今冬は、東北地方の山沿いが豪雪で交通が混乱している様だが、越後の平地は近年にない積雪の少ない珍しい正月である。
けれども、俗に言う爆弾低気圧のせいか、奥羽山脈に連なる飯豊山や大日岳の麓にある診療所の町は、例年通り雪が深く寒風もつよい。
診療所の老医師は、若き日に経験した軍隊生活の習慣と、老人特有の性癖から、早寝のため朝寝ているのに飽きて薄暗いうちにコッソリ起き出し、玄関前の除雪を黙々としていたら、近所の顔馴染みの老人達3人が夫々に白い息混じりに「ヤァー」と元気な声を弾ませて近寄って来て、子供達の通学路を踏み固めたあと、除雪の手を休めてタバコを燻らせながら雑談に花を咲かせていた。
「近頃、紅白歌合戦も、歌っているのか騒いでいるのか、俺等にはチットも面白くなく、北島三郎が愚痴を零していたいた様に、日本人の心が失われて来た様だな」
「やはり、一昔前の様に時代を映し出す、西条八十の心に残る歌詞や、それに相応しい服部一郎や古関メロデーがなくなり、我々には寂しい歳の暮れの世の中になったもんだなぁ」
と、老医師達が夫々にボソット呟くように大晦日の夜の感想を話しだしたら、ほかの老人も合いずちを打って共感していた。
老医師は誰に向って言うわけでもなく
「本当になぁ~、時代の移り変わりが早いとはいえ、ワシも何事につけ近頃つくずくそう思えてならんわ」
「全てが失われた戦後、その後の経済成長一本やりで一億総中流と各人が思ってたころ、それがどうじゃ、今は、無縁社会とやらで、人々いや家族の絆も薄れて、なんともやりきれない世の中になったもんじゃな」
「ほれ、考えてみろ。昭和40年頃までは、葬式も家庭でとり行われていたが、10年位前からは、近隣の各町にセレモニーが雨後の竹の子の様に林立し、葬儀が商業化されて、大事な戒名も故人を偲ばせるようなものもなく、正に葬式佛経になってしまい情けないシャバになったもんだ」
「最近、都会では直葬と言って誰にも世話にならずに、先祖の墓を捨てて寺とも縁を切り、この世を静かに去るといった様に、価値観が20年単位で変遷している様に思えるよ」
「まぁ~、考えようによっては、合理的かも知れんが、ワシは戦後教員が赤旗を振ったり国旗に背を向けたりする、教育の欠陥が齎し出した当然の帰結だと思うな」
「政治の劣化。そのため、欧米をはじめ世界各地で保護主義や.自国優先の専制主義の台頭。 我が国も二極化して国の進むべき方向が不透明で、この先どうなるのかなぁ」
「昔、歴史は60年位で戦争があり、それに伴い先端技術の発達、人口減等で、価値観も自然の摂理で変化すると言われていたが、近代はグローバル的に大きな外部要因を受けて、日本もこの先大きく変化すると思えるなぁ。 此の儘では、老人国家で生産人口が減り、国力が衰退の道を辿る以外になく、必然的に移民を受け入れざるを得ないだろうなぁ~」
「最近、テレビで放送していたが、中国等は一人っ子政策の結果、今ではオナゴが少なく嫁さんのなりてが3000万人も足りないそうだ。最も大都市に住む教養の高いオナゴは相手の資産状態を結婚の条件にするらしいが・・」
「戦前に流行した、蘇州夜曲の”君が手折し桃の花・・♪”と言う心に響く名曲とか、”月落ちて烏啼き霜天に満つ・・”。なんてゆう有名な漢詩も忘れ去られ、それらはみんな遠い昔のことになったが、統制の厳しい軍国主義下とわいえ、人間の温かみを感じた李香蘭の全盛時代が一番よかったようだなぁ」
と喋ったあと急に表情を和ませて
「でも、横手駅では列車が到着するたびに、構内に”青い山脈”のメロデーを流しているが、あれを聞くと往時を懐かしく想い出され心が明るくなってしまうなぁ」「この地方はまだまだ捨てたもんではないわ」
と、外国生活を経験した軍人上がりの厳しい世想感と郷土愛を話していた。
