日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(23)

2024年05月27日 03時43分17秒 | Weblog

 理恵子達は家に入ると、広い居間にある横長のテーブルを囲んで各自がそれぞれの場所に勝手に座り、高い天井を見上げて「わぁ~ 涼しいはずだわ!」と裏庭から通り過ぎる微風に汗ばんだ体を冷ましながら一息ついた。  

 その間に理恵子が、清水の流れる池から救いあげてきた、よく冷えたスイカを切って差し出すと、皆は遠慮なく御馳走になりながら、たったいま葉子さんの家で突然思いがけないところから男の図太い声をかけられて驚いたことや、葉子さんが気持ちよく自分達の申し入れを聞き入れてくれたことで、訪ねるまえに緊張していたことがおかしく思えたことなどを喋りあったあと、理恵子の案内で、裏庭の人造滝から流れ落ちる幅の狭い小川に、スカートの裾をたくしあげて素足を入れて、敷き詰められた赤や白の小石を足先で転がし「綺麗な小石だわ~!」と言いながら涼を満喫した。
 冷たく心地よい水と、紅白の石に映る普段見慣れない自分の素足が、案外、白く綺麗に見えたことが乙女心をくすぐったのか、キャア キャアと黄色い歓声をあげていた。

 周囲に気をとられずに騒いでいたところ、理恵子が裏口の木陰に、棒で熊笹を掻き分けながら近ずいて来る二人連れの男の人影を見つけ「誰か きたわ~!」と叫ぶと、皆が理恵子の方に寄り集まり、少し不安げな顔をしていると、それが、織田君と先程驚かされた葉子さんの兄であることが判ると、機転の利く奈津子さんが「よ~し 今度はわたしたちが驚かしてあげましょう!」と声をかけ、ヒソヒソと話して皆が納得して待ち構えた。    
 彼らが裏木戸を開けて「よ~う 涼しげだな~」と笑いながら入ってきたとき、奈津子さんが小川のほとりに「整列!」と号令をかけて横一列に彼女等を並べ、織田君等が近くに来たとき、二人に向かい「最敬礼!」とまたもや号令をかけて揃って深く頭を下げた。   
 二人は意外な出来事に一寸ビクツとしたが、すぐに平静に戻り、二人とも本能的に彼女等の素足に目を奪われていたところ、織田君が理恵子の前に来て「お父さんは?」と聞いたとたん、理恵子が織田君の脛を素足のつま先でつっつくように蹴ると、織田君は大袈裟に「あっ いてぇ~」と声を上げると、奈津子は彼に向かい
 「なによ~ そんなに私達の足をジロジロ見比べないでよ~」
と叫ぶや、理恵子は
 「父さんは 鎮守様で盆踊りの櫓つくりをしていると思うわ」
と答えると、奈津子さんが言葉を継いで
 「織田君!初志貫徹よ。志をきちんともって、フラフラしないで!!」
 「貴方をこの世で一番素晴らしい男性と日夜思いつずけている人がいることを忘れないでよ!」
と、今度は優しく微笑みながら告げるや、一同が、やっかみを交えてワア~と笑い出した。

 葉子さんの兄はさすがに先輩らしく、照れくささで髪をかきむしっている織田君に代わり
 「いや~ 失礼致しました あまりにも足元が色白で綺麗なのに見とれて、思いがけず少しばかり艶のある光景を拝見させていただきまして、ご馳走様でした」
と弁解しつつ
 「僕達も、これから鎮守様に行き手伝ってきます」
と片手をあげて挨拶すると来た道を帰っていつた。

 その後、静けさが戻ると、奈津子さんが
 「明日の晩は、休みで帰ってきている若い人たちが、盆踊りの途中で街で流行のニュー・ダンスとかいって、何時もとは違う盆踊りをするそうですが、私、一寸練習したので、これから皆で練習しましょう」
 「踊りは簡単で、ほら、フォークダンスを少しくずしたもので、要点はリズムに合わせて、片足を少し上げることと、そのとき、向かいあった人と両手を合わせることだけよ」
と説明して、裏庭の芝生の上で、理恵子が用意したラジカセにCDをかけて民謡の「花笠音頭」にあわせて笑いながら練習をはじめた。

 練習をしながらも、彼女達に強烈な印象を与えた葉子さんの兄のことについて、仲間の一人が
 「葉子さんの兄さんは、早稲田の3年生で私達の大先輩よ。噂ではラクビー部員らしいわ」
と教えてくれ、彼女等はその容貌から素直に納得していた。

 彼女達は、明日の晩には盆踊り会場となるお宮様の境内で、儚い夢かも知れない運命のキューピットとの出会いを楽しみに、ハプニングに満ちた今日一日の楽しかった出来事に満足して帰っていつた。

 

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蒼い影(22)

2024年05月22日 12時33分54秒 | Weblog

 葉子さんが、応援団の女性群に押圧されて突発的にプールに突き落とされた野球部員の織田君達3人を、彼女の兄が迎えに来た自動車に無理やり乗せると、他の二人を順次自宅に送り届け、最後に織田君を人目につかないようにあたりに気を配りながら自宅に連れ込んだ。

