大助は、散歩から帰って居間で一休みしていると、眼光は鋭いが小太りで丸顔の、如何にも人の良さそうな好々爺の老医師であるお爺さんが、浴衣姿で風呂から上がって来て、大助を見るや
「あぁ~、お帰り。先に入ったが、丁度いい湯加減なので、君も汗を流して来なさい」
と、風呂を勧めてくれたので、彼は遠慮なく素直に返事をして浴場に向かい、脱衣場で着衣を脱ぎかけていたところ、廊下に足音が聞こえたので、慌てて風呂場に飛び込んだが、案の定、美代子が脱衣場に入ってきて、曇りガラスの扉を少し開けて、彼を覗きみるなり
「新しい下着を用意しておいたわ」
と言ったあと
「アラッ! 大ちゃん、腕時計もお風呂に入れるつもり?」
と言って扉の隙間から、早く寄越しなさいと言わんばかりに、物をつかむ恰好をして白い手の掌を広げて差し出し、五本の指をヒクヒクと屈伸させていた。
彼は浴槽を跨ぎかけた片足を戻し、時計をはずして彼女の掌に乗せて渡すと、五本の指が貝の様に硬く閉じるはずみに、彼の人差し指も一緒に掴みこんで、痛いほどギュット握りしめたので、彼は「イテテッ ハナシテクレ」と叫ぶと、彼女は「フフッ」と愉快そうに声を出して笑っていた。
大助は、ガラス窓を透して見える竹林を見て、田舎は隣家から離れていて誰に気兼ねすることもなく気楽に入れて、いていいなあ~。と思いながら、足を伸ばしてのんびりした気分でいたところ、何時のまに忍び込んで来たのか、美代子が長い金髪を上に束ねてタオルで前結びの鉢巻をし、ブラジャーとタンパンを履いた裸同然の姿で、彼の後ろで腰を降ろし
「お爺さんが、背中を流して来てあげなさいと言ったので・・」
と小声で言ったので、彼はビックリして振り返り
「そんなこと、してくれなくてもいいよ」
と答えたが、彼女は本来の強気さを発揮して、彼の返事を無視し
「駄目ょ。恥ずがらずにさせてょ。以前も シテアゲタデショウ」
と言い張り、肩を指先で突っき続けるので、彼も仕方なく浴槽からあがり椅子に腰掛けると、彼女は糸瓜にシャンプーをたっぷりとつけて洗いだしたが、力を込めて流しながら
「随分、陽焼けしているわね、肩幅も広く、筋肉も鍛えられていて堅く、頑丈そうで頼もしいわ」
とブツブツ言っていたが、洗い終わると湯をかけて、肩をポンと叩き
「前のほうも アラッテ アゲマショウ カ」
と、いたずらっぽく言ったので、彼は
「余計なお世話だよ。自分でするからいいよ」」
と言いながら浴槽に飛び込んでしまった。
大助は、彼女が出てゆくと思いきや
「わたしも、一緒にはいりたいわ」「ねぇ~ いいでしょう。後ろを見ないでよ」
と言いながら、さっさと隅に行き、身につけていたものを脱ぐと平然と彼の横に並んで入ってしまった。
彼は、その素早い行動にあっけにとられ呆然としていたが、胸にタオルを当て、片腕を彼の腕に絡ませて寄り添ってきたので
「女の子の癖に、大胆なことをするな」「裸の男を見て、突発性急性脳炎になったんじゃないのか?」
と照臭さを隠して言うと、彼女は
「ナニ イッテイルノ ヨ」 「もう、大学生で子供ではないわ。裸同士の付き合いって言うけれど、わたし、真面目な気持ちなのよ」
「大ちゃんが怪我で入院したとき、東京までお見舞いに行ったとき、君のオウジサマヲ テイネイニ アツカッテ オシッコヲ サセテアゲタコト 忘れてしまったの」
「わたし、野原を散歩をしているとき、大ちゃんを心の底から真剣に愛しているんだゎ。と、自分の心がお友達としての線を超えていることに、はっきりと気ずいたゎ」
と耳元で囁き、満足そうに、彼の足に沿わせて、長い足を伸ばして揃え
「こうして、一緒にお風呂に入りかったの」 「大ちゃんは、どうなの?」 「アラッ 胸毛もあるわ」
と言ってチョコット引張ったので、彼は「イテェ~ ヤメテクレ」と言って、彼女の手を払いのけ
「ウ~ン それは君と一緒に入ることは悪い気もしないが、僕は成人した男だよ」
「もし、僕が急性脳炎を発症して、肉食系の野獣に豹変したらどうする。怖いだろう」
と返事をしながら、本能の赴くままに彼女の胸に指先を触れたら、その手を払うこともなく、彼女は
「大ちゃんに、そんな勇気があるかしら」 「高校時代から、何時の日かわ。と、ず~っと期待していたが、儚い夢で終わってしまったわ」
と澄ました顔をして言い、一寸間をおいて
「わたし、今度こそ大ちゃんに、大人の女性としてお付き合いして欲しいの」
「女性の口からこの様なことを話すなんて、はしたない女と思はないでね」
「今、わたしの身辺には命をかける様な重大なことが起きているので死ぬほど苦しく悩んでいるの」
と一気に話しだしたので、大助は
「風呂場でそんなことをいきなり言はれても、頭がのぼせて本気になって聞く気になれんわ」
「全く、無茶苦茶な美代ちゃんには、かなわんよ」
と言って、浴槽から飛び出し脱衣場に逃げる様に行ったら、彼女も慌てて浴槽からあがり追い駆けてきて、バスタオルで身を覆いながら新しい下着を彼に手渡し
「この下着も、寅太君に頼んで用意してもらったの、大ちゃんが着ていたものは洗濯しておくわ」
と言いながら、大きな鏡の前に立ち、やっと聞き取れるほど小さい声で
「ネェ~ ワタシ オトナノカラダニ ナッテイル ト オモウケレドモ ドウナノカシラ」
と呟いて、無言でいる彼になおも絡み
「わたしの裸体見てみたいでしょう?」
と言いながら、鏡の前でバスタオルの前を少し開いて鏡に映る裸体を、彼に見せようとしたので、彼は
「イヤ~ ハナジガデソウ ダ」
と言ってチラット横目で鏡に映る姿を盗み見して、彼女の尻を軽く叩いて居間に行ってしまった。