終日雨でした
夜のBSで英雄たちの選択ですが、松尾芭蕉でしたね。じつは最初の15分しか見れなかったのです。
残念でしたが、短い中に芭蕉が神田上水建設を請け負っているのですね!
秘術屋的才能もあり、多くの人を使う才能もあり、工事自体の工期とかの計画の才能もあり・・
なおかつ俳諧師ですから・・・脳の中はどんなになっているんだろうと思いましたね。
お風呂に浸かって考えていましたが、常人ではないことは確かだ。
俳諧もそうだけど日常の生活をしながら楽しめる才能がある。
土木的才能も持っていたのだろうか、それを駆使して上水を完成させているとは!!
化け物ですね!
また紀行文もここに書くまでも無く見事なんでしょう・・・読んでいませんので(-_-;)
またあれだけ旅をする身体の頑丈さも持っていた!
頭脳がどうなんでしょう?現実の生活とはかけ離れたところでも回転していて様々な事柄を考えていくことができる!?
そんなスーパー頭脳を持っていたのでしょうね。
それが、蛙が活けに飛び込む音を聞いての例の句でなんですが・・・下五の「水のをと」に現れているのかなと考えたりします。
芭蕉はカエルを見ていたわけではありませんね・・・池ノ端で土木的目線で池の周囲など眺めながら居たのでしょう。そこに、ぽちゃんと何かが水に落ちた音が聞こえた。あぁ、カエルでも跳び込んだのかってぐらいの認識だったのでは?
次の音を待っていても、もう音はしない。さっきの音だけなのである。
それが例の、国民のほぼ船員とまでいかないけど周知されているのです。
じゃあ、なにがこの句がいいのかなんですが。
古池,これはもう、いつごろからの池なんだろう。土手も危ういし山手側も崩れそうだしなどと考えていたのかもしれない。
蛙飛び込む、蛙ぐらいしか用の無い池なんだと・・・
水の音は?自分に聞こえる音だから、自分は今ここにいるという証でしょうか?
で、池の水を利用しようとしたらどうしようか?などと考えていたかもしれませんね。
まったく驚きの芭蕉さんでした。
名句の迷鑑賞でした<(_ _)>
私も忙しくしていながら、何かが見えたり聞こえたりしたときに脳が勝手に迷宮的働きをしているときがあります、病的かもしれませんので一度専門医に相談してみようかと思ったりします。が、毎日変わりなく生活しているので大丈夫なんだろうと(-_-;)