朝の雪かきを終わり、一風呂浴びて汗を流した老医師は、毎朝欠かさず勤行を務める、二階の大広間に設けられた仏壇と神棚それに向かい合ってマリア像を祀った小さな神殿がある、なんとも荘厳で静寂の漂う和室で、家族を従えて、毎年恒例の元旦のお祈りを厳かにはじめた。
老医師は、団扇太鼓と鐘を叩きながら、寒気を突き裂く様な威勢の良い声で”南無妙法蓮華経”と、お題目とお経を朗々とした張りのある声で唱え、続いて”般若心経”の経本を各自に与えて読経したが、その間に叩く鐘の音が部屋中に余韻をもって響き渡り、このときだけ、美代子は幽玄の世界に導かれる様に不思議な雰囲気に包まれた。
美代子は、お爺さんが熱心に唱える、訳の判らぬ長いお経に聞き飽きて、お爺さんの後ろで見られないことをいいことに、合掌して頭を垂れている両親の脇で、痺れてきた足を横崩しにして、何気なく開いて見た般若心経の最初の部分に”色即是空”の4文字熟語に目を奪われた。
彼女は、これって一体何の意味なのかしら、”色”って、”艶”の意味で女の色気のことなのかしら、そして、すなわち”空”ってあるが、恋や色気なんて空っぽなものかしら。
これはもしかして昔の若いお坊さんが、何か勘違いして書き残したものではないのかしら。と、彼女なりに考えて解釈し、昔のお坊さんも憎めない人間的な愛嬌があったもんだなぁ~。と、可笑しくなり、こみ上げる笑いを必死に堪えた。
一通りの勤行が終って家族が部屋を出て行ったあと、母親のキャサリンと美代子は毎朝晩祈祷しているマリア様の像の前で祈りを捧げたが、美代子は大助君との恋が叶います様にと胸に十字を切り祈った。
元旦の朝の行事が終わり、待望の朝食を今朝は何時ものキッチンでなく座敷で頂くことになったが、お爺さんと父の正雄は、お屠蘇を酌み交わしながら、春から隔日おきに大学病院から診療所に来ることになった医師のことで、それを実現させた正雄の尽力に、お爺さんも礼を言って褒めていた。
一方、母親のキャサリンは清々しいお化粧をして珍しく和服姿で、時々、二人にお酌をしながら、美代子には「赤ワインは頭と胃腸に良いらしいヮ」と言って、彼女にもついでやり、自分も少し飲んでいたが、お屠蘇で気分全快のお爺さんが、満面に笑みをたたえて
「美代子は、今年はどんなことをお祈りしたのかな」「高校合格の祈願かな」
と機嫌よく聞いたので、彼女はお爺さんの少し振るえる手首を軽く押さえて、お屠蘇の酒をついでやりながら
「わたしは、決まってるじゃない!」「高校入試なんて当たり前のことでしょう。それより、もっと努力して、人生で一番難しいことを乗り越えて、心が豊かになれることョ」
と至極当然のことだと言わんばかりに、澄ました顔で答えたので、両親達三人が互いに顔を見合わせて笑みを零したが、お爺さんは
「その通り、人間は何事も目的意識をきちんともって努力するることだな」
「ところで、大助君とは、今、どの様になっているんだね」
と尋ねると、美代子はそんな大人達に対し真面目くさった顔で、座布団から降りて正座し畳みに両手をついて姿勢をただすと
「仲良くお付き合いしているゎ」 「お爺さんも、彼のこと、わたし以上に可愛いんでしょう」
と言って、口に手を当ててフフッと微笑んだあと、続けて
「お気遣い下さいまして本当に嬉しいゎ。わたしからも、改めてお礼致しますゎ」
「わたしは、春から、なんとしても東京のミッションスクールに入り家を留守に致しますが、そこで、わたしからのお願いですが」
「今年は、お爺さんもお医者様ですので、患者さん同様に、お酒とタバコを控えめにしていただくこと。
お父さんは、病院の冷たい手術室の空気を家庭に持ち込まず、お帰りになられたらお母さんに暖かく接して欲しいこと。
お母さんは、節子小母さんのように、もっと、積極的に御自分の意見を主張して家庭の主婦として振舞って下さい。
以上、至らない娘の拙いお願いを是非聞き入れて下さい」
と、日頃、感じていることを、この際と思って話終えると、畳に両手をついて丁寧に頭を下げた。