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アップル社の戦略

2010-10-02 09:47:16 | 日記
O'REILLY にアップル社のビジネスモデルの解析が掲載された。
アップルの株価は今年著明に上昇し、時価総額でマイクロソフト社を凌いだ。
中期的に見ても、10年前の iPod 発売時と比べるとアップルの株価は30倍である。
この間比較的成功しているグーグルの株価でも5倍弱の上昇にしか過ぎない。
他のコンピュータ関連株に至っては、マイクロソフトやインテルは価値減少、デルは半分以下にまで下落している。
一般に好調だと考えられているグーグルに比べても6倍ほどの差をつけているという実績は詳細に分析してみる価値がある。

著者の Mark Sigal は O'REILLY に発表した論文の中で、アップル社の戦略の立て方と、その遂行の仕方に秘訣があると分析している。
その戦略は "Segmentation Strategy" と呼ばれている。
マーケティングでは通常、大きい市場をターゲットにするほうが有利だと考えられるため、"horizontal marketing" (一つの製品をより多くの人に、多くの機会に使ってもらえるようにデザインする)戦略をとることが多い。

日本でいえば携帯電話がその例だ。
携帯電話は本来の機能に加えて、カメラ、メモ帳、また支払い端末として多機能かつ包括的な道具を目指している。
そして日本のケータイは日本人の生活に密着してガラパゴス進化を遂げた。
一つの成功例(失敗例?)である。

アップル社は一方、 "vertical marketing" (一つの製品を一つの機能に特化する)という戦略を固持した。
典型的な例が iPhone だ。
アップルはコンピューターが生活の中で不可欠となっている人を対象として、スマートフォンという分野にのみ製品を投入した。
実績を見ると、今年1月から6月に販売された5億台を超える携帯電話の中でアップル社の製品が占める数はわずか1700万台(3.4%)に過ぎない。
にもかかわらず、スマートフォンに限ってみれば市場占有率は39%と携帯電話の雄ノキア(32%)を凌駕する。
一つの分野に特化し、価格ではなく品質で差別化を図る方針だ。

この高品質を維持するノウハウの中には、コンピュータのハードとソフトの両方を開発しているというアップルの特徴が生かされている。
アップルは自分たちの持ち味を生かして、消費者に一つの生活様式を提案し、新しい市場を開拓してきた。
例えば、アップルはコンピューターやソーシャルネットワークと携帯電話を一括で使用することを提案した。
その提案が消費者に受け入れられたことはここ数年の実績を見れば明白だ。

さらに、仕事や家庭でコンピューターに依存している人達にとって、普段使っているコンピューターとのシンクや、携帯を紛失した際の保安管理は無くてはならない機能だ。
クラウドを利用してこういった機能を可能にするサービスは、アップル社とグーグル社のみが提供出来る。
これもただのメーカーにとどまらないアップルならではだ。
もちろん、このサービスも品質を高めている要因の一つであることは言うまでもない。
自分たちを含めて限られた会社にのみ可能な包括的なアプローチで差別化を図りつつ、各々の製品については機能を特化するというのがアップル社の個別化戦略だ。

さらにアップル製品はユニークなのも特筆できる。
アップル社の新製品 iPod や iPhone, iPad は独自性の強い製品だったが、消費者に受け入れられた。
日本では iPhone について「かまぼこ板を耳に当てるのは耐えられない」という抵抗があったと聞く。
アップルは音声電話としてよりテキストやメールなど他機能を使うことが多いことを前提としてデザインしている。
使用形態の調査もそれを裏付けている。
さらに、その製品成形の技術の高さは日本メーカーが足元に及ばないほどだ。
ケータイを見れば、いまだに先史時代の枠の組み立て方式を使っているのが分かる。
後に類似の製品が雨後の竹の子のように登場したという事実が、アップルの製品開発能力の高さを物語っている。

品質における差別化は販売促進において絶大な効果を持っている。
日本にはクラウド事業を高品質で維持出来る企業がまだないという現実が、スマートフォンで iPhone を追撃出来る日本製品が出現しない理由だろう。
実際、グーグル社はアンドロイドを発表し着実に業績を伸ばしてきた。
カレンダーやメールを含めたクラウドの第一人者が携帯電話を取り込んでアップルの牙城に食い込んできている。
グーグル社はソフトウェア開発とウェブ関連サービスのみにとどまり、ハードウェアのメーカーと棲み分けをしているのも成功の理由の一つだ。
やはり、餅は餅屋である。