 理恵子は、深い意味もなく咄嗟の思いつきで、自転車に乗ると大急ぎで葉子さんの自宅に向かい、その様子を見届けてから吹奏楽部の練習部屋に戻り、他の部員同様に自分の使用する樂器の手入れにかかったが、自分でもはっきりした理由も判らないままに、何か気の抜けた様にやるせない気持ちで、手を休めて窓辺で青空と校庭のポプラの並木に見とれていると、部員の中でもリーダー的存在の奈津子さんや他の5人の者が
 「理恵! なにぼんやりしてんの?」「葉子さんに織田君を連れて行かれたので寂しいの?」
 「理恵の気持ちもわかるけど、そんなことで、くよくよすることないわ」
と、それぞれが口々に同情的な言葉を浴びせ元気ずけたが、理恵子が何も答えずにいると、奈津子が
 「みなさん! 若い女性なら、いちいち説明しなくても理恵ちゃんの気持ち判るでしょう~」
 「理恵ちゃんに聞くのは酷よ!」「わたしたちで、いま、彼女にしてあげられることは、みなさんで葉子さんのところに行き、せめて、織田君のユニホームを返してもらい、理恵ちゃんに洗濯させることよ。わたしの提案をどう思いますか?」
と発言するや、皆が「そうだぁ~」と声をあげて、奈津子の提案に賛成し
 「わたしも、一緒にゆくわ」
と、たちまち皆の意見が一致し、外出の準備にかかった。
 理恵子は、とんでもないことになったと驚いて
 「みなさん、お心遣いは大変嬉しいですが、織田君とは普通の友達ですので、やめて下さい」
と、自分も尊敬する先輩の葉子さんのところに大勢で押しかけて、もし、葉子さんの機嫌をそこねて、今後、少しでも冷たくされる様なことになっても困ると考えて、押しとどめ様としたが、情熱的な彼女等の勢いは一度燃え盛ると消えることはなく、誰が言うともなく
 「葉子さんも勝手すぎるわ」「いくら成績が優秀な先輩でも、親切が行き過ぎて人の心を傷つけるのは許せないわ」
と、いかにも自分が当事者であるかの様に言うと、他の者達も益々勢いをえて、各自が自転車で奈津子を先頭に走り出した。

 理恵子も、自分のことが問題の発端であるので、この先どうなるのかと不安な気持ちで5人の最後尾に着いてゆき、葉子さんの家の前に着くや、みんなが玄関前で石畳に踏み込むことを躊躇ったが、またもや奈津子さんが
 「さ~ みなさん、ここまで来てオロオロしていても仕様がないわ。勇気を出してよ」
 「わたしが 先に行きますから、ついてきてね」
と、声をかけて石垣に取り囲まれた葉子さん宅の玄関口の石畳を歩いて玄関にさしかかるや、突然、横手の庭の植木越から大きい男の図太い声で
 「やぁ~ 可愛い貴女たちの姿が見えたので、我が家ではこんなことは珍しく、何の御用ですか!」
と声を掛けられたので、一同が、びっくりして返事もできないでいたところ、縁側から葉子さんが首を伸ばす様にして
 「兄さん そんな大きい声を出してどうしたのよ」
と言いながら顔を覗かせ、玄関先に奈津子さん達を認めるや
 「兄さん わたしの友達よ」「そんな大きい声を出さなくてもいいでしょう」
と言ってから、奈津子さん達の方に出てきて
 「みなさん お揃いで、どうしたの?」「プールのことで、なにか問題がおきたの?」
と、彼女らしく何時もの落ち着いた声で聞いてきたので、皆は少し落ち着き平静さを取り戻したあと、奈津子さんが
  「あのぅ~ プールと言えばプールに関係あるかも知れませんが・・」
  「お邪魔にあがりました訳は、実は織田君のユニホームや下着類を理恵子さんに返して戴きたいのですが・・」
と、恐る恐る訪問の理由を告げると、葉子さんが
  「あらそうなの、私も急いでいて気ずかなかったけど、そう言はれれば、織田君は時折理恵子さんに勉強を教えていて、家族の人とも親しくしているとのことなのね」
  「わたしも慌てていて、理恵ちゃんに寂しい思いをさせて御免なさいね」
  「わたし織田君とは特別な感情は有りませんので誤解しないで下さいよ」
  「いま、織田君はシャワーを浴びているが、貴女達の来た理由を説明してきますから」
と言って、奥に消えていった。

 やがて、葉子さんが風呂敷包みを持つて玄関に現れ、理恵子に
 「はいっ どうぞ。理恵ちゃん御免ね」「決して貴女に意地悪をする気は無かったので、理解してね」
と言って風呂敷包みを奈津子に差出したところ、両頬に薄く髭をのばして黒く日焼けした、いかにも精悍な顔つきの葉子さんの兄が
 「な~んだ 葉子。 織田君はお前の彼氏ではなかったのか?」
 「最も、お前みたいに、常に俺にもズケズケ文句を言う女では、可愛げなく、あんなイケメンの彼氏が靡く訳はないな」「がっかりしたよ!」
と口を挟んだので、葉子さんは
 「兄さんみたいな乱暴な口を利く兄がいたら、わたしが、いくら努力しても無理よ」
 「来年大学に進学し寮で一人住まいになったら、素晴らしい恋人を見つけるわ」
と、口応えして笑っていた。

