日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (9)

2024年10月16日 03時31分18秒 | Weblog

 大助は、肉屋を気分良く出ると、健ちゃんのサービスが嬉しかったとみえて、理恵子に笑みを漏らしながら「次は何を買うの?」と聞くと、理恵子が「お野菜を買いたいわ」と答えると、夕刻時で買い物客で混雑する商店街の人混みを、何時の間にか理恵子の左手を握って引く様にして空いている左手で巧みに対面して来る人を掻き分ける様にして、八百屋さんの前まで来ると、町野球のコーチをしている店員の昭ちゃんが
 「オ~イッ 大助! 俺の店には寄らないのか?」
と恥ずかしくなる様な大声を掛けてきたので、大助は
 「今日は、僕にとっては大事なお客さんを案内しているので、特別にサービスをしてくれるかい?」
 「ダメなら、よその親切な店に行くよ」
と、笑いながらも冗談交じりに返事をすると、昭ちゃんは
 「いま、健ちゃんの店に寄っただろう、俺、ちゃんと見ていたぞ。何故、俺の店に先にこないんだ」
 「健ちゃんに負けずに、お客さん次第で何ぼでもサービスするさ」
と威勢の良いことを言うので、大助は、得意げに理恵子を指さして

 「昭ちゃん、ビックリするなよ」「ほら、今までに見たこともない昭ちゃん好みの美人だろ~ッ」
 「僕の大事な姉さんだから、惚れてはダメだよ」
と言いながら店に理恵子を案内して入ると、昭ちゃんは
 「う~ん 本当だ!」「上手いこと言って、果たして姉さんかどうかな?」
と信じられない様な顔付きで理恵子の方をチラット横目で見ながら
 「何処の女優さんを連れてきたんだ」「お前も、隅に置けなくなったなぁ~」
と商売の手を一瞬休めて、色白で細身な理恵子のスカートから覗く白い足元に目を奪われていたが、気を取り直し
 「今日の品物は新鮮で良いし、サービスするから、さあ~買った買ったぁ~!」
と二人で漫才でもしているかのように言い合っている合間に、理恵子は白菜や葱それに糸こんを籠に入れてレジで清算していたら、昭ちゃんは
 「大助! 今日は特別入荷のイチゴがあるので、あの姉さんに上げてくれ、俺の誠意だ」
 「数量が少ないので、珠子姉さんと二人分しか用意できないが、お前は、我慢してくれ」
と、先ほど健ちゃんに言われたことを、まるでオーム返しの様に言いながら、袋詰めのイチゴを大助に渡してくれたが、大助は
 「チェッ 昭ちゃんは、時々、親方の目を盗んでつまんで食べているんだろう?」
と言うや、昭ちゃんは
 「トンデモネェ~、俺なんか朝から晩まで拝んでいるだけだ」
 「お前も、我慢することを覚えろ、男は、我慢する根性がなければダメだ」
と、野球の練習のときと同じことを言うので、大助も負けずに
  「昭ちゃん、またとない機会なので、照れないで姉さんに渡してくれよ。どうせ、僕の分は無いんだから・・」
と、皮肉交じりにも、昭ちゃんにリップサービスをする気持ちで促すと、昭ちゃんは理恵子の籠にそ~っとイチゴの袋を入れて、何時もの柄にもなく鉢巻を取り丁寧に頭を下げていた。

 理恵子は、店を出ると大助に
 「あまり大げさに言わないでネ」「わたし、恥ずかしくなってもう来れなくなってしまうゎ」
と言うと、大助は
 「理恵姉さん、心配することはないよ。この辺の店は何処でも活気を出すために威勢よく声を上げて、皆、少し大げさに言っいるんだ」
 「それに品物質や量についても、少しオーバーに宣伝しているんだから・・」
と答えていたが、理恵子にしてみれば、経験したことも無い多勢の客と威勢の良い掛け声に、街で生活する人達の逞しさに今更ながら感心して、田舎と違い神経が疲れる思いであった。

