五郎兵衛米を育む五郎兵衛新田と五郎兵衛用水。
五郎兵衛新田の中原下原地区、上原地区、相原地区に分水堰の幅を決めて分水する。この堰の幅は昔と変わらないそうだ。
不毛不作の粘土の土地に、何とか米を作るため、水を引いて来なければならぬ。
「五郎兵衛用水」はそんな先人達の想いで作られた灌漑用水だ。
そんな五郎兵衛用水を案内する
「五郎兵衛用水ウォーキングマッブ」
を手にしながら一つの道標にたどり着いた。
「上原大盤台」
鹿曲川から取水した水(正確には違う!)をここまで流し、五郎兵衛新田の3つのエリアに分水する。
どこぞにそんな施設があるのか探してみたが見つからない。
「ありました!足元にありました」
五郎兵衛新田の中原下原地区、上原地区、相原地区に分水堰の幅を決めて分水する。この堰の幅は昔と変わらないそうだ。
「そりゃそうだよな。持って来た水がどこかに片寄れば、一方で米ができるのに、もう一方で不作になり争いになるわ」
水利権のほんの一旦を垣間見た。
目の前に「五郎兵衛新田、用水」の大きな看板があった。
ふーん、と思いながら眺めていると、ある疑問が湧いて来た。
「何ですぐ近くの布施川から水を引っ張ってこなかったのだ」
「何でこの用水はくねくね曲がりくねっているんだ」
蛇口を回せば水が出てくることに慣れた、大ボケ都会おやじは五郎兵衛用水地図の看板を前に無知な赤子になっていた。
この2つの疑問を抱えて次の日、五郎兵衛用水取水口に行った時、この大ボケおやじは、とんでもない水利権の怖さに気づくことになったのだった。
水は命だ。
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