こんばんは。Iです~!
じつは今年の秋に1週間ほど韓国に行ってきました。え?韓国コスメ?もちろん大好きです。買っちゃいました笑。でもミッションはほかにもちゃんとあるのです…。「戦争と女性の人権博物館」ツアー2015に参加させていただいてきました!博物館を皮切りに日本軍「慰安婦」ハルモニを訪ね、こんどは米軍基地の街をめぐり基地村女性たちに出会いました。この時この瞬間もどこかで起きつづけているといわれる性暴力。その歴史を旅していまを見つめるスタディツアーです。
その報告を先日あるところで書かせていただく機会がありまして…。遅筆Iとしてはせっかく書けたものは隙あらばムニャムニャ…というわけで、こちらにもご報告させていただきます。ちょっと長いのですが、お読みいただけたらうれしいです。
それにしても、ハンドルネームで活動している自分が実名で活動されているハルモニを紹介するのは、ほんとに、ほんとに、申し訳ない…。
2015.12.20
博物館ツアー2015
ー過去と現在をつなぐ旅ー
ご報告
今回のツアーは、奇しくも安保関連法案の可決と機を同じくして始まりました。やるせなさ、悔しさを抱えながらのスタートでした。そんな中、パワフルに活躍される「活動家」の方々にお会いすることができたわたしたちは幸運でした。たくさんの勇気をいただいて、元気いっぱいになって帰ってくることができました。
ここに訪れた先でのエピソードをご紹介して、ご報告に代えさせていただきます。ツアーの雰囲気を味わっていただければうれしいです。
ソウル(1日目):シムト「平和のウリチプ」
博物館を見学したあと、すこし歩いてシムト「平和のウリチプ」へ。吉元玉ハルモニが夕食をご一緒くださることになっていました。とはいえハルモニもお加減はあまりよくなく、ここ数年で何度か入院されています。ご負担になってしまわないかな…。心配ではあったけれど、曇った顔で心配をかけてはいけない。いまだけは笑顔!笑顔!玄関で大きく息を吸って、
「アンニョンハセヨ~!」
と元気にご挨拶すると、
「アンニョンハセヨ~!」
リビングからハルモニの朗らかなお声が。にこやかな笑顔で迎えてくださいました。
あたたかい陽だまりのような方です。わたしがいつまでもウロウロしていると、
「ここにお座りなさい!なにを飲みますか?」
お食事が始まってからも大忙し。テーブルの端から端まで気を配って、
「ちゃんと食べていますか?これはどうですか?」
ご自身はときおりせき込みながら、ゆっくりと少しずつ召し上がっていました。わたしたちは遠慮せず、たくさん食べてほしいと思われたのかもしれません。
お唄がとってもお上手な吉元玉ハルモニ。わたしたちにせがまれると、
「もうきれいな声じゃないから、はずかしいのに…」
ためらいながら、それでも一曲、披露してくださいました。その優しさと強さで第一線に立ちつづけてこられた吉元玉ハルモニ。深くやわらかな歌声に耳を傾けながら、ハルモニの来し方を思わずにはいられませんでした。
東豆川(2日目):セウムト訪問
ソウルからバスで北へ向かうこと1時間半。東豆川の基地村女性たちの団体、セウムトを訪問しました。東豆川に入ったことを連絡すると、事務所前では時間をかけずに、速やかに事務所に入ってほしいとのことでした。ツアー団体の受け入れも、日本からの訪問もわたしたちが初めてというセウムト。2014年に提訴した「米軍慰安婦」訴訟にも参加していて、前週には口頭弁論があったばかり。何かあってはいけない。一気に緊張が走りました。
バスが停まり、ふと窓の外に目をやると、迎えに出ていらしたオンニ(※)の姿が。事前に訪問していたスタッフが真っ先に駆け降りると、大きく手を振って歓迎してくれました。わたしなどは、わき目をふらずに事務所にたどり着くことしか考えられず、足はカクカク、頭もコチコチ。どうしていいかわからず、ちょっとパニック。