 奈津子達は、そんなやり取りをクスクス笑って聞いていたが、皆が安心感から笑いながら軽く頭を下げて
 「葉子さん 有難うございました」「貴女のお陰で野球部員も助かり、内心では喜んでいるんじゃないかしら」
と皆が口を揃えて挨拶して玄関を出ると、自転車のあるところまできて、奈津子が「あ~ 汗臭い」と言いながら理恵子に包みを渡すと、織田君が慌てて追いかけてきて、理恵子に
 「今晩、君のお父さんに、盆踊りのことで相談に行くことになっているが・・」
と一方的に言って、再び葉子さんの家に入ってしまつた。

 理恵子は、織田君の一言でそれまでの緊張感がほぐれて気が楽になり、みんなに向かい
 「お礼と言うほどのことでもありませんが、よろしかったら、これから私の家にきませんか」
 「丁度、池で冷やしておいたスイカがありますし・・」
と、誘ったところ一同が目的達成感から
 「わ~ 賛成 御馳走になるわ」「それに 理恵子がどんな生活をしているのかも見たいし・・」
と、たちまち意見がまとまり、今度は来るときとは反対に理恵子が先頭になり、6台の自転車が縦に並んで近道である、陽光の照りつくヨモギ等雑草が道端に生茂る村はずれの農道を、首や髪に巻いたスカーフを靡かせながら銀輪を輝かせて、まるで勝ち誇った様に一目算に走りだした。
 

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蒼い影(21)

2024年05月19日 03時36分04秒 | Weblog

 梅雨が明けたとゆうのに、北越後の空は曇天続きで、たまに晴天があっても続かないが、温暖で比較的凌ぎやすい。
 最も農家では稲作が少し心配になる。
 報道によれば、エルニューヨ現象の影響とかで、今から冬は暖冬か?などと一喜一憂しているが、歳をとると習性から先走って余計な心配をするものだ。

 山上健太郎の家は、閑静な農村の中心部にあり、彼は3代前からの旧家を引き継いでいる。
 健康を理由に教師を定年前に退職後、高校講師と家庭農園を適当に楽しんでいる健太郎の家族は、秋田出身であるが高校卒業後東京に出て看護師をしていたが、先輩の亡秋子さんの世話で紆余曲折を経たが縁あって、昨年来、健太郎と夫婦となり大学病院の看護師をしている妻の節子、それに、亡き秋子さんの忘れがたみの高校生の理恵子の3人である。
 それぞれが数奇な運命を背負いながらも家族となったが、お互いに思いやりのある心遣いで、平凡ではあるが明るく過ごしている。

 夏休み前のよく晴れた或る日の午後

 理恵子の勉強相手をしてくれている織田君等野球部の3人が、県予選を2回戦で敗戦して、後輩の2年生に退会の挨拶をして肩の荷をおろし、退部の寂しさと反省をこめて校舎裏側のプールの傍らで雑談をしていたところ、偶然にも、応援帰りの女生徒の集団が通りがかり、誰が言うともなく
 「あんた達 今日はがっかりさせてくれたわね」
 「貴方達3年生が奮起しないから、1・2年生の意気が上がらないのよ」
と、群集心理もあり、口々に勝手なことを、半ば異性に対する好奇心もあって言ってるうちに、輪の後方にいた生徒の押す力が連鎖的に前列の生徒に波及し、織田君たちをプールの中にドボーンと落としてしまった。
 理恵子は、たまたま女性群の前方にいたため、後ろからの圧力に押されて、織田君を突き落とす様に胸の辺りに手をあてたので、織田君が
 「理恵ちゃん なにするんだ!」
と叫んだので、理恵子も吃驚して
 「違う~ わたしじゃないわ」
と、咄嗟に返事をしたが、織田君達は泳いでプール脇に這い上がり、誰かが興奮気味に
 「どんな恨みがあるかしらんが、暴力はよせよ」
 「もし、誰かが水の中で心臓麻痺を起こしたら、君等のせいだからな!」
と、やけっぱちに言ったあと
 「ボヤボヤしてないで、着替えをなんとか都合してこいよ!」
と叫ぶと、女生徒の中でも人気のありクラス委員をしていてバレー部のキャプテンの3年の葉子さんが、普段のリーダーシップを発揮して
 「皆さん~ 大急ぎで、体育着をもつてきなさい!」
と号令をかけると、慌てふためいた女生徒達はめいめいに自室の方に駆けて行き、トレパンやジャージを集めてきた。中には慌てていたためか、バックをそのまま持って来る者もいて、更衣室の前にいる葉子さんのところに差し出した。 
 葉子さんは更衣室の前にいる女生徒達を中を覗かない様に遠ざけたあと、更衣室の中に向かい
 「あなた方 後ろを向いていてくださいね」「これから 衣類を投げ込みますからね」
と、言ったあと衣類とバックを入り口の扉を少し開けて投げ込んだ。

