から余程慎重に考えて打つのに、
大隈候の方は、何も考えずに大まかにポンポン打つ。
局面が不利になってくると、候はそこで初めて考える。
もとより頭脳の良い人であるから、妙な窮手を考え出して、
どうかこうか血路を拓くことはあるが、候が考えるときには、
既に局面が収拾すべからざる状態に立ち至っているのだから、
結局、負け碁になることが多かった。
伊藤公は、初めから定石通りに十分慎重に考えて打つから、破綻が少なく、
大隈候は難局に向わなければ、智慧を出さないのだから、
天才的な閃きはあっても、結局は敗けることになる。
これが両君の性格における著しい相違であった。
ここまで書いてきて、
経済碁ではないトッププロの言葉を思い浮かべた。
武闘派の最右翼、結城聡九段である。
ボクは全局的な戦略を練って、
大きく局面を動かす打ち方や、
ひとつひとつの石が最大限に働くように
いっぱいに石の張った手が好きです。
ときには、がんばった手が打ちすぎになって
紛糾することもありますが、
ゆるんで負けるほうが後悔するので
これからも戦い続けると思います。
これがボクのスタイルです。
◇
何を以て碁が強い、というのだろうか。
プロの世界では、大きなタイトルを持つか
棋戦好成績を残すか、などだろうが、
アマはどうか。
全部勝つつもりの人など、どれほどいるか。
生活が掛かっていないから八百長とはいわないが
相手と状況次第で緩めてしまうことがないでもない。
何度も打ち直しするような無粋な相手なら
嫌気が差して当方が投げてしまうことだってある。
打ちたいように打つか。
ひたすらに勝とうと打つか。
さて、あなたはどちらのタイプか?
おおくま・しげのぶ(1838~1922年) 内閣総理大臣、早稲田大学創始者。佐賀藩上士の家に生まれ、明治維新期に外交などで手腕をふるったことで中央政府に抜擢され、参議兼大蔵卿を勤めるなど明治政府の最高首脳の一人となった。
ゆうき・さとし(48) 神戸市出身。第36期天元位、第51期十段位、NHK杯5回優勝、テレビ囲碁アジア選手権戦準優勝、関西棋院最優秀棋士賞7回など。橋本宇太郎、橋本昌二以来、約30年ぶりの関西棋院を代表するトップ棋士の一角。2017年には国内史上最年少・最速・最高勝率となる通算1200勝を達成した。