R's/ Field Research 地域歴史・文化資源

地域の歴史・文化資源の再発見ブログです

考古学教育への期待3

2012-06-01 20:08:36 | 考古学教育

(1) 私は、学生時代より教育委員会や財団直営の発掘から、遺跡調査会という任意団体さらには民間コンサルタント(文化財事業部門)での調査を経て、現在は展示を主な業務とする会社を経由しました。発掘現場からは既に20年近く遠ざかっていることから、現場での状況については熟知しているものではありません。しかしながら、遺跡調査現場からは離れたものの、この20年間、幸いなことに考古学(文化財)周辺にいて、史跡整備から博物館・財団の収蔵庫や展示施設など計画・立ち上げに参加・支援という形で関わることができました。こうした経験から「埋蔵文化財」と地域の置かれている問題点について考えてみました。

2)調査組織について

発掘調査の組織運営は、一つのプロジェクト管理に例えてとらえることができます。すなわち有限の期間と資源を使い、ある目的を達成する行為という性格を持っていると思われます。遺跡の記録保存を動機とした発掘調査にあっては、発掘調査行為の対応(タスク)を経て、「保存」を完了、文化財としての認知・登録を行い、活用に向けて計画と実行に移行することが一般的であると考えます。埋蔵文化財に対する行政事務の範囲は、この全てにわたって関与し、国民が負託する文化財保護の実現向けて評価・行動することが求められています。一方で現行埋蔵文化財保護制度における問題点は、行政を支える法律的な仕組みが充分に整っていない、その結果体制が不十分であることが指摘されています。このことは行政事務担当者ばかりでなく発掘調査担当者を初め、事業者(発掘者・原因者)にとっても諸問題を生起せざるを得ない点であろうと思います。

 事業者は事業の実行に当たっては、事業計画のリスクマネージメント(※)を周到に行う必要があり、支出(発掘調査費など)を含め全ての事項に説明責任が求められています。これは保護行政側ばかりでなく、原因者側の行政を含む法人・企業法人にとっても同様です。とりわけ企業においては内部統制を含む業務標準化が課題となっていて、全ての事項に文書による説明可能である状態が課せられています。いちど開発プロジェクトが立ち上げれば、プロジェクト管理者はリスク分析を行うことが必須となります。周知の包蔵地に対しては、協議・調整の過程でリスク分析に関する詳細な事項につて説明を求めてくることになります。その場合、行政側においても、対応するリスクについての分析が迫られます。とりわけ発掘調査準備段階でのマネージメントは、事前協議を行い、経費・組織・工程・結果などの各分野において、意志決定が迫られることになります。発掘調査におけるリスク分担(各ステークホルダーの分担)に対応する管理能力もまた問われることになります。「文化財を保存する」という大前提があるとしても、業務の進捗から、調査の全工程で予測されるリスクから社会的損失を発生させない、あるいは極小とすることも調査能力として業務評価の対象となるでしょう。少なくとも相互の暗黙の善意を期待することはできないといえるでしょう。

※リスクはJISQ2001に示す定義TRQ0008  3.2危害の発生確率及び危害の組み合わせ。とする。

3)発掘調査者に求められる能力

 発掘調査者に求められる能力については、専門職としての学術的知識を当然のこととし、同時に公的に奉仕する意志を兼ね備えなくてはなりません。これについては、近縁の領域では国際博物館会議における職業倫理規定(1986)を私自身の職業観の参考としています。しかしここでは別の角度から検討を加えてみたいと思います。近来継続的に考古学協会等で議論されている課題として、「資格」要件の議論があります。考古調査士や埋蔵文化財調査士などの資格が実際稼働して任意認証されていますが、法的にも慣習としても現行は何ら根拠を持っておりません。その議論についてはまた別の機会に譲りますが、参考とすべき排他的ではない資格のうち議論の参考のために技術士制度についてみてみたいと思います。技術士は「技術士の名称を用いて、科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価またはこれらに関する指導の業務を行う者」(技術士法)と規定されています。専門性があり様々な技術分野(21部門)で、その職業倫理を含め規定されています。このうち平成12年に新たに作られた総合技術監理部門は、発掘調査部門でも考古学調査の専門領域に加えて、大いに参考となると考えます。実際技術士法の所管も文科省であるので、既に検討されているものとは思いますが、発掘調査を一つのプロジェクトとしてとらえるならば、示唆的な知識習得領域が多いといえます。技術士の教育認定機構(JABEE)では、技術者教育の社会の要求水準に応えて、学習・教育目標を定めています。(www.jabee.org)これを参考にして、考古学における発掘調査技術者の求められる基礎能力をまとめると以下のようになるかと思います。(これはあくまで個人の感想です)

a) 地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養(発掘調査者としての歴史哲学)

b) 調査が社会や自然の及ぼす影響・効果に関する理解力や責任など、調査者が社会に対する責任を有するという自覚(発掘調査倫理)

c) 発掘調査にかかる周辺技術(保存科学・修復技術・標本学・博物館学など)に関する基礎知識と応用できる能力(学際・共同能力)

d) 該当する分野の専門知識と、記録・公開する能力(研究能力)

e) 種々の科学・技術・情報を利用して社会の要求を解決できるデザイン能力(社会性)

f) 日本語による論理的な記述力、口頭発表能力、討議などのコミュニケーション能力(コミュニケーション能力)

g) 自主的・継続的に学習する能力((学習能力)

h) 制約の下で計画的に仕事を進め、まとめる能力(プロジェクト完遂能力)

これは一つの理想型とも思いますが、職業観及び教育学習の指針として自らに課し、努力を続けたいと考えております。