ぐだぐだくらぶ

ぐだぐだと日常を過ごす同級生たちによる
目的はないが夢はあるかもしれない雑記
「ぐだぐだ写真館」、始めました

シカバネをください。 1…死神・沓水良嶺の日常(0)

2007年01月09日 14時26分37秒 | 小説
突然だが、一つ考えてもらいたい。

何故人間は、人の死に恐怖し、忌み嫌うのだろうか。


そりゃあ、人間だって動物なのだから、生き残るために死を避けたいと感じるのは当然だろう。

あるいは、他の個体の死を目の当たりにすることで、ヒトに残された僅かな野性が、危険を知らせているのかもしれない。

動物と比べるなら、人間社会は、直接触れる事のできる「死」からあまりにもかけ離れている。

一般人が死と関わりを持つのは、親族の看取りと、葬式の時くらいだろう。

その葬式も、堅苦しい儀式によって、生々しい死の空気を誤魔化しているように思えてならない。

死という未知の存在に対する恐怖に怯えながら、死を知ることすら避けたがる、矛盾を抱えながら生きるのが人間だ。

だから、死を目にする事の無い日常では、人の死体は否応無しに特異なものに映る。時にグロテスクに、時に鮮烈に。

逆に言えば、死の実体すら知ろうとする好奇心を持った人間、もしくは「死を知る者」にとっては、死は恐怖に値しない。

そして、そもそも「死」という概念を持たない存在は、死を恐れるどころか、関心を抱くことすら無い――

大げさな例えをするなら、机や椅子が死を意識するなんて、まるで無いのと同じ事だな。

つまり、死を不気味なもの、忌むべきものとするのは、人間社会の教義が背景としてあるのであって、

死を誰もが忌避する対象として考えるのは、全く以て的外れな話だ。


……どうして俺がこんな堅苦しい話を持ち出したのかと言えば、

俺自身が半年前、「ナツキ」と名乗る少女にこんな感じで説明を受けたからだ。

今みたいに、本当に唐突に、何の脈絡も無く。

俺は今の話で、宗教じみた思想やらを語りたかった訳では無い。

ただ、突然哲学的な問いをぶつけられた時のぽかーんとした気分を、俺以外の人間にも味わってもらいたかっただけだ。

俺もこの話を初めて聞かされた時、まるで意味を理解していなかったからな。

それに、これから俺が今置かれている状況を説明するのに、何か枕になるような話があった方が、

何というか、ちょっとくらいショックが和らぐような気がしたんだ。

この話はここらで切り上げて、何故俺がこんな話をとうとうと聞かされる羽目になったのか、それはまたの機会に話すとする。



さて、前置きが長くなったが、ここで今の俺の状況を見てみよう。

俺の視界には、三人の人影が映っている。

薄暗くて見えにくいが、顔は十分見えるし、その背格好にも見覚えがある。


まず右端ののほほんとした顔付きの人物が、緩利由(ゆるりゆかり)。

俺とは遠い親戚関係、具体的には……「はとこ」にあたるのか。そして、同じ高校のクラスメイトでもある。

事情があって数ヶ月前から、俺は妹と共に彼女の家、緩利家に居候している。

そういった意味では、俺と緩利は密な関係と言えるのだけれども、未だにこいつには苦手意識がある。

掴みどころが無い。緩利有彩を説明するには、この一言に尽きる。

「ゆるり」という苗字も何と言うか、人の名はその人の性格を表すのだなあと、妙に納得してしまう。


その隣、三人組の真ん中にいる、背の高い影。

顔付きは一見男に見えるが、シルエットで分かる。同じく市立湖之岸高校3年D組の、雁瀬旭(がんせあさひ)だ。

息を呑むほどの中性的な整った顔、男勝りな性格、そして体格。通り名は、イケメン。

誰に対してもフレンドリーで、俺もよく会話を交わす仲だ。

学年ではまず間違いなく、ダントツでモテる。――主に、女の子から。

あけすけに言ってしまえば、誰もが彼女を女性だと認識できるのは、

そのボーイッシュな見た目に反して、胸が大変激しく主張なさっているからだ。


最後に、左端の小柄な少女……他の顔ぶれからして、恐らく鈎(まがり)だろう。

下の名前は、何と言ったかな。「たまちゃん」と呼ばれていたから、玉何とかだったと思う。

彼女については、俺はよく知らない。緩利や雁瀬と、一緒にいる所を時々見かける程度。

この前、アノマロがどうとか、呪文みたいな事を緩利に言っていた気もする。

記憶にある彼女の他の言葉も、意味不明なものが多い。とにかく、それくらいしか繋がりが無いと思ってもらっていい。



俺が三人を見ているのと同じように、あの三人の目にも、俺の姿が映っているはずだ。

ただ、薄暗い上に、俺はフードを被っているから、俺だと気付いてはいないかもしれない。

それにしても驚いた。こんな所で顔見知りに、それも女子ばかりの所帯に遭遇するとは、思ってもみなかった。

大体、日本中から毎日のように人が押し寄せる、スリリングでエキサイティングな自殺名所である所のここ湖之岸樹海に、

日も落ちたこの時間になって、女の子だけで来るなど、非常識にも程がある。

だが、彼女たちも俺に対して同じ感想を抱いているはずだ。

彼女たちはその自殺名所で、クラスの同級生の沓水良嶺(くつみずながれ)を見つけただけでなく、

あろうことか彼が、通販で4980円の特価で購入した高枝切りバサミを両手に持ち、木の枝を切ろうとしている姿、

そしてその枝の先に結び付けられた紐から――顔は黒く鬱血し、身体は重力で伸び切ってはいるが、

恐らくは人と思われる死体がぶら下がっているのを、目にしてしまったのだから。



さて、どうしたもんか。

見知らぬ人間ならいざ知らず、知り合いに見られてしまった以上、いっそ正直に全てを話してしまおうか。

事情を説明すれば、情状酌量の余地もあるかもしれない。

……いや、有り得ない。「樹海を徘徊して死体を集めている」なんて、口が裂けても言えない。

かと言って「よく分かんないけど、とりあえず遺体を下ろした方がいいと思った」なんて言い訳をしても、

高枝切りバサミなんて都合の良いものを携帯しているのが怪しすぎる。

俺が今思いつく最善の方法は、彼女達には目の前のフード野郎の顔が見えていないと信じて、

最近市内で噂になっている、「樹海の死神」とやらのイメージに合わせた対応をする事だ。

得体の知れない化け物みたいなのが相手となれば、あの三人もこの場から逃げ出すだろう。

死神って、どんな感じなんだろう。「ヴアァァァ」とか叫んで、襲いかかればいいんだろうか。

いや待て、下手に危害を加えようとしたら、もし三人の誰かが俺に気付いていた場合、

「夜の樹海で沓水君に襲われた」みたいな、誤解を生む事を言われかねない。

高三まで通って、そんなバカな理由で退学処分なんてまっぴら御免だ。

それなら、言葉でそれっぽい雰囲気を出して、追い返すしかないな。

こんな事もあろうかと、この前風呂場で練習しておいたのさ。

神様っぽい厳かな口調で、地獄から這い出てきたような低く気味の悪い声で……


「ここから出ていけ……さもなくば……ゲホゲホっ、ゲホっ」





→(1)へ続く