 織田君たちは、投げ込まれた衣類を手にとり、自分にあったトレパンを探しだし始めたが、どれも丈が短くそれでも脛の半ば位までのものをなんとか探し出したが、これまた、偶然にも織田君は割合背の高い理恵子のトレパンを身につけた。
 中には興味半分にバックをあけ
 「いや~ たまげた。 いまどきの女性徒でカラーパンテイーを履いている、お洒落な者もいるんだなぁ!!」
と変に感心している者もいたが、上着はさすがに合うのがなく、胸部をむき出しにして、肩だけ体裁にかけて更衣室からでてきたが、似合わぬ姿を見てクスクスと笑っている女性徒もいたが、そんな興味半分に騒いでいる彼女等にお構いなしに、葉子さんが
 「あらっ 織田君!やっぱり理恵ちゃんのがお似合いね。偶然にしては不思議ねぇ~」
と言うや、またまた笑いが大きくなり、理恵子も、おだてられているのか、冷やかされているのか、一寸、変な気持ちになった。 すぐさま、葉子さんが
 「織田君の家はお店でしょう?」
 「まさか そんな姿で家に帰る訳にもゆかないでしょうから、私、いま電話で家の人に車で迎えに来るように手配したので、3人をお送りするわ」
 「家で、兄の下着と服をつけなさい。判ったはね! 愚図愚図していないでね」
と、半ば命令調に指図したあと、女性徒達に向かい
 「今日のことは、誰のせいでもないと思いますので、皆さん、ほかの人達には、面白半分にお喋りしないでくださいね」
と注意して女生徒を立ち去らせて、葉子さんと連れの3年生一人を残し、織田君達に
 「いたずらにしても、本当に御迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」
と詫びて、車の来るのをまった。

 理恵子は、内心、織田君は自分の家に連れてゆきたいと思ったが、葉子さんの手際よい迫力のある指図に口を挟むこともできず、寂しい気持ちになった。
 
 別れ際に「織田君 わたしが押したのではないことだけは、信じてね」と、葉子さん達に聞こえない様に小声で囁いて、そっと小指をにぎった。

 


 

 

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蒼い影(20)

2024年05月16日 05時27分56秒 | Weblog

 理恵子は、放課後に校庭裏の公園で織田君と過ごした際に、初めて体験した出来事を、義母の節子さんに遠まわしに話したことにより、胸の高まりが幾分落ち着き、何時もの様に仏壇に向かい手を合わせたあと、自室に入り明日の仕度を整えてベットに横たえた。 眠れないまま窓のカーテン越しに見える月がとても綺麗で起き上がると、窓辺に寄り満月を眺めながら、亡き実母の秋子さんに囁くように、織田君との出来事を簡単に呟いたあと、尚も興奮している気持ちを抑えきれず、亡き母恋しさに
  「かあさん お花畑は綺麗ですか」
  「律子小母さんに逢いましたか?。それとも誰か新しいお友達ができましたか。かあさんがよく聞かせてくれた月の砂漠をお友達と一緒に虚空蔵様の里をめざして歩んでいるのでしょうね」
と、懐かしさや、寂しさ・悲しさ、不安がないまぜになった気持ちで呟いたあと、続けて
  「わたし 今日、公園で織田君に唇を触れられてしまったが、これが私の人生にとってフアーストキスかどうか、よく判りませんが、お互いにこれ以上進まない様に誓い合ったので心配しないでね」
  「でも、上手に説明できませんが、凄く興奮しちゃって嬉しかったゎ」
  「節子かあさんには、恥ずかしくて、はっきりと言わなかったけど、わたしの話を優しく聞いてくれて、或いは薄々感ずいたかも知れませんが、今後、心配をかけないように注意するので、かあさんも、心配しないでね」
  「まぁ~ わたしが女性として順調に育っていると、安心して見守っていてね」 「それでは お休みなさい」
と言ってカーテンを閉めたあと、再びカーテンを少し開いて月に向かい  
  「あっ!! そうだ お義父さんと節子母さんの初恋の話も一寸聞いてしまったが、まるで小説の様だったわ」
と、独り言のように呟いた。


 節子は、寝室に入り健太郎のベットに入るや、彼女のいつもの仕草で健太郎の足先に足首を重ねたところ、彼は顔を向けたので、節子は
  「あら~ 眠っていたのではないの」「カーテンも引かずに、どうしたの?」
と話しかけたら、彼は眠そうな声だが、はっきりと
  「いや~ 山の端にかかる月が綺麗で見とれているうちにウトウトしていたが・・」
  「君もこんなに遅くまでなにしていたの? 折角の休日だとゆうのに織田君をもてなしてくれ、今日は大変だったね。 理恵子も喜んでいたようだし、君には感謝するよ」
と返事をした。 節子は、健太郎の左腕をたぐりよせて腕を絡ませ
  「なに言っているのよ 当たり前のことをしているだけだわ」
  「それより貴方 今晩の理恵ちゃんの様子みてどう思いました?」
と、怪訝な言い回しで聞いたので、健太郎は
  「あの年頃の子供は 特に女の子は情緒の変化が激しく、生徒ならそれとなく変化にきずくが、自分の子供となると欲目もあり難しい面があり、それだけに、君はよく面倒を見てくれているので、本当に感謝しているよ」
  「きっと 秋子さんも遠い世界から、わたし同様に念願が叶い君に預けて安心していると思うよ」
と、頭の整理がつかぬまま答えたが、彼女はフフッと笑いながら
  「なに 寝ぼけたこととを言っているのよ!!」
  「わたしのみたところ 理恵ちゃんは今日チョッピリ大人の世界に入りこんだようだわ」
  「でも あの子のことですので、心配はしなくてもよいわ」
と言うと、健太郎はその意味をよく飲み込めないように「う~ん」と生半価の返事を返したので、節子は
  「貴方は 若いときから女心を掴むことが疎いので・・」
と、腕に力をこめて握り
  「でも いま こうして三人で過ごせるだけで わたし充分心が満たされているわ」
  「もしよ!! もし、 私たちが遠回りせずに、こうしていられたら、今頃、私たちの間に丁度理恵ちゃんと同じくらいの子供がいると思うと、理恵ちゃんが本当に自分の子供の様に思えてくるので、可愛いわ」
  「貴方との出会い、そして結婚、理恵ちゃんとの生活、これらは全て秋子さんの存在なくしては、絶対にありえないことと思えるので、私も先輩の彼女に感謝の気持ちで一杯だわ」
  「月よりの使者とは このようなことを言うのかしら・・」
と、自分にも言い聞かせるように小声で囁いた。

