花笑 はなえみ

          呼吸を大切に 呼吸を忘れないで と願っています

メリークリスマス 岩手弁の朗読「雨ニモマケズ」聞いてください

2022年12月25日 17時34分00秒 | 祈り
こんにちは もうこんな時間になってますが、今日一日どのように過ごされていますか?
わたしは午後から仕事がお休みだったので、図書館や買い物に行けてうれしかったです。

数日前から見かけていたバターケーキを買おうとルンルンで出かけましたが今日はお店にありませんでした。
残念です。

でも、久し振りに沢山の本やCDを借りてこれて良かったです。

今日はイエスさんのお誕生日なので多くの人たちが世界中でお祝いをしているのでしょうね。
わたしはクリスチャンではありませんが多くの人たちに救いの手を差し伸べられた尊いお方ということは知っています。
イエスさんがこの世界にご誕生なさったことに心から祝福を送ります。
メリークリスマス (⋈◍>◡<◍)。✧♡

数日前、このバス(南部バス)に乗りました。車内もクリスマスの飾りでいっぱいでした。この路線だけの限定みたいです。他の路線はないみたいです。
写メを撮りたかったのですが・・・遠慮してしまいました。


今しがた、昼食と夕食を一緒にとりました。
近所のスーパーで買ったバナナボートを食べましたが美味しかったです。

何となく聞きたくなったので、宮沢賢治さんの詩、「雨ニモマケズ」岩手弁で聞いておりました。
ひとりだけで聞くのはもったいない良い朗読なので多くの人に紹介したいです。

雨ニモマケズ(宮沢賢治)岩手弁【癒しのピアノ・朗読】何度も聞きたくなる・ やさしい岩手弁


この街の空を行く雲は海が近いせいかとても近くに見えます。それに近いせいか大きく見えます。ジャンプしたら乗れそう・・・なんてことはないですけど。
今日の買い物帰りに写した写真です。


       では ごきげんよう おやすみなさい

しあわせ

2022年12月24日 20時49分52秒 | 祈り
今日ここを訪れて下さって本当にありがとうございました。

いきなりで大変失礼だとは思っていますが、お尋ねいたします。

あなたが願うのは、願い続けるのはどんな世の中ですか?
あなたは、今、幸せですか?

幸せです!と仰っていただけるのなら本当にその幸せをわたしも祝福いたします。
おめでとうございます。

今のこの時、今のご年齢によって、今のご状況によって、幸せについては様々に思う所があると思います。
わたしは、今、幸せではないので尋ねてみました。

衣食住にとても不自由してるとは言い切れないので、ある人から見れば、「幸せでしょう!」と促されるかもしれませんね。
学びたいこともわたしの意思で学べてるので幸せとも言えます。

今、この国は他国との戦争をやっていないので、戦争による死者がいなので幸いなのかもしれません。
でも、この国の未来のこと、隣人のこと、家族のこと、友だちのこと、挨拶を交わしているたくさんの知っている人たちのこと、それを思うと、幸いと言えるかどうかは断定できないなぁと思うのです。

それに、いつこの命終わるかもしれないので、幸いを遺して逝きたいなって、思うのです。
善きこと、幸いなること、希望を遺して、逝きたいな、って思うのです。

宮沢賢治さんって、そんなに存じませんが、そういう思いもおありになったのではないかな?って、勝手に思っています。

今の日本ならそれほど珍しい風景ではないかと思いますが、わたしが住んでる街の通りすがりの風景です。

わたしがいない未来でも、この国の誰にも、どこかの他国にも、破壊されることなくあり続けることを願っています。

すでに傷つけられて今も苦しんで辛い日々を送っているウクライナの人々がこれ以上他国に傷つけられないことを願っています。
そして、この日本が、隣国(ロシア、中国、北朝鮮など多数)の脅威に怯え苦しんで、これ以上の過酷(増税、物価高騰、仕事喪失、貧困、路上生活、徴兵など)な日々とまみえないよう願っています。

経済戦争、領土紛争、実際の戦争(国民の血、家族の血、身近な人の血などを見たり触れたりする恐怖)など、いつか突然いきなりにはないよ!、とは言い切れないのが地球人なんだと思っています。
多くの流血の臭いを知っていますか?

