幼少期に母親を亡くし、思春期に姉の死を迎えるなど病気や死と直面せざるを得なかった1890年代のムンクは「叫び」を5点描いた。
そのうちの1点を水彩で模写しました。
ヴァンサン・ヴァン・ゴッホはパリにいるときに「ひまわり」の絵をゴーギャンに褒められて、ゴーギャンからの申し出で、彼の描いた絵と交換しています。
アルルでゴーギャンと一緒に暮らす手筈が整ったところで、彼が到着したら見てもらうために「ひまわり」を描いたのではないでしょうか。
花瓶に挿したものは7点あり、同一モチーフとしては、数が多いです。
ゴッホの力の入れようが分かります。又、精神を病んでからはひまわりを描いていません。
ゴッホはゴーギャンの絵が好きで尊敬していたことが書簡でも分かりますが、ゴーギャンはそれほどゴッホを好きではなく喧嘩ばっかりしていました。
ゴーギャンもゴッホも生きてるときはあまり「売れなかった」画家でした。特にゴッホの絵は1枚だけ、日本円にして数万円で売れただけです。
ゴッホの「ひまわり」を水彩で模写してみました。
マグリットが13才のとき、母の入水自殺という衝撃的な事件が起こりました。
「お母さんがいない」という弟の知らせで、マグリットは弟や父親と母親を探しましたが、彼女は見つからず、足跡が家の近くの河まで続いていました。2週間以上経ってから遺体がみつかりました。
マグリットは、キリコの「愛の歌」という油絵の複製を見て、涙が止まらないほどの感動をおぼえました。
キリコは「いかに描くか」ではなく、「何が描かれねばならぬか」を最初に考えた画家であった。」 と言っています。
代表作「大家族」を模写してみました。水彩です。原画は油彩です。