「ん?オンニ、手を振ってる?どうする?振り返す?でも往来が…。と、とにかく中に…」
バスから降りてくるだけでもう、ぐったり。ここで被害に遭い、いまもここに生き、自分のため、仲間の女性たちのため、国を相手に戦っているオンニたち。ぼうっとする頭で考えていました。
「オンニたちにはこれがいつものことなのか…」
事務所を訪ねると、待ちかねたオンニたちが入口で出迎えてくださいました。一人ひとりにご挨拶くださって、ドアの周辺はラッシュアワーさながらに。通していただいた会議室も大入り満員。スタッフは立ち見で…と思ったのも束の間、そうはさせないオンニたち。あちこちから椅子を探し、コーヒーまでご馳走してくださいました。
こうしてはじまったオンニを囲む懇談会。お願いした時間を優に超えて、ご自分の被害のこと、なぜ活動するのか、裁判にかけた思い。たくさんお話をしていただきました。けれど実は、予定されていたのは事務局スタッフさんたちとの懇談会。そこに急きょ、オンニたちも参加してくださることになったのです。なかにはこの日のために遠路おいでくださったオンニも。出会ったばかり、言葉も通じないわたしたちを受け入れ、ご自分の経験を託してくださるオンニたち。その期待にどのように応えることができるだろう。これがツアーを通しての課題となったように思います。
※セウムトのなかで、当事者の女性たちはお互いのことをオンニと呼びあう。それを知る人はみな、彼女たちをオンニと呼ぶ。
群山(3・4日目):群山近代歴史博物館
2011年にオープンしたばかりの真新しい博物館です。遠い昔から流通の要衝だった群山。その歴史をはるか古代から学ぶことができるのですが、ここはするりと抜けて近代へ。この博物館のメインとも言えるのが近代生活室。群山を基地の街に変えた日本統治時代を再現しています。靴屋さん、酒屋さん、木造の学校、小さな駅舎、スピーカーからは昭和の歌謡曲が流れています。ここが群山であることを忘れそうになるほどでした。
聞けば、ある人びとにとっては、群山は古き良き日本の姿をとどめた町。なつかしさを求めて日本から訪れる観光客は決して少なくないのだとか。ときにはテレビカメラが入ることもあるそうです。
けれど、壁際に目を向ければ粗末なカヤの小屋が。町なかの人びとは山ぎわに追われ、小さな掘っ立て小屋を建てて暮らしたそうです。港の船着き場には大きな貨物船の影が。桟橋の手前には日本に持ち去られようとしている米俵が山のよう。白い衣の人形たちが腰をくの字に折りまげて米俵を運び込んでいました。
「(この悲しい歴史を)なぜ、残しているのですか?」
参加者のお一人のことばに、ガイドの方の表情はぐっとこわばったように見えました。
「(なつかしい日本を)なぜ、残しているのですか?」
この意味で問われたのだと、そうガイドの方は受け取られたようでした。あとになって聞けば、日本から訪れた観光客はよくこの質問をしていくということでした。
「これは懐古趣味ではなく、歴史をくり返さないために残しています」
声を荒げることなく、落ちついて、しかしきっぱりと答えてくださいました。
その意味ではなかったことを伝えると、ガイドの方はすこし驚いたふうでしたが、同時にとても喜んでくださいました。その姿に、何度同じことを訊かれようと、根気強く対応してこられたことが偲ばれました。任せきりではいけない。この努力を自分のものにしなければ。こんな思いを強くしました。
ここまで、印象的なエピソードをお話しさせていただきました。どれほど苦しくても、困難が立ちはだかっても、あきらめずに乗り越えてこられた強さが心に残ります。その姿に、どれほど勇気をいただいたかわかりません。
「さあ、あなたはどうする?勇気をもらうだけでいいの?」
この問いかけを胸に、それぞれの帰途についたわたしたち。過去を学び、現在を踏みしめる旅から未来へ。これから歩む道が、きっと未来を変えていく。そう信じたいと思います。
