四角い、ボックス型の、ちょっと大きめの普通の家のような建物。
美術館の裏手には大きな池があり、たくさんの水鳥が静かに遊んでいる。
白い鳥、灰色の鳥、そして黒い鳥。黒い鳥の嘴は黄色で、縁だけが赤い。
美術館はその池にはみ出すように建てられていて、
そちらから見ると、池の中に建っているように見える。
建物の壁に太陽の光があたり、池の水面がきらきらと輝く。
その姿は、周囲から切り離されて、
孤高を保つ貴婦人のようにも見えた。
池のほとりをゆっくりと回って、建物の側面にある入口に向かう。
溝の壁は古い石垣になっていて、石の隙間からは小さな緑の草が生えている。
澄んだ水の中には長い水草が生えて、
ゆっくりとした水の流れにゆっくりとそよいでいて、
その草が僕にオフィーリアの絵、あるいは、タルコフスキーの映画「ソラリス」の
あの有名な冒頭のシークエンスを思い出させる。
* * *
入口の木の大きな扉をゆっくりと開けて薄暗い廊下に入ると、
ひんやりとした室内の冷たい空気が鼻から胸の中に入ってくる。
ガラスの向こうのチケットブースで番をする老婦人からチケットを買い、
僕たちは手をつないで広い階段をゆっくりと登ってゆく。
古い、美しい木の手すりのついた階段。
微かに床のオイルの香りがする。
建物の二階と三階の部屋が展示室になっている。
順路は無視して、まっすぐに三階へ上る。
手をつないだままゆっくりと部屋に入ると、
その絵が目の前にあった。
青いターバンを頭に巻いた少女の絵。
絵の前に二人だけで立つ。他には誰もいない。
彼女の小さな手が僕の手をぎゅっと握り締める。
憂いに満ちた大きな黒い瞳は
何を見ているのだろうか?
彼女を見ている誰か?それとも、彼女の未来?
耳には不釣合いな白い大きな真珠の耳飾りが鈍く輝いている。
「ラピスラズリの青」
彼女がつぶやきながら、
胸にかけている青い石をそっと握る。
僕たちはその場にじっと立ったまま、
いつまでもその絵を眺めている。
やがて部屋全体が、ゆっくりと
夢の中のように霞みはじめる。
それでも、僕たちは、時が止まったかのように、
いつまでもいつまでもその絵を眺めている。
彼女が突然僕を抱きしめて小さな声で言う。
「ありがとう。つれてきてくれて、ありがとう。」
二人は抱き合って、キスをする。長い長いキス。
やがて彼女の唇が溶けてゆき、僕の唇とひとつになる。
少女の瞳だけが、じっと二人を見ている。
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