 大助は、八百屋さんを出ると理恵子に「僕、ノートと消しゴムが欲しいんでけど」と言い、文房具屋に行き店内に入るや「アッ イケネェ~」と小声をあげて理恵子の背後に隠れたが、その姿を見た近所の靴屋の孫娘であるタマコが駆け寄ってき来た。
 タマコは、小学校4年生で大助のところにもよく遊びに来ているので、理恵子も顔を覚えている、お茶目で仕草の可愛いオンナノコである。
 ただ、孫爺さんが評判の頑固者で、腕の良い職人であるが、何故か、女物の靴は手をつけないことで有名でもあるが、普段、タマコと仲良く遊んでくれる大助には自分の孫の様に親しみを覚えて可愛いがっている。

 タマコは、大助に近寄るとズボンの端を引っ張り
 「大ちゃん、なんでわたしを見て慌てて隠れるの?」「足が長いから、頭かくして尻隠さずだヮ」
と言って盛んにズボンを引っ張るので、大助が仕方なく顔を見せて
 「タマちゃん なんだよ~」「俺、今日は、大事なお客さんを案内しているんだから、邪魔しないでくれよ」
と、ブツブツ言うや、タマコは
  「わたし、お姉ちゃんを知っているヮ」「珠子姉ちゃんから、お話を聞かせていただいたヮ」
  「大ちゃんは、意地悪してチットモ教えてくれないが・・」
と、不満を言ったあと
  「ネェ~ わたし、とっても可愛いい花模様の入った便箋と封筒を買ったのだけど、何処にも出すところが無いので、大ちゃんに出そうと思うんだけど、いいでしょう?」
と、甘えた声で言い出したので大助は、「エッ 僕に・・」と胸にトゲでもささった様に目をパチパチさせて
  「ワザワザ手紙なんか出さなくても、遊びに来たとき話せばいいじゃないか」
  「僕、オンナノコからの手紙は余り好きでないんだよ」
と返事をすると、タマコは
  「アラ~ッ 優しいオンナノコには、言葉に出せないこともあるヮ」
  「わたしのお手紙を読んだら、必ず、大ちゃんもお返事を書いてェ~、必ずョ~」
  「お手紙には、<赤ッ面>とか<デブ公>なんてあだ名を書かないで、<お懐かしきタマコ様>とか<月夜の君はとっても可愛いかった>とロマンチックなことを丁寧に書いてネ」
と自分の考えていることを一通り話すと、チョコレートをだして、「これたべるゥ~」と差し出したので、大助は「う~ん」と絶句しながらも口に入れた。 大助はそれでも気が向かないのか
  「僕なら、切手代がもったいないので、アイスクリームを買うよ」
と言うと、タマコは「まぁ~ いやしい」と機嫌を損ねたが、大助は咄嗟に頑固爺さんに言いつけられては大変だと思い、急に猫なで声で
  「タマちゃんが、も~っと大きくなって綺麗になったら、出すかもしれなよ」
と話すと、タマちゃんも少し機嫌を直し
  「いいわ とにかく、わたしは書いて出すからネ。必ず返事に感想を書いてネ」
と言い残して別れた。
 理恵子は、おもわぬ光景を見てクスッと笑いながら
  「大ちゃん、オンナノコに人気があるのネ」「タマコちゃんも、可愛い娘さんだヮ」
と、予期しない難問に遭遇し意気消沈している大助を励ましながら帰途についた。

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

河のほとりで (8)

2024年10月09日 03時05分17秒 | Weblog

 理恵子は、上京してから早くも1ヶ月を過ぎ、美容学校の授業や下宿先の城家の生活にも慣れて来た。 
 或る晴れた日の夕方。 2階の窓から茜色に彩られた夕焼け空やビルの街並みを眺めていると、やはり母親の節子の言う通りに、自宅から通学できる新潟の学校に進むべきであったかと、ホームシックにかられて考えることがある。
 一緒に上京した奈津子や江梨子に電話すると、皆が着々と自分の考えていた道を確実に進んでいることを知るにつけ、彼女等のたくましさがすごく羨ましく思えた。
 それに反し、自分は一人ぼっちで、寂しさから思わず涙をこぼすこともあり、上京すれば高校時代の先輩で恋心を抱く織田君にも時々逢えると、勝手に思っていたことが甘い考えであったと悔やまれた。

