H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

12月 見れば一瞬

2020-12-06 | 内科医のカレンダー


<最初は思い浮かべることができなかった例>

内科外来で,消化器内科からCr 6.6mg/dlの腎不全の患者さんのコンサルトがあるとの連絡が入る。

連絡をくれたM先生のカルテを確認すると

 

90歳男性

「全身に力が入らない。食欲が2-3日前からない。痛いところはないが,全身がだるい。身体所見 心雑音なし。腹部平坦・軟,採血にて腎不全(腎前性か?)」

と書かれていた。データを見ると,BUN 153,Cr  6.65mg/dlと,うわっ派手な腎不全。

 

患者さんが到着。診察室に呼び入れると,車椅子に座った比較的元気そうなおじいさん。後ろに奥さんとおぼしき高齢女性と車椅子を押しているのは息子さんとみた。

まずご本人に尋ねてみた。

「どうされましたか?」

「よ~わからんです。2日位まえから寝込んどった・・・」

どうも要領を得ない。しかし話し方はしっかりしていて認知症はほどんどないと言ってもよさそうな感じ。カルテを確認すると,普段は脳神経外科に通っている。昔脳梗塞をやったとのこと。20XX年5月に脳梗塞の既往があり,以後通院中。

本人と奥さんに確認しても,その時に明らかな片麻痺とかはなく,元気がなくなって受診して,脳梗塞だったようで入院せずに外来で治療が始まったらしい。画像検査で明らかなラクナがあったのかもしれない。

 

今回はいつごろから具合が悪かったんですかと再度聞くと,やはり「2日位前から寝込んでいて,元気がなくなった」としか言ってくれない。尿は出ていたらしい。

それまでは,元気に普通にしていた。う~ん,何で腎不全になるんだ?

鎮痛薬など,急に腎臓が悪くなるような要素はなさそうである。

何故だ??

もともとの腎機能は悪くなさそうだ。

とにかく診察してみる。

内科処置室に移ってもらった。

 

ベッドで右側臥位になっている。

「まっすぐ仰向けになってもらえますか?」

腰が痛くて,なかなか動けない様子。看護婦さんが手伝って何とかまっすぐ仰向けになってもらって,腹部をだしてみた瞬間。

あ,尿閉だ。

下腹部が明らかに膨隆。

診察すると下腹部に拡張した膀胱を触れる。圧迫すると顔をしかめる。

聴性打診で確認しても,明らかに膀胱の拡張を確認できた。

 

研修医に典型的な尿閉の所見の方がいるからと連絡をして,腹部所見を見てもらう。そして自分で14Frのフォーリーカテーテルを挿入。前立腺肥大があって挿入が困難かと心配したが,それほどの抵抗もなく難なく挿入できた。

尿がすぐに排出されてきた。

しばらくして,息子さんが,ぼそっと一言。 「そういえば,畳が濡れていました」
横にいた奥さんも,「今日が一番ひどかったです。」
つまり,溢流性尿失禁 Overflow incontinenceはあったわけだ。

患者さんに,

「おしっこでなくて辛かったんではないですか?」

と再度訊ねても,あまり尿が出にくかったということは自覚していないようだった。それでも「下腹部が苦しい」ということは,奥さんに訴えたが,あまり取り合ってもらえなかったというようなことを後でおっしゃっていた。

しばらくして確認すると,尿バッグの中にあっという間に,1400ml排出されていた。

「楽になりました・・・」 下腹部は,柔らかくなりへこんでいた。最初はどこが辛かったのか表現できていなかったようである。

その後,腹部エコーで確認すると,わずかに腎盂の拡張があり,軽度の水腎症を呈していた。血液検査でCRP>30だったが,明らかに尿路感染とは言えないので,抗菌薬はなしで慎重に経過観察にする。

 

<What is the key message from this patient ?>

つい3日前のエントリで尿閉の写真を提示したばかりだが,思考過程を残した記録も発掘したので,こちらもあわせてアップしておく。尿閉の典型的なプレゼンテーションである。

腎不全の患者さんがいると連絡を受けて,話を聞き始めたときには意外に元気そうで,尿路閉塞について思いついていない。腹部を診察するまで,尿閉のことはまったく頭に浮かんでいなかった。

これまで数多く尿閉,閉塞性腎症を見ているのに,最初の段階で想起できなかったのは正直少し悔しかった。腎不全の鑑別診断を,ちゃんとセオリー通りに頭に浮かべていなかった。M先生の(腎前性?)という文字にひっぱられたのかもしれない。

急性腎不全の鑑別診断で,「最初に腎後性」その後で「腎前性と腎実質性」と考えるという当たり前の考え方をしていれば,尿閉について想起することは,そんなに難しい訳ではないはず。まあ,思い浮かべられなかったのは,診察までの数分だけなのだが,基本どおりに考えるということがやはり大切である。反省。

「腹部を真横から」という原則には何度も救われる。

それと,あとからご家族がふと漏らした言葉も重要である。詳細に聞いてみると,そういえば畳や床が濡れていたとか,何となく尿臭がしていたという溢流性尿失禁を示す症状に,家族は気付いていたことはよく経験する。それを積極的に確かめてみると尿閉の病歴を拾い上げることができる。

 

補足)この患者の腎機能も3日前に提示した例と同様,閉塞解除後には速やかに回復した。腎機能の経過は以下のように入院から5日目で完全に正常化している。尿量は初日に3600ml,入院5日でtotal 9000ml以上排泄された。閉塞解除後の利尿は閉塞中に貯留した溶質と水が排泄されるという原則どおりだった。

BUN  153 → 82 → 48 → →19 mg/dl
Cr  6.65 →2.11 → 1.38  → →0.88  mg/dl
尿量 3600→1700→1500→1100→1200   ml/day

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