
大分の講演会の参加者の方から,コメント欄に質問をいただきました。個別にお答えするよりここで解説したいと思います。
<質問>
6/14の講演会に参加したものです。貴重なお話、ありがとうございました。
1点質問をしたいのですが、先生は講演の中で1時間で7Lの水を飲んだら水中毒になるとおっしゃっていました。正常な腎での排泄との兼ね合いで7Lという数字を導かれたと考えていますが、具体的な数式等分かりましたら教えていただけると幸いです。
よろしくお願いします。
---------------------------------------------------------------
<回答>
正常では,腎臓からの水(free water :自由水)の排泄能力(free water clearance 自由水クリアランス)は,およそ1L/hr あるいは10〜20L/日程度と言われています。つまり1時間に最大1Lの真水を排泄することができるけれど,仮にそれ以上(1時間あたり1L以上)の飲水をすると一時的にNa濃度は低下します。たとえば急速に2Lの水を飲むとどうなるでしょうか?
体重50kgとして総体液量は 50kg x 60% = 30 kg (L) 血清Na濃度が140mEq/Lとすると,総溶質量は 140 mEq/L x 30 L = 4200 mEq(mosm)になります。ここで, 急速に2L飲水すると,直ちに希釈尿の排泄が始まったとしても1L/hしか排泄できないので,最初の1時間以内だと少なくとも1Lの水が排泄できずに体内に貯留します。総溶質量に変化がなかったと仮定すると次の式が成り立ちます
50 x 0.6 x 140 = (50 x 0.6 + 1 ) x 0.6 x 新しいNa濃度
この式から 新しいNa濃度 = 135.5 mEq/L となります。すなわち一時的に,Na濃度は140mEq/Lから135.5mEq/Lまで低下するわけです。でもNa濃度が140mEq/Lから135.5mEq/Lに低下したとしても,生理的範囲内の動きであれば特に問題にはならないでしょう。これに対して統合失調症患者などで時にみられる心因性多飲症では,短時間に大量に飲水して重症の低Na血症をきたすことがあります。
講演会の時には,そのような重症の低Na血症をきたすには,どれくらい飲水すれば起こりうるかという仮定のお話をしたわけです。
上記の式を使って,今度は一気に7L飲水したらどうなるか考えてみましょう。最大で1L/hrしか水は排泄できないため,6Lの水が貯留するので
50 x 0.6 x 140 = ( 50 x 0.6 + 6)x 0.6 x 新しいNa 濃度
新しいNa 濃度 = 116 mEq/L
理論的には,体重50kgの人に急速に6Lの水が貯留するとNa 116まで低下する可能性があるということです。ここまで急激にNa濃度が低下すると痙攣を起こすこともありえます。実際に私はそのような症例を経験しています。腎機能が正常であれば,飲水した直後から低張尿が排泄(最大で1L/h)されはじめるので,理論上は次の6時間で負荷された水が排泄されてNa濃度が回復します。実際,心因性多飲症の患者さんでは,救急室に到着したときから非常に低張な水のような尿が大量に排泄されるのが観察されます。
以上,おわかりいただけたでしょうか。
追記)
これを書きながら,学生時代に部活の先輩に頼まれて同級生たちと「水負荷試験」の健常ボランティアのバイトをやったことを思い出しました。前採血をされたあと,15分以内に水を飲んでそのあとまた採血をするのです。今から考えるとADHの抑制をみるための何かだったんだろうな〜と思います。「さあ,これを15分以内に飲め!」と言われて大きなヤカンをどん!と目の前に置かれて,同級生たちとヒイヒイ言いながら飲んだことを覚えています。真水ってそんなに大量に飲めたもんじゃありません。ビールなら不思議と大ジョッキでスイスイ飲めるのにね・・・