小父さんから

ミーハー小父さんの落書き帳

桃井かおり  「恋愛映画館」小池真理子 より

2007年10月15日 | 映画
 
「お茶漬け、食べていかない?」と『東京夜曲』の中で桃井かおりは言う。

 東京下町の商店街の中にある古い喫茶店。桃井扮する四十代の女はそこを切り盛りし、単調な暮らしを続けている。かって密かに関わっていた男(長塚京三)は行方をくらましていたのだが、ひょっこり戻って来て、妻子と元のさやに収まり、同じ商店街にある電気屋で働き始める。

 その男と何もなかったように再び顔を合わせ、深い関係にあったことなどおくびにも出さずにいた桃井は、或る夏の晩、客のいなくなった喫茶店から帰ろうとする男に向かって、ふと冒頭のせりふを吐くのである。

 お茶漬け、食べていかない?・・・・と、淡々と、何の意味もなさそうに、本当にお茶漬けのことしか考えていないような顔をして、そう聞くのである。

 生活のこまごまとした、誰もが日常の中で何の気なしに使っているせりふを口にさせると、桃井かおりの独壇場になる。この人の演技には、小賢しい気取りや鼻白むような不自然さは何ひとつない。

 意地悪さ、自意識、恨みつらみ、嫉妬、絶望、不安・・・・“負”に向かうしかないような、人生の様々な局面における人間の感情曲線をこの女優はおしなべてフラットに演じる。ありふれる感情をのみこんで封印し、後に残された諦めたような穏やかさだけを浮き彫りにしてみせる。

 運命をひとまず受け入れる、というのは人間の強さの中でも最上位に位置するものだと私は思う。こんな辛い、こんな苦しい、どうしてこんなふうになってしまったのだろう、と嘆きながら、とりあえずはその状態を受け入れる。飲み込む。人の真の強さはそこに生まれる。桃井かおりが演じる女たちは、おしなべてそうした「諦めのような強さ」を持った女なのである。

 それにしても、煙草と酒がこんなに似合う女優も珍しい。主演作のほとんどに、煙草を吸うシーン、酒を飲むシーンがあり、桃井かおりがそれをやると、何やら観ているこちらのほうまで、煙草に火をつけたくなってしまうのだ。(抜粋)



 映画『東京夜曲』 予告編
 

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