読んで残念な感じであった。
小林秀雄のテキストを丹念に追っている筆者のスタイルは非常に理解できるのだが、ども肝心のところでは、小林のテキストから離れた記述が目立つように見える。
小林が戦前、戦中は軍部に対したというのであるが、どうなんだろう。小林はよく知られているように、懸賞論文で共産党の宮本委員長が学生時代に負けたということがあって、マルクス主義に対しては反感が強いことは、この本からもうかがわれているが、肝心の宮本に負けたことについてはテキストを見つけられなかったのか?
また、苅部氏は高橋悠治の批判も的外れというようなことを書くが、逆に苅部氏が高橋悠治の批判を引いている箇所がなんだか今一つな感じで、高橋悠治は当然作曲もし、演奏もする人間であることを無視したような記述であった。なぜだろう?
苅部氏と小生は同世代であるようだが、あとがきで氏は河上徹太郎の葬儀の東京カテドラルの鐘が聞こえたことを書き、そこでの小林が葬儀委員長であったことを書く。しかし、当然のことながら苅部氏が聞いたのは鐘の音だけであり、しかも夕刊でそれを知ったということだ。そこにそれだけの意味を見出せることは驚きだ。
まあいろいろと謎が多い本であり、小林秀雄の謎というよりは苅部氏自体が謎として私には残った。