人類史上最大の大富豪、ジョン・ロックフェラーをはじめとする、新興国アメリカの富を築いた「グレート・ファミリー」に焦点をあてた回でした。第1回は見逃した…。
資本主義の狂乱と脆さ、両方を感じる放送で見応えがありました。
アメリカが一躍世界のリーダーに
第一次世界大戦で戦場にならなかったアメリカは、戦後の立ち直りが早く、一躍世界のリーダーに躍り出ます。1920年代の好景気によりアメリカを経済大国に押し上げたのは、金融ではモルガン、巨大メーカーのデュポン、エジソンが築いたGE(ゼネラル・エレクトリック社)、車の大量生産を可能にしたフォードなど。銀行家のモルガンは、連合国に貸し付けた戦費の回収のため、ドイツに重い賠償金を課します。
石油によるエネルギー革命でスタンダード石油がのし上がり、格差が広がってデモが頻発します。
石油で財をなしたジョン・ロックフェラーは「富を築く才能は神からの贈り物。人類の幸福に役立てよと神が授けてくれた」と言いました。しかし、デモの鎮圧で労働者が犠牲になったと聞くと、こんな言葉は皮肉にしか聞こえません。
ハリウッドを作ったのはエジソンかも
1920年からの10年は、400万人の移民がアメリカに押し寄せ、特に多かったのがイタリア人とユダヤ人。世界的化粧品メーカーのマックス・ファクターも、ユダヤ人移民だったそうです。
このユダヤ人たちこそが、アメリカ経済の強さを支えたともいいます。
映画の都・ハリウッドを作ったのもユダヤ人たちで、都市部から遠く離れた場所に作った理由は、映画のフィルム使用の高い特許料を逃れるためだったとか。その特許料を厳しく取り立てたのは、あの発明王エジソンだったというから驚きです。
1920年の禁酒法でも、エジソンは推進派だったとか。工場の移民労働者が、酔っぱらって仕事の能率が落ちるのを嫌ったようです。禁酒法ってそんな理由だったのか!
http://www.nhk.or.jp/special/eizo/ 次回の放送は12月20日です
フィツジェラルドは、アメリカの消費活動のシンボル
ロックフェラーは「自由貿易で世界平和を」を掲げ、グレートファミリーは世界に資源を求め、ロックフェラー財団という世界的な慈善団体で世界に繰り出します。現地の医療水準をあげるという目的(手段?)のもと、資本主義を世界に浸透させていきました。
好景気のために、人々は生活必需品以外のものが買えるようになり、19世紀の火薬メーカーで「死の商人」と呼ばれていたデュポンは、ナイロンストッキングの爆発的ヒットで潤います。
旅行ブームが起こり、自動車や住宅ローンが普及しました。グレートギャッツビーの著者、作家のフィツジェラルドは、アメリカの消費活動のシンボルだったそうです。
暗黒の木曜日、世界大恐慌
誰もがこの好景気が続くと信じていた1929年の10月19日、株価の大暴落、世界大恐慌が起こります。「暗黒の木曜日」と言われています。借金をして株を買っていた人々は次々に破産。モルガン商会は上院議会に召喚されました。
それでも、グレートファミリーたちが揺らぐことはなかったようです。
一方で市民たちは、不景気だけでなく1930年代に入って西部に断続的に起きた砂嵐、ダストボウルに苦しめられます。農家は土地を捨て移動。社会主義である当時のソ連は資本主義をあざ笑うプロバガンダ映画を上映しました。
1937年、大恐慌の時の損失を上手く回収していたジョン・ロックフェラーが亡くなります。見舞客に「天国で会おう」と言った際、「あんたが天国に行けるならな」と言われたそうで、これもまた痛烈な皮肉です。ライバルは容赦なく叩き潰すと言われたロックフェラー創業者は、敵も多かったことでしょう。
ファシズムの恐ろしさを、世界がまだ知らなかった
1934年2月には、パリで3万人の労働者がデモ行進を行います。プラカードには「ファシズムのほうがましだ」と書かれていました。この頃から、ドイツ・イタリアでファシズムが台頭してきたそうです。本当に辛い暮らしだったのでしょうが、ファシズムの本当の恐ろしさを、世界が知る前なのだと分かります。
1937年にはデュポン家の娘がルーズベルト大統領の息子と結婚するなど、グレートファミリーは政界への影響力をさらに増していく…
資本主義の宿命がここに描き出されていました。いまもその化物は時と場所を変え生き続けており、日本も例外ではない…と番組サイトに書いてありました。まったく同感です。
最新の画像もっと見る
最近の「テレビ」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事