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私の愛機は五藤光学8cmMARK-X

私のドブソニアン

 私の天文歴の中で最も忘れられない出来事が、1993年から2年間仕事で滞在した米国Pebble Beachでの生活だ。ここは、カリフォルニア州のサンフランシスコから車で2時間ほど南に下ったモントレー半島にあり、モントレー市とカーメル市の間に位置する。ゴルフのPGAツアーで有名なゴルフ場があり、モントレーからペブルビーチ、カーメルへと続く海岸線は風光明媚で、アメリカ人にとっても人気の観光地である。 ペブルビーチは特殊な町(実際には"city")で、ここへ入るためには住民以外は車1台につき入場料(当時は$7.5)を払わなければならなかった。 当時の私の家はSpanish Bayというゴルフコースのすぐ脇にあり、コースにたむろする鹿を見ながら10分も歩けば海岸に行けた。朝窓のカーテンを開ける裏庭に鹿がゆったり歩いていたり、外のダストボックスはしっかり蓋をしないとアライグマに荒らされたり、リスは海岸の岩々を走り回り、夜にはシルバーフォックスもと、自然にあふれた環境だった。
 この町はこれらの自然保護を実現するため、信号機が1台もなく、街灯もゴルフ場近辺以外は殆ど無く、北東に位置するSeasideからの街灯りが見える以外は本当に空が暗かった。ここで初めて垂直に立ち上がる黄道光や水平線に沈む太陽のグリーンフラッシュ現象を何度も見ることが出来た。ガレージから家の裏庭へ出るだけで、自分だけの最高の星空があった。MARK-Xを一緒に持って来てはいたものの、こんなにも素晴らしい夜空を8cmだけで過ごすのではなく、もっと大口径で大好きな星雲星団を存分に楽しみたいという思いに駆られた。

 ”Sky&Telescope”や”Astronomy"等の月刊誌に載っている広告を眺めながら、まずは当時ブームのドブソニアン、Coulter社のOdyssey Compactの10.1"(25cm)を購入した。
 今か今かと待ちわびて4週間。星空を浪費しているようでもどかしかった。そしてようやくUPSの大きなトラックに乗せられて我が家に新しい望遠鏡がやってきた。直ぐに荷解き/組み上げを終えてみて、今迄精密光学機器として接していた天体望遠鏡の概念が変わった。紙製の鏡筒に無造作に取り付けられたおもちゃのようなプラスチック接眼部。そこにほぼ切りっぱなしに近い合金製ドローチューブが差し込まれ、当然微動装置もない。鏡筒を覗き込むと、一直線に鏡筒を横断する厚い斜鏡支持板とそこに貼り付けられた斜鏡。光軸修正装置もついておらず、本当に見えるのか不安に思えたが、25cm反射望遠鏡が$300程度で買えるのだ、わがままは言えない。架台は圧縮材木だったろうか、厚くて重くてまだ塗料の臭いもしていた。ただバランスはとれていて動きはスムースだった。ファインダーも付属していなかったため後日別途買い足して装着した。

 早速夜空に向けてみると25cmの光量はさすがだった。F4.5で付属している25mmの接眼レンズで、射出瞳径は5.4mmとかなり明るい光学系だった。M42はその複雑に入り組む光芒に感激した。続けざまに M81 &  82, M97 & 108, M51, M101, M65 & 66 & NGC3628, M104, M57, M27, NGC253など著名な大型の星雲を楽しんだ。ただ球状星団はダメだった。十分に明るく見えてはいたがモヤモヤとしながら、周辺の星々が分解できそうで出来ない。接眼レンズを変え、高倍率にすると途端にこの光学系の限界が見えた。100倍程度で星が点像にならない。。。

 ドブソニアンのコンセプトに納得して購入したものの、球状星団が見えないことにフラストレーションを感じ、この夜空にもっとふさわしい望遠鏡を買うべきだと、また天文雑誌の広告をめくり直した。結局Odyssey購入後2週間で次のドブソニアン、MEADEの16”(40cm) F4.5 Star Finderを購入した。
 更に巨大な荷物が到着した。この望遠鏡もOdyssey同様、口径40cm、焦点距離1800mmもありながら鏡筒は紙製で、大砲の様な風貌で実に重く、ガレージから庭までの10m程度を運び出すために毎回一苦労した。

 しかしその価値は十分あった。やはり暗い空での40cmは強力で、M81の両腕が伸びる様子や写真イメージにそっくりなM51。M64の黒眼、かみのけ座のNGC4565の暗黒帯など、今迄に見た事の無いDeep Skyを楽しむことが出来た。念願の球状星団も中央部は輝き、周辺部はしっかりと星々に分離し、少年時代から憧れてきた球状星団のイメージをようやく我が物にできた。この望遠鏡の稼働率は相当高く、今考えれば筋トレにも貢献してくれたと思う。月明かりの無い晴れた日は大抵裏庭で、海岸から響いてくるオットセイの鳴き声を聞きながら今迄眼視で見た事の無かった系外星雲を次々と探しだしていった。

