京都 de パステル画

やりたい放題は無理でも、言いたい放題は言わせてんか。なんせタダなんやから。(しかし決して弱い者いじめはしません。)

パステルでパステル画家のパステル画・掛塔

2021-11-27 16:41:00 | 弁理士の甥はサントリー でいじめ殺されました。

いざ掛塔(かとう・塔は本当はテヘンです)相国僧堂

 玄関をくぐれば、暫く俗世とはお別れ。新米の雲水さんにとっては「清水の舞台」であろう。「若いときの苦労は・・・」は「鉄は熱いうちに打て」の例え通りであるが、「体で覚えたこと」が生涯で一番の財産となる。

 

 ワテもおじいさんどす。

 そりゃ、一日おきに2500メートル泳いで、プールに行かん日は3キロほどジョギングしとります。しかしこの頃、おじいさんやーと思いよるんどす。

  そりゃ十歳は若こーみえますやろ。ほんでもジジーなんどすねん。片足立ちで10秒もちまへんのんや。

  筋力は自信あるんどすえ。そりゃ70 年安保の爆弾世代、負けまへんで。しかし運動神経は年相応なんどすかなー。殴り合いなんて50年近くしたことありまへんが、やったら負けへん、という意気込みはあります。いっぺん命掛けでやったりたいと思とりますんやで。ただし正当防衛に限ります。この頃、爺さんの犯罪が多おますなー。こういう爺さんが多いのが原因かも・・・。

  仕事もソロソロ後継者見つけんとあきまへんねん。制作のスピードも半分に落ちましたし。まあお金のいることもありまへんけど。頂相(ちんそう)ゆーて禅宗のお坊さんの伝統的肖像画を描くんを生業としとります。頂相は信仰の対象で作品を公表できまへん。(特に明治以降のものは全く未公開)高野山で弘法大師の廟を公開してまへんやろ。おんなじどす。

 しかしわては絵描きはよう育てまへん。随分前にある大手書店から持ちかけられて、仏教他派に仕事を広げまへんかと。しかし集まった絵描きはろくなもんやおまへん。わてが何人も集まった様なもんでおます。よーコントロールしまへん。元々「無理どっせ」と思い知らせとーて渋々応じた企画。おかげで今でもフツーの生活しとる絵描きどすが、やっぱり芸術家? は群れたらあかんおもとります。

 わて、人懐っこいけど、ものすごー人見知りしますねん。そんでも頂相に興味のある若い絵描きさんは連絡してき。酒くらい奢りますえ。良い出会いがあれば嬉しいどす。ものすごー技術もいるし、日本画の学校で教わる技法では描けまへん。ほんで、まー難しい人だらけどす。臨済宗の和尚は皆一癖あります。怖ーい老師(慣れたら意外と気さくな人が多い)やお金持ちそーな塔頭の和尚さんたち(こっちはなかなか慣れまへん)とお付き合いせんとあかんのも覚悟しときなはれ。家(寺)見ただけでタジタジとなってしまいます。ガラスのプライド、直ぐにワヤクチャになりますえ。なにせ日本文化の精神たる禅の「臨済宗」どす。ここは相国寺。若冲の時代なら美術学校とギャラリーと絵の目利きと画商も兼ねた存在どしたんどすドス。

 

 

☆過去の名作集弁理士の甥っ子は糞サントリーでいじめ殺されました。

                     

 

☆頂相画家西村俊廣のパステル画作品集  頂相は信仰の対象であり公開できません。

  

      

 

⭐︎年賀状集(クリックすると大きくなります)

               

 


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