大助は、田舎で過ごした夏休みに偶然知りあって交際をしていた、英国系の同じ歳の美代子から貰った手紙を、姉の珠子に巧みに散歩に誘いだされて、初冬の多摩川べりで渋々ながらも見せてしまった。
その日の夕食後。 姉から内容を聞いていたらしい母親の孝子が
「母さんは、病院で一度しかお逢いしていないが、別に外国人だからとゆう訳ではないが、美代子さんは裕福なお医者さんの娘さんであることだし、これから珠子やお前の高校・大学への進学を考えると、情けないことだが母さん一人の稼ぎでは経済的にも楽でもなく、それに彼女と満足に交際するお小遣いも渡せないし、お前達二人が寂しい思いをしてもと思うと、心配にもなるわ」
と、布巾をいじりながら静かに話すと、珠子も母親に同調するかの様に、話の内容が自分にも触れる微妙な問題だけに、俯き加減に目を伏せて遠慮気味に小さい声で
「大ちゃんも、まだ、この先の進路がはっきり判っていないし、美代ちゃんとお友達でいられるうちは良いとしても、もしもよ、その先に進んだらネェ~、一寸、わたしも、心配になるわ」
と、彼が美代子さんと交際することに積極的に賛成できない気持ちを話した。
孝子は、母親らしく現実的な話をしたあと、鴨居に掛かっている亡夫の写真を見つめて、二人に言い聞かせる風でもなく、一人で昔日を懐かしむかの様に
「珠子が、保育園に入った頃だったかしら、その頃、近所でもあり、お父さんと妙にウマも合って親しくしていた、駅前の居酒屋さんの御夫婦が2歳位の奈緒ちゃんを連れて遊びにきては、お酒を飲んでご機嫌なお父さんが炬燵に入りながら、自分のドテラの懐に大助と奈緒ちゃんを胡坐の上に一緒に抱え込んで、まるで双子の赤ちゃんの様に楽しそうにあやしていたところ、珠子が<ワァ~ パパ、カンガルー ミタイダァ~>と面白がっていたことがあったが・・」
「それがねェ~。年が過ぎるのは、早いものだネ」
「その奈緒ちゃんも、来年はお前と一緒に高校に進むんだろう」
「母さんは、あの子の我慢強さと控えめな態度が好きで、立派な娘さんに成長したもんだと、見るたびに感心しているよ」
「少しのんびりしているお前には、あの子の様な辛抱強い性格の子が似合い、お友達としては母親として安心して見ていられるんだがネェ~・・」
と、彼に対して日頃抱いている思いを呟いたあと
「珠子は、どう思うかネ」「若い者同志、母さんとは違った考え方もあるだろうし・・」
と、か細い声で言ったので、珠子は
「それは、母さんの意見として、私や大助には貴重なお話と思いますが、美代子さんのお手紙を拝見するかぎり、彼女は中学生のわりに、しっかりとした自分の考えを持っており、大助のことも信頼している様だし、難しい問題だわネ」
「大体、大助は奈緒ちゃんと美代子さんの、どちらが好きなの?。正直に話してくれない」
と大助に率直に聞くと、彼は澄ました顔つきで
「どっちだと聞かれても返事のしようがないわ」「○×試験じゃあるまいし」
「美代子さんは、スクリーンから抜け出してきたような、金髪と力の篭った青く澄んだブルーの瞳が魅力的で、時々、意志を押し通す頼もしさを示すが、何故か僕を信頼してくれ、話をしていると遠い宇宙の彼方に誘いこまれるように、僕を未知の世界に連れて行ってくれる様な不思議な魅力がある人だよなぁ」
「それとは反対に奈緒さんは、何時もコッソリと僕に対する校内の噂話や町内の行事を教えてくれ、この前なんか、病院へ見舞いの人達がいないことを確かめてから花を持ってきたり、クリスマスには小さいツリーで部屋を飾るから遊びに来てね。と、ソット告げてくれたり、兎に角、目立つことは嫌がる人だが、たまに先輩達の健ちゃん達から自分を庇ってくれる気遣いのあるところもあり・・」
「今、どっちと言われても、二人とも僕にはない良いところがあり、どっちも◎だよ」
「ついでに言うと、靴屋のタマコちゃんも、あの人なっこいオチャメなところがとっても可愛いし遊んでいても退屈しないし・・」
と、思いつくままに答えたら、珠子が、あきれ返ったように
「母さん、大助にはタマコちゃんが一番お似合いと思うわ」
「美代子さんや奈緒さんとは、精神的に差がありすぎて、何だか話を聞いているとコンニャクみたいにフニャフニャしていて、とらえどころがないわ」
「わたし、今晩のところ、大助のことを真面目に考えることが嫌になってしまったわ」
とシャジを投げた様に言って、大助の額を指で突つき
「コラッ!いい気になって、彼女達の心を傷つけないようにしてョ。それだけが心配だわ」
と、彼を睨みつけるように不機嫌な顔をして言い捨て自室に行ってしまった。
母親の孝子も、珠子につられてか、初めて聞く大助の話に深く溜め息をついていたが、人ごとの様に答えて茶菓子を食べることに余念がない大助に対し、きつい口調で
「嫁入り前の、珠子がいるんだし、調子に乗ってとんでもないことをしでかさないでよ」
と、一言注意したあと、物足りなさそうな顔をして台所に行ってしまった。
大助は、部屋に戻ると、やっぱり手紙を見せたことが失敗だったかなと思い、机に肘を突いて顎を乗せ、壁に貼ったプロ野球選手や氷上のスケート選手のグラビア写真を見ながら、女の子との付き合いは周りが五月蠅く面倒なもんだ。自分にはタマコちゃんが気楽でいいやと、自分なりに納得しながらも、美代子と奈緒の顔が脳裏にチラツキ勉強する気にもなれず、布団に潜り込んでしまった。