じつは今年の秋に1週間ほど韓国に行ってきました。え?韓国コスメ?もちろん大好きです。買っちゃいました笑。でもミッションはほかにもちゃんとあるのです…。「戦争と女性の人権博物館」ツアー2015に参加させていただいてきました!博物館を皮切りに日本軍「慰安婦」ハルモニを訪ね、こんどは米軍基地の街をめぐり基地村女性たちに出会いました。この時この瞬間もどこかで起きつづけているといわれる性暴力。その歴史を旅していまを見つめるスタディツアーです。
その報告を先日あるところで書かせていただく機会がありまして…。遅筆Iとしてはせっかく書けたものは隙あらばムニャムニャ…というわけで、こちらにもご報告させていただきます。ちょっと長いのですが、お読みいただけたらうれしいです。
それにしても、ハンドルネームで活動している自分が実名で活動されているハルモニを紹介するのは、ほんとに、ほんとに、申し訳ない…。
2015.12.20
博物館ツアー2015
ー過去と現在をつなぐ旅ー
ご報告
今回のツアーは、奇しくも安保関連法案の可決と機を同じくして始まりました。やるせなさ、悔しさを抱えながらのスタートでした。そんな中、パワフルに活躍される「活動家」の方々にお会いすることができたわたしたちは幸運でした。たくさんの勇気をいただいて、元気いっぱいになって帰ってくることができました。
ここに訪れた先でのエピソードをご紹介して、ご報告に代えさせていただきます。ツアーの雰囲気を味わっていただければうれしいです。
ソウル(1日目):シムト「平和のウリチプ」
博物館を見学したあと、すこし歩いてシムト「平和のウリチプ」へ。吉元玉ハルモニが夕食をご一緒くださることになっていました。とはいえハルモニもお加減はあまりよくなく、ここ数年で何度か入院されています。ご負担になってしまわないかな…。心配ではあったけれど、曇った顔で心配をかけてはいけない。いまだけは笑顔!笑顔!玄関で大きく息を吸って、
「アンニョンハセヨ~!」
と元気にご挨拶すると、
「アンニョンハセヨ~!」
リビングからハルモニの朗らかなお声が。にこやかな笑顔で迎えてくださいました。
あたたかい陽だまりのような方です。わたしがいつまでもウロウロしていると、
「ここにお座りなさい!なにを飲みますか?」
お食事が始まってからも大忙し。テーブルの端から端まで気を配って、
「ちゃんと食べていますか?これはどうですか?」
ご自身はときおりせき込みながら、ゆっくりと少しずつ召し上がっていました。わたしたちは遠慮せず、たくさん食べてほしいと思われたのかもしれません。
お唄がとってもお上手な吉元玉ハルモニ。わたしたちにせがまれると、
「もうきれいな声じゃないから、はずかしいのに…」
ためらいながら、それでも一曲、披露してくださいました。その優しさと強さで第一線に立ちつづけてこられた吉元玉ハルモニ。深くやわらかな歌声に耳を傾けながら、ハルモニの来し方を思わずにはいられませんでした。
東豆川(2日目):セウムト訪問
ソウルからバスで北へ向かうこと1時間半。東豆川の基地村女性たちの団体、セウムトを訪問しました。東豆川に入ったことを連絡すると、事務所前では時間をかけずに、速やかに事務所に入ってほしいとのことでした。ツアー団体の受け入れも、日本からの訪問もわたしたちが初めてというセウムト。2014年に提訴した「米軍慰安婦」訴訟にも参加していて、前週には口頭弁論があったばかり。何かあってはいけない。一気に緊張が走りました。
バスが停まり、ふと窓の外に目をやると、迎えに出ていらしたオンニ(※)の姿が。事前に訪問していたスタッフが真っ先に駆け降りると、大きく手を振って歓迎してくれました。わたしなどは、わき目をふらずに事務所にたどり着くことしか考えられず、足はカクカク、頭もコチコチ。どうしていいかわからず、ちょっとパニック。
