一句鑑賞

蕎麦屋

蕎麦 「宗右ヱ門」

箱崎の参道から地下鉄への入り口の横を通り、狭い路地ばかりの住宅街に入る。

博多区呉服町界隈にのこる町割りみたいに、この界隈も間口が狭い。

その一軒が宗右ヱ門。狭い間口を割いてわざわざといったら失礼だが店への入り口まで、飛び石の数メートル奥に入ると右手に入り口の引き戸がある。入れば落ち着いた照明にほっとする。

道からその明るさを背にしながら水を打たれた飛び石の奥へと進むが、ここではまだ外部の明るさがまだ残っている。

引き戸を入ると外の光は入ってこない。見事な間接照明だなと感心した。外の明るみから次第にくらくなり心がほっと安らぐような店内となっている。

間接照明のほかには縦長の灯り取りの窓(外は見えない)がテーブル席側に、小上りの壁面には真四角の灯り取りが客席からの視線に入らない高さに配置してある。それでいてその窓から十㎝ほど壁面が浮いているので立体感を持たせている。壁の向こう側を感じさせつつ見せてはいないのである。

お好きな席へどうぞと言われて、椅子席に腰かけた。この椅子はなんだ?座り心地はといえば、なんか体に抵抗感がないでしっかりしている。背もたれに身を預けると肩甲骨のあたりにまでしっかりと支える。こんな椅子にはお目にかかれないことを知っていなくてはならない。

品書きを見てみると、ざるそばを「せいろう」と書いてある。せいろなんだけど「う」に拘りがあるのだろう、調べてみようと思った。美味しいお茶が運ばれて、天せいろう(天ざる)をお願いした。

私のあとに一人の男性、二人連れの女性、また二人連れの女性と続けて入店されて・・・男性はご常連のようで注文も早い、女性は今日は何食べる?と話されているので、これまたご常連。

遺物のごとき私は運ばれた天せいろうをもくもくと食べましたが、蕎麦のもりつけが綺麗だなと・・・ゆで上げて笊に取り冷水に洗うわけですが・・・その水に泳でいる様子が見えるように盛りつけられている。あ、きれいだなと・・・二三本箸にとってそのまま口に入れた。美味い。やや甘いというぐらいのつけ汁は私というか、博多という風土に合っている。

天だから天ぷらは海老を二つとしし唐ではなくて、あまとう?かな口中に香りが広がって美味い。海老はさっきまで生きていたのではと思った。身がしっとりとして甘い、とても美味しい。頃合いを見て蕎麦湯がなにも言わずに運ばれてきた。いいタイミングだなと感心した。

蕎麦湯をゆっくり楽しんで会計をしながら・・・

20年ぶりくらいに来たのですが、あの椅子は当時もそうでしたか?などと要らぬことを質問。

はいそうです。

あのときもこの椅子だったのかと・・・ふっと想い出して来たのですが、場所が分からずに人に尋ねました。

またお越しくださいに、ご馳走様と言って出ました。

路地の中の一軒ですが、じつに静かで蕎麦を心からちょっぴり贅沢に楽しめるお店です。

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