 この時もっぱら使用していたアイピースがOrion製のシリウスシリーズのプロ―セルで、車で一時間程北上したSanta CruzのダウンタウンにOrion社製品取り扱いショップがあり、そこで見つけたものだが、実に良く見えた。今となっては見掛け視界が50数度のありきたりのアイピースだろうが、当時国内で使用していたものに比べコントラストも高く、視野全体に非常にスッキリとした抜けの良い星像を見せてくれた。アイピースも進化していることを実感したものだ。

 この40cm反射とPL17mmレンズの組み合わせで光害とは無縁の暗い空の元、裏庭天体観望を存分に楽しんではいたが、しばらくするとまた高望みともいうべき不満を抱え始めた。100倍では問題なくても、180倍で惑星を見ているとやはり物足りないのである。1994年にシューメーカーレビー彗星の一部が、木星に次々と衝突し、真っ黒な衝突痕がレンズを通しはっきりと見えた。光量は十分で更に大きな倍率には出来るが鏡面精度不足で思うようにピントが出ない。極近辺に黒い衝突痕を幾つも残す木星が余計哀れに思えた。

 ドブソニアンであることを百も承知で惑星面まで見ようとする欲張り根性だった。単純に考えても40cm、F4.5の放物面の製作自体が相当ハードルが高いものである。口径を絞ってみたらもっとシャープに見えるかもしれないと思いやってみたが、改善は見られなかった。一度アメリカから日本国内の光学メーカに鏡面の磨き直しの見積もりをお願いしたことがあったが、後日返ってきた見積金額は600万円。苦笑いしながら辞退した。 良くも悪くも職人気質の日本メーカには、安価を追及するドブソニアン望遠鏡は作れないだろうと思った次第だ。

 帰国が決まり、楽しかった裏庭天体観望生活も終わることになった。また3等星までの夜空の元に戻ることとなった。家財道具と一緒にこの二つのドブソニアンも船便に積んだのだが、40cmを置くスペースが無い。結局実家の倉庫に送り、後日鏡筒を半分に切ってトラス構造に組み替えたりしたものの、その後はあまり活用機会が無く、今も倉庫の片隅に眠っている。Odysseyは数年前に友人が子供に望遠鏡で月を見せたいから欲しいとの事で、全く使用していなかったこともあり喜んで差し上げた。

 その後のタカハシ製FS128を購入してからは、フローライトの高分解能も経験し、40cmの大集光力も経験し、ひとまず天文熱にうなされて以来の”もっと良く見える望遠鏡が欲しい病”は峠を越えた。

 次のニューフェイス登場は2012年頃の事だったと思う。秋葉原と御徒町の間にあったシュミットでSALEをやるとの事でお店に行ってみた。店頭にはSkyWatcher系を中心に様々な屈折、反射望遠鏡や鏡筒部やパーツが並べられていた。
その中で興味を引いたのが15cmの短焦点屈赤と30cmニュートン反赤だった。しばらく店内を物色しているとスタッフが話しかけてきてくれた。

 私の嗜好を聞くと自然と話はドブソニアンの方へ。過去の25cmと40cmの話をすると、今ではドブソニアンでも惑星面が良く見えるとの事。それでも所詮ドブソニアンだろうと話半分で聞いてみてはいたものの、自動導入装置が欲しかったことを思い出した。自宅からはヘラクレス座を探しだすのさえ困難な環境で、惑星以外見たい対象物が見られない事情があった。

 早速その気になり検討を開始した。候補は10"(25cm)と12"(30cm)のGOTO。我が家には北と南にベランダがあるのだが、部屋からそれぞれのベランダに出るためには、バリアフリーとはいかず20cm程持ち上げなければならなかった。鏡筒部を何度も持ちあげながら迷った。
 結局欲を出して30cmを購入してしまった。30cmでもギリギリ持ち運びが出来、移動可能な重さであったこと、遠出する際も車載可能な事、接眼部のグレードが1つ上だったこと、当時は円高の恩恵を受け、割安だったこと等が理由である。

 後日大きな荷物が3つ到着した。木製の架台は組み立て式で、MEADEの40cmのものより若干小さいだけでやはり重い。簡単な光軸合わせをして木星が沈まないうちに急いでベランダへ。 初めての木星にピントを合わせる。そして気流が収まった瞬間の縞模様の複雑さ、豊かな色調に驚いた。128mmのフローライトや40cmよりも圧倒的に良く見えた。もはや初期のドブソニアンのコンセプトは消し去られ、オールラウンドの天体望遠鏡に進化したことを実感した。この予想以上の光学性能に加え、自動導入装置のおかげで都内では導入すら難しいM3やM5も簡単に視野に導く事ができ、その星像と共に満足している。この望遠鏡のおかげで都内の空で今まで半ばあきらめていた様々な星雲星団観望が復活した。
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