忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

ガチコメ的「誕生日に思うこと」

2008年05月22日 | 過去記事
■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」1

崩壊寸前の日本プロレス中継。

つまり、アントニオ猪木の新日本プロレスと、ジャイアント馬場の全日本プロレスに分解する前年。当時26歳のオカンは昭和46年5月21日(金)の夜8時からの日本プロレス中継に吠えながら破水した。

テレビ画面では「ブッシュパパに中指を立てた男」毒針殺法・ジョニーバレンタインが若き日のアントニオ猪木にエルボーを振りかざしていた。救急車が到着しても尚、オカンは「この試合だけ見させてくれ!」と懇願するも、今は亡き祖母にぶち切れられて断念。日付が変わった同年同月22日(土)の深夜、天王寺病院(天王寺動物園と聞かされて育つ)で産声をあげたのが私である。

「天王寺動物園のゴリラが抱いていた。投げて殺しそうだったので、動物園のおじさんに頼んでもらってきた。」という子供にしてはリアリティを感じる嘘話を、家族全員で口裏を合わせて私を騙していた。なぜか、「野良犬に背中を数箇所咬まれて入院したことがある」という意味のわからない嘘話もされていた。叔母だった。シャブ中だった。

3000グラムに届かず産まれた私も、今や115000グラム。東大阪の工場排水が流れるドブ川の横の文化住宅で育った。「定期的に流れくる工業排水」に負けない基地を作ることに執念を燃やした小学生時代。いつもより勢いが強かったあの日、銀色の排水を少し(いや、かなり・・)飲んでしまった小学生時代でもあった。思えば、あの日を境に筋肉がつきだしたような気がする。まさに「悪魔の毒毒ガチコメ小学生」ということであろうか。

また、深夜に泥棒が入ったのはともかく、せっかく入ったこの泥棒、盗むものが無くて「牛乳盗まれたww」とツボって笑うオカンも60を過ぎた。寝ぼけてオカンが、私の枕元とトイレを勘違いして「やられた」ことは3回。もう、「わざとかぁ!ごるぁ!」とキレる私に、「だれが、わざとするかぁ!」という尤もな反論をしていたオカンは、今でも私を見守ってくれているだろうか(いや、だから、生きてるから)。

「2」へ

■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」2

寝ているオカンの顔面に、私がなした「落書き」が秀逸過ぎて「お母さんがかわいそう」と偽善ぶって止めてた妹が、発狂寸前の泣き笑いをし始めたから、ちょっと焦ったあの頃。

オルゴールで尾骶骨を痛打し、余りの痛さに『もう、コレは死ぬな・・・』と覚悟を決めて遺言を残そうとする私に、爆笑しながらも「だから、坂口政治は強かった」と、もんどりうつ孫を目の前にアトミックドロップの威力を説く祖母。

そんなこんなで、もう37年生きてきたという今日この頃、去年の誕生日に「おめでとう!」と言ってくれたのは妻とオカン、そして「ガチコメタンク」の乾いたコンピューター音声と、さるさる運営事務局のメールだけだったような気がする・・・。でも、今年はもう「うれしいメール」がありました♪うほうほ♪

さるさるもあったけど。

「お誕生日に記念の日記は書かれましたか?」

はい。今書いてます。コレがそうです。ちよたろです。

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http://www.okinawatimes.co.jp/day/200805211300_07.html
<「集団自決」で創作劇/志真志小で来月上演>

ええと、誕生日の話、終わり。

<宜野湾市立志真志小学校(喜納裕子校長)で、慰霊の日(六月二十三日)に向けた特設授業で上演する創作劇「ヒルサキツキミソウ」の準備が進められている。沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」をテーマにした物語で、日本軍の命令で、家族に手をかけざるを得なかった史実を、児童や教諭らが演じる。上演は六月二十日午前十時から同校体育館で。(平良吉弥)>

気が狂っている人は「はい。私ね。狂ってます。いえい。」とは言わない。つまり、自覚できない。客観性を持って己を振り返ることは無い。「自分は正しいのだ!」という入り口は気が狂う直前なんだろう。“キチガイゲート”と名付けよう。

断言する。こいつはキチガイである。

「3」へ

■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」3

素っ裸で商店街を走り抜けるのと比して、変わらぬ奇行を誰も止めてあげないのだろうか。都合がよければ放置するどころか、取り上げて絶賛するマスメディアも、所詮はマトモではないのだろう。

外に向くか、内に向くかの差異だけで、もう、日本人は朝鮮人の捏造や、支那人の言いがかりを笑えない。大差ない。いや、自虐的に捏造するなど、その狂いっぷりは特定アジアを凌ぐ勢いであろう。この沖縄タイムスの記者「平良吉弥」は、「史実を創作」という矛盾に突っ込めないなら記者を辞めたほうがいい。

昼は「ちんすこう」とか「パイナップル」とか「サトウキビ」なんか作って、夜は「ハブ粉」を「ハブ酒」に混ぜて飲んで寝たほうがいい。もしくは「ゴーヤ」に頭をぶつけてしbんsjbh

偶然にも「この記者と同じ苗字」の小学6年生が、堂々たる洗脳教育の成果を発揮している。将来の反日闘士だな。もう、哀れすぎて言葉も無い。

<六年生の平良佳大君(12)は「曾祖母が八歳の時に竹やりで訓練したり、一生懸命走って逃げた話を聞いた。命令さえなければたくさんの人が亡くならなかったと思う」と話した。>

