【碁を打つ女の話 ~ ある霊的体験から の巻】
碁盤職人の平七を返した日のうちに
本因坊は、吉原に出向いた。
扇屋の亭主に会って、話を聞くと
予感に違わず、唐糸は死んでいた。
昨秋に身請けせられて、吉原に近い所に家を持ったのだが、
まもなく病みついて、年越しもできずに亡くなった、という。
本因坊がその家に行くと、
遠縁の“婆や”が ひとり位牌を護って寂しく暮らしていた。
本因坊は名を告げ、線香を上げた。
「唐糸さんには、大事な碁盤が一面あったはずだがね。
何か耳にしてはいませんか。
実は、その盤を道具屋が私の所に持ってきたのだが、
仏の大事になすった品だから、気掛かりで訪ねて来ましたよ」
婆やは驚き、膝を乗り出した。
「知っているどころじゃありません。
あれは仏の何よりも大切になすっていた品ですよ。
『私が死んだら、本因坊のお師匠様に差し上げておくれ』
と遺言なすって、手紙まで書いて、近所の男に頼みになったと
わたしはちゃあんと知っています」
男が道具屋に売り払ったことを知り、立腹する。
本因坊はなだめて、
結局は碁盤が手に入ったことはよかったといい、
しかし手紙を取り戻してほしい、と頼んだ。
婆やは使賃を手に、急ぎ取り戻してきた。
開封して読むと、
生涯に唯の一度でもお目に掛かり、
碁盤を見ていただいた喜びを述べ、
私に変わって碁盤をどうぞよろしく
などと書いてあったのである。
(つづく)
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