団塊世代のごまめの歯ぎしり

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無為の日々、何も望まぬ

2023-03-10 17:41:08 | 生活

無為の日々、何も望まぬ

2016年2月8日(月)

 

 次は、1986年1月10日の朝日新聞に載った記事です。

 

 65歳の方が人生の諦観を語っておられます。私は当時38歳でしたが、深く感じ入るところがありました。68歳になった今読み返してみると、より現実的な視点で見てしまいます。この方は、「銀行からの年金と厚生年金で月に約40万円となる。」と書いておられます。生活には困っておられない様子です。「退屈もせず、ウツにもならず・・・。」と心境を語っておられます。

 これって、生活に余裕があり、困っていなからこそ呟くことができる台詞ではないかと、今気づきました。

 28年前は、この方のようになりたくないなと思っていたものですが、同じようなことをつぶやきたいと思うこの頃でありまする。


年金制度の国際比較

2023-03-09 05:56:42 | 生活

年金制度の国際比較

2016年3月7日(月)

 

 なぜか、年金者しんぶんを購読しているのであります。

 年金制度の国際比較が出ていました。

 年金制度は複雑ですので、この国際比較でどの国の制度が良いかは、私には全く分かりません。仮に分かったとしても、税の仕組みであるとか他の社会保障制度がどの程度充実しているか等の問題がありますので、トータルとして(高齢者にとって)どの国の制度が良いかは、誰にも分からないでしょう。ましていわんや、多くの人はその国に一生住む訳ですので、生涯を通じての社会保障制度が他国と比較して良いか悪いかは、これ皆目見当がつきません。

 ただ、私しゃ、団塊の世代の一員として、後世代の人達よりか年金制度は良いと認識しています。ただ、そういう私にも言い分がありまして、今、小中学校にプールは常識でしょうが、私の場合は小中学校はなく、高校にはありましたが、水が濁っていて、下が見えないようなプールでありました。何が言いたいかというと、社会のインフラとか世代間で社会保障制度がどのようになっているか等トータルで見ないと、どの世代が良いか・悪いかなど、分からないのであります。十分な情報なく、世代間の対立を煽るようなことは、よしましょう。

 

 話が逸れましたが、その年金制度の運用を政府はGPIFなる機構で株式運用をしているのであります。TV討論番組で、識者でこれを良しとする方は、これまでお見受けしたことはありません。ヤベー首相の見解を聞いていると、長期スパンでみると株は上がるということを信じているようでありますが、これは全く根拠がありません。一番問題なのは、仮に損失が出た場合、誰も責任を取ることができないような金額であります。仮に1兆円の損失が出たとして、1兆円とは、1,000,000,000,000とゼロが12あります。私が毎日100万円使ったとして、1,000,000日(百万日)!!!!かかります。

 原発問題にしてもそうですが、政治家の誰も責任を取ることのできないような問題については、国民投票で決すべし、であります。

 

 

 

3・11以前

2023-03-07 10:15:49 | 災害

3・11以前

2013年12月31日(火)

 

 その写真は、4歳くらいの坊やが海岸の砂場に座ってこちらを振り向き少し笑っていました。写真を撮ったのは、パパでしょうかママでしょうか。そこには、家族のなにげない日常の幸せがあふれているように思えました。

 3・11は、そのようななにげない日常の幸せを残酷にも破壊してしまったのです。自然災害ですから、悲しみ、怒り、切なさ、様々な感情をぶつける相手のいない不条理さを感じます。

 

 孫が2歳から6歳まで、私の家の近くに住んでいましたので、頻繁に行ききしていました。私は、孫に会う時と分かれる時は必ず、名前を呼び「大好き 大好き」と言いながら抱きしめていました。私自身身体がジンと熱くなり、癒やされた気持ちになり幸せを感じたものです。しかし、その孫を喪失したらどうなるのか・・。先の坊やと我が孫を重ね合わせ、その写真を見ながら、いろいろと想像したのです。

 

 旅から帰って、その写真を何度も探したのですが、ありません。いろいろと思い想像し、写真を撮ったものと勘違いしたようです。東日本大震災写真保存プロジェクトの中にあると思うのですが、膨大な量ですので、見つけることは難しいです。

http://archive.shinsai.yahoo.co.jp/

 

 

・ 11月11日、宮城県南三陸ホテル観洋に宿泊しました。「3・11以前」という写真展があり、感銘しました。

 

 「この写真展や写真集が震災の記憶の”風化”を押しとどめ、「復興」のための一助になれば――そう願ってやみません。」とあります。

 想像力が風化を押しとどめる力になると思います。

 

 この写真は震災当日の朝6時少し前。「太陽柱というのでしょうか?光の柱が立っていました。3分ほど見えたと記憶しています。方角的に考えると、震源地の方向と思われます。」とあります。

 

 

 福島県浪江町。

 浪江町。

 宮城県気仙沼市。

 岩手県陸前高田市。

 先の建物が被災後、このようになっています。追悼施設として残されています。

 岩手県大槌町。

  気仙沼市。チリ地震の津波は、1.9mとあります。

  写真の選者は、「時間が止まっている」と言います。私は、喪失感を想像し言い表したものと思いました。

 

 震災前の写真でも後の写真でもそうなんですが、一枚の写真を見て想像することにより、点から線へ線から面へ疑似体験が拡がるような気がします。

 

 

 「がんばって」というのが多い中、私が一番好きな言葉、「ONE FOR ALL! ALL FOR ONE!」がありました。

 

 


南三陸ホテル観洋

2023-03-06 06:41:39 | 災害

南三陸ホテル観洋

2013年12月07日(土)

 

 2013年11月11日17:00、宮城県「南三陸ホテル観洋」へ到着しました。これまでの距離、1,635㎞。

 このホテルに泊まるのは、TV放送を見た姉のリクエストでした。津波で被災された人達約600人を受け入れ支援したという内容だったのです。このホテル自身も2階までは津波の被害に遭ったにもかかわらずです。

 人間の真価って、危機的状況が起きて、よく分かるものだと思います。姉がTVで女将さんの話を聞いて、そのように感じたとか・・。お話しを伺いたかったのですが、このホテルは全244室1,300人収容の巨大ホテルですので、直接女将さんから話を伺うということはできません。直接お話を伺うまでもなく、立派な方です。

 お話は伺うことはできませんでしたが、様々な展示があり、震災・津波の様子を物語っていました。

 海からの位置はこのような所にあります。車で左方向から来たのですが、左が北の方角です。

 

 温泉は、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉低張性中性低温泉とありました。(さっぱり分かりませんですが・・。)

 効能が凄いです。神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進。残念ながら二日酔いというのはありません。

 

 

 一泊二食で12,600円也のコースでしたが、料理が凄いです。凄いというのは、種類が多いのです。

 呑助が多いので、地酒のボトルを注文しました。

 ゆっくり2時間程度時間をかけましたので、完食いたしました。

 

 

 翌朝です。全ての室から日の出を見ることができるのがこのホテルの特色なのですが、この日は、曇りでした。

 バイキング形式の朝食です。

 

  南三陸ホテル観洋。私にとって印象に残るホテルとなりました。人間、危機的状況に直面したとき、どのような行動をとるべきか、考えさせられました。