世界を惨禍に陥れた2度目の世界大戦、太平洋戦争の始まりが、ゆるやかに国民に告知されたと思っている成人の方はいらっしゃらないとは思いますが、とても心配しているこの頃です。

では、みなさま、おやすみなさい。

慈悲心と智慧光を感じる瞬間  いのり

2016年07月26日 09時54分35秒 | 祈り
 立ち読み程度でしか読んだことがない本です。

 淡淡とひたむきに生きるネコ。
 そんなイメージが、「100万回生きたねこ」にはあります。
 児童向けの絵本とは思えない内容、作品です。

 幾度生まれ変わろうと満ち足りたところのないネコで、つまらない生き方を繰り返しているネコ。
 ところが、異性のピンときたネコと出会い、何かが変化したのです。

 自力で変わったのではなく、他力で変わったのかな・・・?
 他の存在、魅力にひかれて、気持ちが知らず揺れまくったのですね。
 ラッキーでしたね、このネコちゃんは。
 しかし、100万回も生き死にを繰り返していたら、1回くらいは、こんな出会いもあるのでしょうかね。

 本性に目ざめぬまま生を終えるのか
 本性に気づかぬまま生を終えるのか

 目ざめるのは いつ どんな時に
 気づくのは いつ どんな時に

 無数の難と出会い、経験も数知れず
 ようやく見える はるかな光 うす明かりの世界に混じって感じる魂のみちびき・・・・・

 つまらなくも淡淡とひたむきに生きたネコのように、
 いのちをまとうものたちが、みなかならず、生きて光明に出会えますように願います。

さまざまな縁(えん)

2016年01月30日 18時31分09秒 | 祈り
 父は87歳ですが、、昨秋よりがんの再発で入院し、その後自宅に帰れないまま遠くの老人施設に入居となってしまいました。
 病院でも、施設でも、父の願いはただひとつ「家に帰りたい」ということだけでしたが、その願いを叶えられないまま、2週間前の1月15日、施設で亡くなりました。

 わたしはと云えば、予測はしていましたが、「おとうさんはもういない」とそれだけ何度も心のなかで繰り返しているだけで、どうにもなにも動けませんでした。 
 普段当たり前のようにしている生存に関わるもろもろのことができなくなっていました。我ながら「あぶないな~」と思いつつも動けないのです。
 動く、立つ、歩く、食べる、お風呂に入る、眠る、人に会う、というこんなことがスムーズにいかなくなるなんて思いもよらないことでした。これにはまいってしまいました。

 この地に戻ってきてより、父と母と妹と従妹はわたしの支えです。
 その従妹は、震災の年の6月に病気で亡くなり、父も逝ってしまった。
 それでも、わたしが生きているかぎり支えであることに変わりはありません。

 こういう辛い状況は、多くの方々が乗り越えてこられたことだし、と思ってみても、すぐには効き目がありませんね。

 ずっと以前に読んだ、仏典に載っていたお話があります。
 その後も時々思い出すくらい、何故か、とても心惹かれた一篇でした。

 裕福な家の若い嫁であったキサーゴータミーは、そのひとり子の男の子が、幼くして死んだので、気が狂い、冷たい骸(むくろ)を抱いて巷(ちまた)に出、子供の病を治す者はいないかと尋ね回った。

 この狂った女をどうすることもできず、町の人びとはただ哀れげに見送るだけであったが、釈尊の信者がこれを見かねて、その女に祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の釈尊のもとに行くようにすすめた。彼女は早速、釈尊のもとへ子供を抱いて行った。

 釈尊は静かにその様子を見て、「女よ、この子の病を治すには、芥子(けし)の実がいる。町に出て四・五粒もらってくるがよい。しかし、その芥子の実は、まだ一度も死者の出ない家からもらってこなければならない。」と言われた。

 狂った母は、町に出て芥子の実を求めた。芥子の実は得やすかったけれども、死人の出ない家は、どこにも求めることができなかった。ついに求める芥子の実を得ることができず、仏のもとにもどった。かの女は釈尊の静かな姿に接し、初めて釈尊のことばの意味をさとり、夢から覚めたように気がつき、わが子の冷たい骸を墓所におき、釈尊のもとに帰って弟子となった。

 これは、和英対照仏教聖典 第4章煩悩 第3節現実の人生の終わり(p.187-189)、に記載されているものです。


 数日前、図書館に行きました。

 児童文学の棚にある「少女ポリアンナ」という一冊を取り出し、文章を読むでもなくぱらぱらとページをめくっていました。

 その女の子は、父を亡くしてひとりぼっちになり、一度も会ったことのない叔母に引きとられることになりました。

 ぼうっとしながら文章を眺めているうちに、いつの間にか、丁寧に1ページずつ繰っているわたしでした。読み終わり「ああ、こういう本だったのかぁ。おもしろいなぁ」と感じていて、心がゆらゆらと動いていました。
 その近くにあったもう一冊「ポリアンナの青春」を借りてきて楽しく読みました。

 辛い目にあっている人や悲しみに動けない人を、救う人、救う物、救うきっかけは、ひとりひとり異なると思いますし、救いとの出会いもそれぞれなんですね。

 

 今日、図書館に行ってきました。
 5冊借りてきました。

 「クリスマス・キャロル」「負けないパティシエガール」「ふしぎなバイオリン」「たれ・ソース・ドレッシング300レシピ」「MOE(宮沢賢治と藤城清治の特別ページあり)」

 すごく雑読、乱読って感じですよね。
 いつものことですが、インスピレーションという<縁>で選んだものです。
 借りてきても、読むか読まないか気分次第となります。