 その夜、節子は話終えると久し振りに彼の求めに応じて身を任せ、心身共に満たされて、三人が健康で平凡ではあるが和やかに過ごしていることに、この世の幸せをしみじみと思った。

  
  

 
  
   

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蒼い影(19-5)

2024年05月14日 03時43分38秒 | Weblog

 節子と理恵子は、夕食後片付けをしたのち、ジュウースを飲みながら洗濯物にアイロンをかけたり、折りたたんだりしながら和やかに話している途中、節子が
 「理恵ちゃん 今日、サマーセイターの背中に芝草がついていたわ」
と何気なく呟くと、理恵子は、ドキッと胸を突かれたように心に衝動を覚えたが、なるべく平静を装い小さい声で、母の顔をチラット覗き見して
  「う~ん 今日ね、学校が引けてから、織田君と校舎裏の公園で、お昼にお世話になったお礼を言ったあと、部活や夏休みの話など、とりとめもない話をしていたの」
  「素足で野草を踏みしめる感触は気持ちよく、織田君と寝転んで浮雲を見ながら、あれこれ話しあって、すごく楽しかったゎ」
と返事をしたが、正直に全部話そうかと思いつつも、恥ずかしい気もあり、それに自分自身、そのときのことを正確に覚えておらず、話すのをやめてしまった。
 節子も、出来事を全て判っているかの様に澄ました顔で、彼女の話に特別に不審感を抱かずに
 「あら~ そうだったの。 日焼けしない様にね。 それに、もう高校生なのだから自分の体のことはよく考えて、生理品はちゃんと用意しておくのよ」
と、さりげなく言って、深く聞くこともなかった。

 理恵子も「わかったわ~ 今度からきちんとしますから」と返事したあと、なんとなく胸の騒ぎが治まらず、節子に甘え声で
  「ねぇ~ 母さん わたし小説や友達の話を聞いて思うんだけど・・」
  「初恋とゆうのは たいてい稔らないって言はれているが どうしてなのかしら?。わたし 不思議に思えるんだけど」
と、年頃の娘らしく聞くと、節子は
  「どうしてなのかしらね~。 母さんにもよく判らないわ~。人それぞれで事情なども違うでしょうし・・」
と笑いながら答えると
理恵子は、今日の出来事が果たして人の言う恋の始まりなのか、或いはその場の単なる一瞬の出来事なのか自分でも理解できず
  「ふ~ん 難しいのね~」 「ねぇ~ 母さん聞いてもいい」
  「母さんは 何歳くらいのとき、その様なことを経験したの?」
  「もし そんなことがあったとしたならば 相手の人は今、何処で、何をしているかしら?」
と、節子の膝に手を置き、その目が明らかに心の迷いを表しているようで、節子は、或いは彼女が生理日のため体調が不安定のせいかなとも思いつつ、少し返事をためらったが、思案の末
  「そうね~ 高校3年位のときかしら、はっきりと覚えていないわ」「片思いと言うのがあるでしょう」
と言葉を濁して答えたが、理恵子は納得できない顔をしたので、節子は自身が高校3年の春、下宿していた若き日の健太郎に対し淡い思いを抱いたことを想起して、名前を出さずに簡単に話すと、理恵子は
  「へぇ~ 高校生のとき、そんなことがあったの」 「母さんに思われるなんて・・。 その人、キット素晴らしい人だったのでしょうねぇ~」
  「わたしにも 将来、そんな素敵な人が現れるかしら」 「でも 仮にその様な人と巡りあっても 片思いで終わってもつまんないわぁ」
と呟くやきながら、一寸、ため息をついたあと
  「ねぇ~ その人、今頃、何処でどんな暮らしをしているのかしらねぇ~」
  「母さんは、たまに思い出すことはないの?」
と、いかにも自分がその場に遭遇した時を想像して寂びしそうな顔つきで、母親に同情するかのように、伏目がちに言うので、節子は薄笑いを浮かべて顎で健太郎の寝室の方に、理恵子の顔をうながして
  「その人はね~ あそこで、いびきをかいて休んでいるわ」
と囁くと理恵子は驚いて
  「うそ~!! まさか~ そんなことってあるの~」
と、絶句して慌てて手で自分の口を押さえて声を殺し、納得したのか笑い返した。