 今日も学校から帰り、二階の自室で沈んだ気分でぼんやりと街並みを見ていたとき、孝子小母さんが、お茶とお菓子を持つて来て
 「理恵ちゃん。貴女、最近、食も細く、元気がないみたいだわネ」
と声を掛けてくれたので、彼女は元気のない声で「小母さん御心配掛けてすみません」と、返事をしたが、次に続く言葉を思いあぐねていたところ、孝子小母さんはベテラン看護師で、女手一人で、珠子や大助を育てている気丈なところから、彼女が恋人に満足に会えないこともあり、軽いホームシックにかかっていることを、日常の生活を通じて見抜いていた。
 孝子は、彼女が訪れる前に、現在の生活を導いてくれた尊敬する先輩の節子さんから、彼女の性格や生い立ち、それに恋人のことなどを一通り聞いており、彼女を引き受けた手前、我が子同様に明るく育ててあげたいと念願していたので、節子さんから聞いたことはおくびにも出さず、彼女に対し、今、自分は何を為すべきかを自分や節子さんの昔話を交えて話して聞かせた。
 孝子にしてみれば、彼女に日常生活における目標をきちんと立てて、精神的にも強い一人前の美容師になって欲しいと思う一念から、何時かはその機会を見つけて話しておこうと心がけていた。

 孝子は、そんな思いから彼女に対し、普断、病院での若い看護師達に教える様な柔和な語り口で、彼女の表情を見ながら語りかけたことは

 貴女の母親は、自分と同郷で高校2年先輩であり、高校卒業後、苦い思い出を振り切る覚悟で秋田を出て、単身上京して看護師になったのよ。
 丁度、貴女と同じ歳頃で、見ず知らずの人達との寮生活で、それは寂しくて何度も泣いたこともあったらしいわ。 然し、それは皆同じことで、それぞれに努力をしたものです。
 節子さんが高校卒業するころ、当時、節子さんの家に下宿をしていて、私達の通う高校の教師をしていた御主人の健太郎さんが、当時、節子さんに男の兄弟がいないないこともあり、彼女の父親に非常に可愛がられ、休みの日には田畑やリンゴの剪定など農作業を手伝ったりして、まるで実の親子の様に和気合いあいと日々を過ごしていて、教師と教え子の関係で農村特有の難しい問題を承知の上で、早く一緒になってくれればと、彼女の母親共々切ないほど父親はそれを願っていたのよ。
 ところが彼女が若いこともあり、健太郎さんに対して、起居を共にした生活の中で自然に芽生えた淡い恋心を胸に抱きながらもその思いを口に出せないうちに、健太郎さんは転勤になり、その後は離れ離れとなり卒業後、そんな心の傷を癒すこともあり、懐かしい故郷の景色を見るのも辛くて悲しく、彼女なりに意を決して上京して看護師になり、勉強と仕事に打ち込んでいるうちに10数年の日が過ぎてしまったのよ。
 勿論、その間に病院関係者との結婚話もあったが、彼女の健太郎さんに対する一途な思いや複雑な病院内部の人間関係から、それも纏まらずに日々を過ごしていたところ、たまたま帰郷した際、節子さんや私の高校の先輩であった貴女の母親の亡き秋子さんが、そんな事情を知っていた事から、健太郎さんが奥さんを亡くして一人で暮らしていたのを見かねて、熱心に仲を取り持ち、その結果、それこそ偶然にも縁が巡り来たとゆうのでしょうかね、ご主人と結ばれたのですよ。
 やはり若い時の赤い糸が切れることもなく結びあっていたのですネ。 
 全く人生なんて、よく言われる様に小説より奇で、何時何が起こるのか不思議と思いますわ。
 それなればこそ、絶えず自分を大切にするように心掛けねばならないと、主人を病で亡くした私も常々考えておりますのよ。
 それ以後のことは、貴女もお判りの通りです。
 今、貴女のご両親が願うことは、貴女が実母である亡き秋子さんの意思を継いで、亡母が経営していた美容院を立派に経営することですよ。
 それが貴女に与えられた最大の目標であり、また、貴女に負わされた責任と思いますわ。 
 私も節子さん同様にその日が訪れることを本当に楽しみしているんですよ。

