ぐだぐだくらぶ

ぐだぐだと日常を過ごす同級生たちによる
目的はないが夢はあるかもしれない雑記
「ぐだぐだ写真館」、始めました

キル・バレンタイン②

2010年06月02日 22時49分37秒 | 小説
甘ったるい匂いに耐えつつ教室に入ると、

教卓の周りに人が群がっていた。



教卓の上には紙が1枚。

その紙には、ワープロでこう書かれていた。



「今日はバレンタインデー!

聖バレンタインが処刑された日です!

・・・というわけで、今日はそれにちなんで

誰かを処刑してやりたいと思いますっ!

皆さん、お気をつけて!」



クラス中の視線が俺に集まった。


「S、だから余計なことは・・・」

「お、俺じゃねぇって」



全員が気まずい雰囲気に包まれる中、


「そんなの気にしないでさ、ほらチョコ配るよー」


クラス1の美人のKの声で、暗い空気は一瞬で吹き飛んだ。

去年と何ら変わらない、にぎやかな教室。


―――畜生、またアイツはよぉ・・・


俺はKとは小学校の頃から知り合いだ。

普段はあんな感じで明るく見せているが、

根は恐ろしく暗いことを俺は知っている



「まためんどくせー展開になってきたな」


俺は教室の右端の席をちらりと見た。


「そういえばH来てないな」

「本当だ、インフルエンザか?」

「・・・そうならいいのに」

「何か言ったか?」

「いや何も」


Hが休めば、Tにチョコが渡ることも無い・・・

いかんいかん、人の不幸を喜んでどうする。



Kがチョコをあらかた配り終え、調子づいた数人が食べ始めた。


「おいおい、帰ってからゆっくり食べろよ」

「別にいいだろ、いつ食ったって」


先に食べる派のOと、取っておく派のMか・・・。



「・・・毒入ってたりして」


俺は思わず余計なことを呟いた。

だが、今度は俺が睨まれることはなく、

全員の視線がチョコを食べた数人に集まった。


「・・・何だよ、大丈夫だって」


Oはチョコレートをもう一口かじった。


「まだあの紙の内容引きずってんの?考えすぎだろ」


クラス中に安堵の溜め息が漏れると同時に、

今度こそ俺に鋭い視線が集まった。

・・・痛い。




授業はいつの間にか3時間目に入った。

数学担当のRが意味不明な話を続け、

右の席のTが俺にちょっかいをかけてくる。

いつもと何ら変わらない授業風景だ。


「・・・Hの奴まだ来ないな」


Tは後の空席を見て言った。


「まだ来ると思ってんのか、休みだろ?」

「いや、来る気がするんだ」

「ふーん」


何だよ、そのフィーリングみたいなの。

嫉妬して腹を立てるのは人間的にダメだってのは分かってるけども、

俺はそんなに褒められた人間でもないしな。



心の中で自虐を言いながらHの席を見ていると、妙に嫌な予感がした。


―――まさか「処刑」って・・・まさかな


流石にこれを口にすることはできなかった。



そんな心配をしていると、突然後ろのドアが開いた。

そこには、息を切らしたHの姿があった。


「どうしたH、遅刻だぞー」

「すいません、ちょっと色々あって」


Hは素早くTの後ろの席に座った。

俺は少しほっとして、前に向き直る。


「色々って何だよ」

「寝坊よ、それぐらい察して」

「いや、お前が寝坊なんて珍しいからさ」


HとTの会話を右手に聞きながら、Rの間の抜けた声に集中した。

イチャついた会話を聞いてたら、こっちが嫌になる。

しかも今日は・・・



「あ・・・あの先生」


突然Oが立ち上がった。


「ん?どうしたO、トイレかー」


間の抜けたRの声が耳に障る。

そういえばこの声誰かに似てるな。

・・・もしかして俺か?


「あ、すいません・・・」


Oはいつになく弱々しい口調で席を離れた。

顔は青ざめている。


「大丈夫かO、腹壊したのかー?」

「いや、それもあるんですけど、何か気持ち悪・・・」



言うが早いか、Oは突然吐いた。

悲鳴が上がり、騒然とする教室。


「お、おいO、大丈夫かー?」


この状況でも間延びのするRの声が妙に浮いて聞こえる。

すると、教室中から呻くような声が聞こえてきた。


「何だか私も気持ち悪くなってきた・・・」

「僕さっきから腹痛いんだけど・・・」

「は、吐きそう、トイレ行ってくる」



教室内の誰もが、原因の見当がついた。

そしてそのほとんどが、朝教卓の上にあった紙を思い出した。

視線を浴びるのは、もちろん俺だ。


「・・・めんどくせーことになったな」


呟きながら、俺は救急車のサイレンを聞いていた。






「ったく集団食中毒とか脅かすなよ、本当に毒かと思ったじゃねーか」

「食中毒だって怖いぜ、今の時期流行ってるからな」


検査の結果、結局あれはただの食中毒だと分かった。

原因は全員が思った通り、Kのチョコレートだった。

何でもKの弟がノロウイルスにかかっていたらしく、

何かのはずみでチョコレートに菌がついてしまったらしい。


チョコレートで食中毒騒ぎを起こすなんてのもKらしいが・・・

これで学校でのKの地位も終わりだな。

また昔みたいに陰キャラ同士仲良くいこうぜ、と言ったら

KとHに思いっきり睨まれた


「今日の体育のバスケ楽しみにしてたのによ」

「俺としては嫌いな授業が潰れてありがたいけど」

「S運動神経ゼロだもんな」


そういえば、Hはどうしたんだろうか。

普段ならTと帰ってるはずなんだが・・・

まあいいか、あの2人の掛け合いを見るのはもう飽きた。



Tと別れ、家に急ぐ俺の前にコンビニがあった。

俺の家と学校の間にはコンビニが2軒ある。

あまりにも近い場所にあるため、

そろそろ共倒れするんじゃないかとこの辺りではもっぱらの噂だ。


―――何かチョコ食いたくなってきたな。


俺はバレンタインは嫌いだが、チョコレートは大好物だ。

だからこそ、チョコがバレンタインのダシに使われているのが許せない。

まあクッキーだろうと何だろうと甘いものは好きだが。



俺はコンビニに入ると、レジの横に目をやった。

レジに並んだ時につい手に取ってしまうようにという

店の策略で置かれたチロルチョコ。

何だか癪だが仕方ない、一個だけ・・・


レジの店員が俺を変な目で見ている。

まあ予想できたことだ。

俺が店を出て行く瞬間、後ろからクスクス笑いが聞こえた気がした。


―――しまった、こんな日に買うんじゃなかった。



帰り道に買ったチョコを食べようとしたが、

食中毒を目の前で見た後に、手も洗わずに食べる勇気はなかった。

俺はそのままチョコをポケットに突っ込み、家までゆっくり帰った。






翌日、俺達の学校の集団食中毒のニュースは

新聞やテレビでそこそこ大きく報道された。

さらに、学校でのバレンタインについての議論も

数日間度々行われることとなる。



ただ、世間のそういった反応は、

俺達の学校の事件からきたというよりも

他の原因の方が大きかったように思う。




その日の新聞の一面の見出しはこうだ。


「毒入りチョコで男子高校生重体」




③へ続く・・・

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