 理恵子は、明日の用意を終えると自室に入ったが、その夜は満月で月明かりが部屋を薄く照らしていた。
 彼女は、昼間の興奮がかすかに残っているのか眠る気になれず、窓辺に寄り椅子に腰掛けて、ぼんやりと月を眺めていたが、そのうちに亡き秋子母さんの面影を思い出し、心の中で「お陰さまで自分も棚田の稲の様にすくすくと育っており心配しないでね。今日、公園の野原で織田君とフアーストキスを交わしたゎ」と、呟いた。
 亡き母さんは納得したのか苦笑している様にも思えた。

  

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蒼い影(19-4)

2024年05月08日 02時55分03秒 | Weblog

 帰宅すると、節子は笑顔で「お帰りなさい。遅かったはね」と言って、二人の顔を見て気持ちよく迎えてくれ風呂を用意しておいてくれた。 織田君が入浴中に脱衣場に浴衣も用意してくれ、理恵子も入浴後揃って浴衣姿で、皆で夕餉の食卓を囲んだ。
 理恵子が巧みに話題をリードして雰囲気を盛り立て、健太郎が織田君の日焼けした顔を見ながら野球の話を興味深く聞いている様子を見ていて、彼が初対面の節子に緊張感を抱いていない素振りに安堵し、彼女も裏山での昼食の模様を節子に対し愉快そうに話して、賑やかな夕飯となった。
 織田君は野球部の選手らしく、同級生に比べて身体も大きく食欲も旺盛だ。えり好みせずに美味しそうにもくもくと食べるその姿に、皆もつられて食が進んだ。 
 健太郎と節子は、理恵子が時折、箸を休めて彼の旺盛な食欲に見とれ、「織田君 よく噛んでたべてね」などと、いつもは節子に言われていることを、いかにも都合よく自分の言葉に置き換えて言いながらも、自分のマスの塩焼きをそっと織田君の皿に移し、お互いにニヤット笑いあう二人の姿が健康的で微笑ましく、そんな二人の様子を見ていて嬉しく思った。

 織田君は、夏の高校野球の予選が近いので、高校生としての最後の試合になると理恵子に話すと、彼女は
  「暑いさなか応援している、わたし達応援団の分まで頑張ってね!」「織田君が 打席に入ったときは、わたしもメガホンで大声をだして応援するからねぇ」
と、真剣な顔つきで答えると、彼はギョロットした目つきで
  「よせよ。君の甲高い黄色い声は、ひときわ目立つのでやめてくれよ。また、仲間に冷やかされるので・・」
と、はにかんで答えると、負けず嫌いな理恵子は
  「なに言ってるのよ。そんな弱気では、あまり期待できないわね~」
と言ったあと、今日の昼休みに自分の頼みごとが原因で、部の連中に冷やかされていた彼のことを思い出して、反省と同情の気持ちをこめて
  「そんなら、わたし心の中で必ずヒットが出ることを祈っているわ~」
  「トランペットを吹くのをやめ、君を見つめている、わたしのことを思いだしてね キットよ」
と、再度、念を押すと、彼は
  「チッ! 今日はいやにからむな~」「打席で君のことを思い出しているようでは、必ず三球三振だろうな」
と、薄笑いを浮かべていた。

 健太郎は、家の裏手に小川を利用して作ってある、冬場の消雪を兼ねた池から取り上げたマスをビニール袋に入れて、織田君にお土産として渡すと、彼は嬉しそうな笑顔を残して帰っていつた。
 

 健太郎は、入浴後、昼間の部落の共同作業の川掃除で少し疲れたと言って早めに寝室に消えた。 
 昼間の暑さがうその様に、晩春の夕暮れは飯豊山脈から吹きおろす風で心地よい冷気が部屋に漂う。
 今夜は、山の端に浮かぶ満月がとても綺麗に見えた。

 

 

 

 

   

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蒼い影(19-3)

2024年05月08日 02時37分47秒 | Weblog

 理恵子は、野芝に仰向けに寝転んで腕枕をし、青空にポッカリと浮いている小さな淡い白雲が遠くの峰にゆっくりと流れて行くのを、ぼんやりと眺めながら、横に並んでいる織田君の顔をチラット見たあと、かい間見る野球の練習に夢中に励んでいる織田君の姿を思いだしながらも、体調のせいか少しけだるく感じ、眠気に誘われウトウトとして目を閉じていたところ、顔の上に汗臭く重苦しい黒い影を感じ、異変を察知した瞬間避ける間もなく、唇と唇が軽くふれれたあと、頬に暑い息吹きを感じた。
 彼女は一瞬、全身が金縛りにあったように硬直して、静電気が身体中を走りぬけたようで、何も抵抗できずに、なすがままに流れに任せ、彼の顔が離れたあと静かに目を開いたところ、彼が何も言わずに脇に寝転んだので、理恵子は彼の横顔を見つめて
  「どうしたの? わたし、こんなこと、生まれて初めてのことなので、なにがなんだかさっぱり判らないわ・・。もう二度としないでね」
と、少し涙ぐんで囁いたところ、彼は落ち着いた声で
  「僕もはじめてだが、無意識に触れてしまったんだ。理由なんて自分でもよくわからないよ」
  「強いて言へば、弁解になるかもしれないが、さっきの話、僕の言い方が悪くて、理恵が機嫌を壊してしまったのかなぁと思い、それに寂しそうな顔をしていたので、可愛想そなことをしたと思い、ちょっと顔をの覗きこんだけだよ」
と、思うままに答えた。