と、簡潔に話して聞かせたが、理恵子も中学生のころから母親の秋子に連れられて一緒に養父である健太郎の家には何度も訪ねていたので、そのときの様々な出来事と想い重ねて、孝子小母さんの話も素直に耳に入り、自分を取り巻く周囲の人達が自分に期待していることが身にしみて良く理解でき「小母さん ありがとう」と返事をして、やっと笑みを浮かべた。

 孝子は、一通り話し終えると
 「理恵子ちゃん、街には街なりに良い人も多勢おり、部屋にばかり閉じ篭もっていないで、なるべく暇なときは外に出なさいよ」
と言うや、階下に向かって大きい声で
 「大助! 理恵子姉さんと、お使いに行って来てくれない」
と声をかけると、大助姉弟も二階の様子を気に掛けていたとみえ、大助は
 「ヨッシャ~、すぐ行くよ!」
と威勢よく返事したが、傍らから勤めている母親に代わり家事を手伝っている高校生の姉である珠子が
 「私が一緒に行ってくるわぁ~」
と言うや、大助は
 「駄目 ダメッ!、僕が先に言はれたのだよ。姉ちゃん、僕の仕事を横取りしないでくれよ」
と文句を言いあっていたが、そつのない大助は、さっさと母親からメモとお金を貰うと、理恵子さん!早く行こう。と催促して、二人で夕暮れの商店街に出かけて行った。

 大助にしてみれば、理恵子姉さんと二人で商店街を案内して歩くのはかねてからの夢で、楽しそうに理恵子の手を引きながら買い物でにぎあう人混みを縫う様にして歩き、最初に行き着けの肉屋に入った。
 理恵子さんが、牛肉を買い代金を払うと、街の野球部の先輩である肉屋の健ちゃんが
  「おい 大助!お使いなんて珍しいこともあるんだなぁ~」  「勉強はどうした。また、サボりか?」
  「丁度、揚げたばかりの特製のコロッケがあるから、サービスするから持って行けよ」
と、包みを出してくれたので、それを遠慮なく受け取ると、大助が 
  「健ちゃん 大事な商品の都合をつけて、まさか、これではないだろうナ」
と、右手の人差し指を折り曲げて差出しニヤット笑うと、健ちゃんは
  「オィオィ、変なな真似はするなよ! 一緒にいる初顔の綺麗なお姉さんへ敬意を表してのサービスだ。俺の給料から払うので余計な心配はするな!」
 「但し、数がないので、お前の分は入れてないからな」 
 「野球でエラーばかりしている罰として、俺はサービスしないことにしているんだ」
 「今度、あげるからナァ~、今日はコロッケを見て拝んでおけよ」
と返事をしながら、理恵子の方を見て軽く会釈をして笑っていた。 

 二人は店を出ると、大助は理恵子に悪戯っぽく右目でピクピクとウインクして
 「健ちゃんは、スタイルの美しい理恵姉さんを見て、気の毒にも瞬間的に脳をわずらってしまったんだよ」
 「僕の思った通りでアタリだよ」
と自慢しながら、大助特有のユーモアで、健ちゃんの仕草を冷やかしていたので、理恵子にもその光景が微笑ましく映り、なるほどなぁ~と、健ちゃんの明るさと、中学2年生に似合わない大助の如才ない友達付き合いに感心して思わずクスッと笑ってしまった。
 大助は、次によった八百屋さんで、また・・・   


 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

河のほとりで (7)