朝鮮人が「どくとうりなん」を小学生に言わせるのと同じだ。コレは恥ずかしい。

主義主張の話ではない。その手段が恥ずかしいというのだ。真の意味での「人権」や「平和」というモノを子供に説く際、それこそが本末転倒だというのだ。

この餓鬼は「己の命を全うするため」ならば、それこそ人でも殺すだろう。どんなに卑怯でも無様でも「息をしていればいい」という価値観を育てることだろう。小学6年生ということだが、是非とも卒業文集に書く「将来の夢」は「平和に暮らして長生きしたいです!」と書けばいい。

「4」へ

■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」4

時代の犠牲になった県民、悲しい過去を耐え抜いた県民、様々なギリギリの葛藤を生き抜き死んだ県民の魂に対し、是非とも「かわいそうに・・・」という安易で驕った観念だけで手を合わせるがいい。そして同時に「ああ、それに引き換え、ぼくは平和な時代に生まれてよかったなぁ」と胸をなでおろせばいい。きっと将来は「金と命だけが大事なんです!」という立派な「にふぉんじん」が出来上がることだろう。

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みよ。この素晴らしい「にふぉんじん」を。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080521/stt0805210022000-n1.htm
<「国民は拉致問題に拉致られている」 民主、岩國氏が発言>

よくもまあ、こんな語呂あわせのような口が聞けたものだ。
まさに他人事。まさに政治利用。まさに品性下劣。

<岩國氏は20日、産経新聞に「環境、経済交流、災害援助、食糧危機の問題もある。拉致問題にこだわって対話ができない状況は両国に有利ではない」と指摘。「経済制裁による断絶状態は資源ビジネスで競争相手の欧米企業を喜ばせている。圧力で対話が進んだか。2年間、何も進まなかった。答えは出ている」とも述べた。>

今更だがな。

「圧力(制裁)」より、もっと長く続けた「対話」でいったい何がどう進んだのかを説明しろ。ふざけるなよ、この腐れ売国奴め。コレ、謝罪では済まんだろう。

「5」へ

■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」5

そして、もう周知であるが「圧力だけではダメだ!」という奴はすべて阿呆だと断じていい。もしくは「拉致被害者」などどうでもいいと思っている人だ。

経済制裁は効いているし、続けるべきである。できれば、諸外国の協力も得てもっと強化したいところだが、現在の日本の外交では期待できんから言わん。つまり、あんな弱小国相手になぁんにもできんわけだ。

こそこそと、ごちゃごちゃとしている売国政治家も、このまま放置していれば、北朝鮮は「暴発する前に崩壊する」と既知である。だから、「対話を!!」とか抜かす奴らはそうなっては困るんだろう。

もっとも、北が崩壊するその前に、日本人拉致被害者の全員奪還は達成せねばならんがな。それにしても、日本政府は拉致された日本人に、誕生日もヘチマもない生活をいつまでさせる気か。ともかく、こんな不謹慎な政治家から辞めさせろ。

で、こいつ、なにやら自分のホームページで言い訳しているらしい。

http://www.1892.jp/html/activity/2008/0521.html
<拉致問題に関する報道に関して>

<一部報道により、ご意見を頂いておりますため、以下コメントいたします。「日本が拉致問題に拉致されている」という発言の部分は、私の発言の一部分だけが引用されております。「国民は拉致問題に拉致されているようではいけない。拉致問題を一日も早く解決するためには「対話と圧力」の「圧力」だけではなく、先日会食の際に小泉元首相から伺った、「対話を重視せよ」というご意見のとおり、大きな視点から対話を通して拉致解決のためにあらゆる選択肢を検討すべきだ」というのが私の発言です。>

・・・・。

同じではないか。

そこに大した差異はない。どこをフォローしたかったのかすらわからん。

「6」へ

■2008/05/22 (木) ガチコメ的「誕生日に思うこと」6

それに、なにが小泉だ。

小泉は2002年の訪朝で「拉致した日本人をすべて返せ!これは日本国に対する明確な主権侵害である!!」と言いに行ったわけではない。「返せ!すべて明らかにしろ!話はそれからだ!」というべきところを、「安否情報をください。へへへ・・・。」と言ったわけだ。

それも、もちろん、日本のことだ。ただではない。「安否情報をくれたら、国交正常化して1兆円の経済援助金を差し上げますから・・へへへ・・・」とのたまって、しかもそれすら達成できなかったことは記憶に新しい。

たかが犯罪者に、日本国首相が握手を求め、足元を見られ、多くの日本人を置き去りにしたまま、もう「終わったこと」にしてしまおうと、まさに北朝鮮の手先のような、どっち向いて政治しているのかわからないことをされたのだった。拉致被害者家族の方々は絶望しそうになりながらも、それでも頼る政府は日本しかないわけで、なんとも辛い日々を送っていることであろう。その心中を察するに余りある。

そして、速攻で経済制裁を発動させた安倍内閣を見殺しにしてしまった。「拉致問題」とは「拉致事件」であり、主権侵害であり犯罪であると明確にした総理大臣は、マスメディアの攻撃と売国議員によって潰されてしまった。

国民を取り返し、領土を取り戻す。

主権国家であれば当然のことであるのだが、この国では常識が死んでいるのだ。

-

今日、私のところには数多くの「祝いの言葉」が届けられた。電話で、メールで、あるいは直接。それはそれで、照れくさいもんだが、正直うれしいもんだ。この国に生まれてきて37年間、なに不自由なく生きてきたし、これからもう少しそれは続きそうだ。

仕事もあり、家族がいる。
仲間がいて、友人がいる。

拉致被害者の方々、そしてそのご家族の方々が「奪われたモノ」はとてつもなく大きい。

我々はそれを、一瞬たりとも忘れてはいけないのだ。

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