不信のコストについて書いたが、 そういうことを考えると、やっぱり 西洋的な科学というのはたいしたものだ、と思う。 人間が長年かけて積み上げてきた、 疑う技術であり、同時に、 信じる技術でもある。 これだけ疑っても大丈夫だったんだから 信じよう、という態度。 対象が複雑になると、 うまくゆかないのが問題なのだが・・・