 理恵子は、彼の胸もとに自分の顔を寄せてYシャツのボタンをいじりながら
  「織田君 やっぱり わたしのこと、少しは好きなの?」
  「わたしは いままで織田君のことを、勉強を教えてくれる優しいお兄さんと単純に思っていたが、今の瞬間、わたしの胸の奥深いところで、織田君のことが好きなんだと、はっきりと気ずいたわ」
  「このようなことをするなんて、わたし達には、いけないことなのかしら?」
と、独り言の様に呟くと、彼は少し間をおいて、彼女の髪の毛をいじりながら
 「そんなことは、無いと思うが・・。僕も 理恵ちゃんは好きだよ」
 「ただし、人使いの激しいことを除けばね」
と、笑いながら答えたので、理恵子は気分を取り戻し
 「そうかなぁ わたし、親しみをこめているつもりなんだけどな~」
 「織田君も、内心は、わたしに頼まれたときは嬉しそうな表情をするじゃない?」
と言い返すと、彼は
 「チエツ! すぐそうなんだから」
と苦笑いし、続けて
 「お互いに、今から脳を患うわことのない様に、もっと大人になってから考えよう」
 「大体、僕は、君が寂しい顔をしたから、君の心を傷つけたと思って、シマッタと思い無意識にして仕舞ったが、気にしないで欲しいなぁ」
と、さりげなく話をそらし、続けて
 「君は僕のどこが好きなんだい」
と言ったので、彼女は
 「何処が好きと急に言はれても答えらないないゎ」 「スキナモンハ スキナンダカラ・・」
と言って、彼の胸の上に顔を埋めて仕舞った。
 織田君は少しとまどって
 「君は大人らしいことを言ったかと思うと、急に子供らしい態度を取り、益々、君の精神的発育状態が判らなくなったわ」
と言って、彼女の背中をさすっていた。

 理恵子は、織田君に手をとられて、二人で立ち上がると、そろって深呼吸をして、自転車のある方に彼の後ろについて歩き出した。
 歩きながら、理恵子は自分の人生がまた一歩前進したような気分になり、肩幅の広い彼の後ろ姿が今までとは違い頼もしく見えた。
 それと同時に、この様なことを節子母さんに、内緒にしておくべきか、或いは素直に話をした方がよいのか、複雑な気持ちになった。
 普段、優しく自分の生活の面倒を見てくれる節子母さんに、隠し立てすることは罪悪感とまでは行かないものの、後ろめたさがあり、さりとて高校生が自然の成り行きとはいえ、恥ずかしいことをした様な気もして、心に不安と迷いを覚えた。

 先に歩く彼の背を枯れた小枝で突っき、彼はどのように考えているのか聞いてみたくなり声をかけたら、彼は後を振り返り、タンポポの花を一本採りニコット笑いながら悪戯っぽく理恵子の面前で廻しながら
  「そんなこと 自分で考えればいいさ」「僕は 将来にわたり、絶対に人に言ってもらいたくないな」
  「二人だけの青春時代の小さい秘密として、胸に仕舞いこんでおいた方が良いと思うがなぁ」
  「僕達の将来のことは神様も判らないと思うが、別々に人生を歩んでも、きっと、楽しい思い出になるかも知れないと思うよ」
と答えたので、理恵子も彼の言う通りに、自分の胸にしまつておくことにした。 
 それに、今後も、時々、訪ねてきて勉強を教えてもらいたいし、彼が来ずらいことになっても困るし、節子母さんにも余計な心配をかけたくもないと思った。

 天国を旅している亡き母には、夜、布団の中でチラット報告しておこう。果たして母はなんと言うかしら・・・
 

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蒼い影(19-2)

2024年05月01日 03時50分00秒 | Weblog

 校門を出ると、街へ降りる道は三叉路になっており、織田君は疲れているのか少し元気のない声で
 「また、友達に見られて冷かされるのは嫌だし、それに時間も早いようなので、公園で一休みして行こう」
と、杉木立に覆われた坂道の方に歩き出したので、理恵子も彼に並んで自転車を押してゆっくりと歩き、街の中心部が眺望できる見晴らしの良い公園に辿りついた。