「ん?オンニ、手を振ってる?どうする?振り返す?でも往来が…。と、とにかく中に…」
バスから降りてくるだけでもう、ぐったり。ここで被害に遭い、いまもここに生き、自分のため、仲間の女性たちのため、国を相手に戦っているオンニたち。ぼうっとする頭で考えていました。
「オンニたちにはこれがいつものことなのか…」
事務所を訪ねると、待ちかねたオンニたちが入口で出迎えてくださいました。一人ひとりにご挨拶くださって、ドアの周辺はラッシュアワーさながらに。通していただいた会議室も大入り満員。スタッフは立ち見で…と思ったのも束の間、そうはさせないオンニたち。あちこちから椅子を探し、コーヒーまでご馳走してくださいました。
こうしてはじまったオンニを囲む懇談会。お願いした時間を優に超えて、ご自分の被害のこと、なぜ活動するのか、裁判にかけた思い。たくさんお話をしていただきました。けれど実は、予定されていたのは事務局スタッフさんたちとの懇談会。そこに急きょ、オンニたちも参加してくださることになったのです。なかにはこの日のために遠路おいでくださったオンニも。出会ったばかり、言葉も通じないわたしたちを受け入れ、ご自分の経験を託してくださるオンニたち。その期待にどのように応えることができるだろう。これがツアーを通しての課題となったように思います。
※セウムトのなかで、当事者の女性たちはお互いのことをオンニと呼びあう。それを知る人はみな、彼女たちをオンニと呼ぶ。
群山(3・4日目):群山近代歴史博物館
2011年にオープンしたばかりの真新しい博物館です。遠い昔から流通の要衝だった群山。その歴史をはるか古代から学ぶことができるのですが、ここはするりと抜けて近代へ。この博物館のメインとも言えるのが近代生活室。群山を基地の街に変えた日本統治時代を再現しています。靴屋さん、酒屋さん、木造の学校、小さな駅舎、スピーカーからは昭和の歌謡曲が流れています。ここが群山であることを忘れそうになるほどでした。
聞けば、ある人びとにとっては、群山は古き良き日本の姿をとどめた町。なつかしさを求めて日本から訪れる観光客は決して少なくないのだとか。ときにはテレビカメラが入ることもあるそうです。
けれど、壁際に目を向ければ粗末なカヤの小屋が。町なかの人びとは山ぎわに追われ、小さな掘っ立て小屋を建てて暮らしたそうです。港の船着き場には大きな貨物船の影が。桟橋の手前には日本に持ち去られようとしている米俵が山のよう。白い衣の人形たちが腰をくの字に折りまげて米俵を運び込んでいました。
「(この悲しい歴史を)なぜ、残しているのですか?」
参加者のお一人のことばに、ガイドの方の表情はぐっとこわばったように見えました。
「(なつかしい日本を)なぜ、残しているのですか?」
この意味で問われたのだと、そうガイドの方は受け取られたようでした。あとになって聞けば、日本から訪れた観光客はよくこの質問をしていくということでした。
「これは懐古趣味ではなく、歴史をくり返さないために残しています」
声を荒げることなく、落ちついて、しかしきっぱりと答えてくださいました。
その意味ではなかったことを伝えると、ガイドの方はすこし驚いたふうでしたが、同時にとても喜んでくださいました。その姿に、何度同じことを訊かれようと、根気強く対応してこられたことが偲ばれました。任せきりではいけない。この努力を自分のものにしなければ。こんな思いを強くしました。
ここまで、印象的なエピソードをお話しさせていただきました。どれほど苦しくても、困難が立ちはだかっても、あきらめずに乗り越えてこられた強さが心に残ります。その姿に、どれほど勇気をいただいたかわかりません。
「さあ、あなたはどうする?勇気をもらうだけでいいの?」
この問いかけを胸に、それぞれの帰途についたわたしたち。過去を学び、現在を踏みしめる旅から未来へ。これから歩む道が、きっと未来を変えていく。そう信じたいと思います。