一方、ソフトウェア界の覇者マイクロソフトはどうかというと、クラウド事業で手痛い失敗をした。
その責任を問われて CEO であるスティーブ・ボーマーは今夏のボーナスを50%カットされた
クラウドを中心とした電子書籍、携帯電話事業が不振だったからだ。
マイクロソフトでさえ、規模が大きくなるとクラウドを維持出来ない。
それだけ高い技術とノウハウが必要だということを示している。
アップルとグーグルだけが提供出来るサービスだといった理由がここにある。

他の製品を見てみよう。

  • シャッフルは必要最低限の機能のみを備えた超小型音楽再生機で「ながら音楽鑑賞」用だ。

  • ナノは同じく超小型ながらタッチスクリーンを装備し、「絵も見たい」人用だ。

  • タッチは高機能音楽動画再生機で、ゲームやアプリケーションが使用出来、「電話はいらない」ひと向けだ。

  • iPhone は唯一電話機能をもつ、「電話が無いと寂しい」人用だ。

  • iPad は基本的には画面の大きいタッチでウェブや書籍の閲覧に好都合だ。
    カメラがないかわりに、携帯電話のネットワークが利用出来るので、「持ち運べる簡素なコンピューターも欲しい」ひと向けだ。  
    セカンドコンピューターとしての役割を目指している。(統計でもこの使われ方が多いと確認されている

  • そしてラップトップは「フル機能のコンピューターが欲しい」人を対象としている。


  • 自分も全ての製品が魅力的だとは思わない。
    電話と iPad があれば十分だ(勿論コンピューターは必要)。
    仕事場では目的に応じてCPUが数台、常時使用するラップトップが2台と非常用ラップトップが3台。
    それらが全てクラウドを通じてシンクしている。
    電話は本来の機能の他に、覚え書きや住所録、履歴やメール等が瞬時にクラウドとシンクする機能が不可欠なので iPhone 以外もはや考慮できない。

    旅行等で携帯するには iPad が最適だ。
    これまでは Air を使ってきたが、旅行の友としては高機能すぎるきらいがあった。
    動画や音楽を鑑賞したり、ウェブブック程度の使い方をするだけなら iPad で十分だと思う。

    子供達は今のところ、シャッフルとタッチ(本当は iPad の方が良いらしい)を楽しんでいる。
    スケートのプログラムの曲や練習中の曲を聴くならシャッフルが小さくて使い勝手が良い。
    ゲームをしたり、調べ物をするならタッチ。
    さらに、家の中で音楽を聴くならタッチの方が使いやすいという。

    このように、各人にとっての最適な機種は生活様式によって違ってくる。
    一つの機種で全ての機能を網羅する必要はない。
    雀を撃つのに大砲は要らない理屈である。

    もう一つこまやかな神経も使われている。
    アップルは新機能を慌ててつけることをしない。
    例えば、新タッチに投入されはカメラの機能が、すでに発売されていた iPhone のカメラよりも高性能にならないようにした。
    技術的に不可能なのではなくあくまでも戦略的な理由からだ。
    電話にはどの国でも契約上の縛りがあり、消費者は自由にハードを交換出来ない。
    数ヶ月で高機能の製品が投入された時のユーザーの気持ちを慮っている。
    新製品の販売促進の為にはなりふり構わないという態度はとらない。

    アップルの成功が何を意味するだろうか。
    一つには、こういった高品質・付加価値に対しては電子商品であっても消費者が進んでプレミアムを払うということが証明された。
    二つ目は、長期的な戦略をたて正しく遂行すれば、一見その時の常識に反すると思える動きも新しい市場の開発につながるということだ。
    三つ目は差別化。アップルは低価格ラップトップやウェブブックを開発してこなかった。
    低価格ではなく、あくまでも革新的な機能とデザインで消費者を引きつけようと努力した。
    長期的にブランドイメージを確立しようという努力である。

    ソニーがかつて持っていた革新的で高品質なイメージが色褪せているのがさみしい。
    日本企業には、マスコミや政府を利用して競争を有利にしようと試みず、長期的戦略を持って正面から堂々と勝負できる製品を開発して欲しい。