 公園の芝草は鮮やかな緑に彩られて、誰もいなく静まりかえっており、風が心地良く頬をなでて流れ、理恵子の髪を揺らしていた。
 織田君は、自転車を置くと運動靴と靴下を脱ぎ捨て、野原の中ほどに向かって素足で駆け出して行き、芝生に仰向けに寝転ぶや
 「あぁ~ 最高に気分がいいわ」
と叫んだので、理恵子も彼の方に駆け寄って行き、真似をして靴下を脱ぎ、隣に仰向けに寝転んだ。
 初夏の陽ざしを一杯に浴びた芝生は柔らかく、久し振りに素足で青草を踏む感触は、普段では味わえない、心が弾む気分にさせてくれた。
 理恵子は、辺りに人の気配も無く誰にもに見られる心配も無いことを確かめ、初めて織田君と二人だけで気遣いなく思う存分話せることが訳もなく嬉しかった。

 理恵子が、均整のとれた素足を横崩しにして、織田君の脇に座りなおすと、彼は
 「理恵子 なんだ腹痛でなかったのか?」 「僕 本当に腹痛を起こしたと思ってビックリしてしまったよ」 「相変わらず、人騒がせなんだから・・」
と、空に向かって独り言のように呟いたので、彼女は
 「そんなに怒らないでょ」 「わたし、咄嗟のことで慌ててしまい、君が近くに居たので周りの人達のことも気にかけず、お願いしてしまって・・」
 「でも、本当に助かったゎ」 
 「簡単に説明すると、わたし女性として順調に育っているとゆうことょ」
と話しながら、再び彼の脇に並んで仰向けに寝転び
 「こうして仰ぎ見る空は透き通っていてとても綺麗だゎ。君と一緒に眺めているせいかしら・・フフッ」
と呟きながら芝草をむしりとり、彼の耳を悪戯っぽく擽っていた。
 織田君は、そんな彼女の仕草を五月蝿がってよけながら、理恵子の白く細い指先をいじりながら
 「言っていることが良くわかんないが、そうだったのか」
と返事をしたあと
 「理恵子 君の新しいお母さんのことは、よく知らないが、今まで通りちゃんと勉強しているの」
 「僕 時々、どうしているのかなぁ。と、気になることがあるんだ。僕が気にしても、どうにもならないが・・」
と聞いたので、彼女は
 「大丈夫ょ。今迄に亡くなった母さんと一緒に何度も訪ねていて、どうゆう訳か自然と心が解け合い、そのときの延長線上みたいで、普段通りの生活ょ」
 「それに、亡くなった母さんが、まだ、何とか元気な頃、今の母さんに顔を合わせる度に、しきりに自分にもしも万一の事があった時は、理恵を頼むわね。と、言っていてくれたので・・」
 「きっと、今頃は天国で私達が仲良くお喋りしていることを喜んで見つめていると思うゎ」
と、寂しそうな表情も見せず穏やかに答えたので、織田君は
 「君は、偉いわ。 生活環境に対する順応性があるとゆうことか。僕が、想像していた以上に大人なんだなぁ」
 「まぁ 考えてみれば、女性はいずれ嫁さんになって人の家で暮らすことになるんだからなぁ」
と言うや、理恵子は
 「そんな言いかたしないでよ。お婿さんを迎えることだってあるんだから」
と答えた。 彼は安堵感から深く息を吸い込んで青空に向かって吐いた。

 理恵子は、そんな織田君の横顔を見ていて、今度は彼の手を握り返して、再び、芝草で彼の鼻先や口元をくすぐりながら
 「織田君 わたしのことを気にかけていてくれたんだぁ~」 「嬉しいゎ~」
と、恥ずかしそうに囁いたので、彼は慌てて
 「オイオイッ! 好きとか恋とかとは別だよ」 「お前は、頭の回転が速いので、ハヤトチリ するなよ」
と、真面目な顔をして答えたので、彼女は
 「なぁんだ つまんないゎ」 「でも、こうして二人で話し合えるだけでも嬉しいゎ」
と言いつつも、少し不満そうな表情をして、再び、彼の脇に並んで仰向けに寝転んでしまった。

 織田君は、黙って空を見上げている彼女の横顔を見て、一寸寂しそうな表情をしているのが気になり、内心、言い方が率直で少し彼女が機嫌を損ねたのかなと思い
 「理恵っ! 誤解するなよ。 別にキライダと言っているんでないからな」
 「この先、どうなるかわ知らんが、今は男と女の先輩後輩、近所同士で互いに一人っ子、良い意味で友達付き合いが気楽に出来るだけでも幸せと思わんければ罰があたるよ」
 「それより、今晩、君の母さんに聞かれたら君との関係をなんと答えれば良いのか、夕飯のことより心配だよ」
 「山上(健太郎)先生は、僕達のことは判っていてくれると思っているので、全然気にならいが・・」
と話すと、彼女は
 「織田君、大きな体の割合に、案外、神経が細かいのね」 
 「さっきも言ったでしょう。昼間の出来事は絶対に口に出さないでょ。普段通り、なんでも好きな様にお喋りすればいいのょ」
 「最も、わたしは、母さんに電話で話しちゃったけれど・・フフッ」「母と娘にしか通じないことってあるものょ」
 「君が心配することではないゎ。判ったはネ!」
と、彼の言葉を突き離す様に答えたが、その表情は何時もと違い明るさがなく、彼には冷たく感じられた。
 彼は頷くこともなく黙って聞いていたが、普段は甘えたり少し威張ったことを言ってる癖にと思いつつ、彼女の生きる心の強さを改めて思い知らされ安心した。

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