2024年10月06日 02時26分55秒 | Weblog

 江梨子達が、なんとか採用の返事を貰い、気分が楽になって会社を立ち去ろうとしたとき、後を追い駆けてきた案内係の阿部さんが
 「いやぁ~ おめでとう御座います。 入社が決って良かったですね」
と笑いながら声をかけてきて、二人の肩をポンと叩き、さも嬉しそうに
 「今、専務からあなた方をホテルに送り、夕食の接待を準備しなさい。と、指示を受けたので僕の咄嗟の判断で、昨晩の会話の内容から、どうやら和食が好きな様ですよ。と進言したら、専務はそれなら駅前の寿司屋に案内しなさいと言はれ、専務も仕事を済ませてすぐ伺うので、それまで君がお相手をしていなさい」
と、、会社の考えと併せて接待の趣旨を正直に説明したあと「これから御案内いたします」と言ったので、江梨子は堅苦しい雰囲気を好まない小林君の内心を慮って遠慮したが、阿部さんの再三にわたる丁寧な誘いを断りきれずに、会社の馴染みらしい寿司屋に連れて行かれた。

 阿部さんは、座敷に通されると畳に手をついて丁寧に頭を下げて改めて挨拶したあと、お茶を一口飲むと
 「昨晩はワイフも非常に喜んで、お二人さんが合格すると良いわネ」
 「私達も地方の出身であり、ワイフもお友達も少ないので、是非、お付き合いさせてほしいわ」
と喜んでいたと言って、お土産に渡したワインのお礼を言ったあと、雰囲気を和ませるかの様に、自分の仕事の内容について、時々、ミスして上司から叱られるが、近頃は慣れっこになり、そんな時は下を向いて「済みませんでした、今後、注意致します」と返事をしながらも、頭の中では、これも給料のうちで百円玉が何枚になったかな?、なんて思いながら不謹慎だが、その場を軽い気持ちで凌いでいたり、或いは今頃、ワイフは何をしているのかなぁ~。と思い巡らせていますが、サラリーマンは、辛いことがあったとき、自分で自分の心を癒す方法を見つけ出すことも大事なことですよ」
と、彼らしく明るく屈托のないユーモアを交えた語り口で、社員の心構えを教えてくれた。
 江梨子も達夫も、なるほどなぁ~。と感心して聞いていたが、江梨子が
 「奥様は、どちらにお勤めなのですか?」
と聞くと、彼は
 「証券会社ですよ」「会社の用事で何度か証券会社に行っているうちに、僕の方から上手く誘い出して口説き落として、やっとの思いで結婚しましたが、僕は高卒、彼女は大卒で歳も2歳上ですが、諺に”姉さん女房は草鞋を履いても探せ”と聞いたことがありますが、事実、日々の暮らしの中で生活の知恵が旺盛で安心感があって良いものですよ」
と尋ねないことまで進んで卒直に話してくれた。

 暫くすると、専務さんが現れ、阿部さんは入れ替わりに座敷から出て行った。
 阿部さんが帰り際に話してくれたのか、お寿司とお酒が運ばれてきたが、江梨子が未成年でお酒は飲めませんと言うや、専務さんは「そうか、そうか。それではお寿司を食べなさい」と言いつつ自分は美味しそうにチビチビと手酌で飲み始めた。

 専務さんは、金子勝と自己紹介をしたが、痩身で身の丈が高く、白髪交じりで面長に黒縁の眼鏡が良く似合う、優しい話し方をする人で、江梨子は、どこかこの人は自分の父親に似たタイプの感じがして、さして緊張することもなく話を聞くことができた。

 その専務さんが、お酒を飲みながら語るには
 自分も、東北の出身で大学卒業後、社長や営業部長と一緒に親会社に入社して、精密機械の製造に従事したが、入社後、15年位した時、親会社の社長の勧めで、組み立て部の一部が子会社として今の会社を設立したが、その時、仲間の誰もが充分な資金の用意ができず、仲間の一人であった社長の姉さんが地方の資産家であったところから、社長が懇願して大金を出して貰ったのです。 その関係で社長の姉つまり小林江梨子さんのお母さんが、この会社の大株主なんですよ。
 余計なことかも知れませんが、本来は、貴女のお母さんが社長になり、社長は長男として田舎の田畑や山林を守るべきであったのですが、社長は無理やり姉さんを田舎に帰し、その時、これは確かでありませんが、姉さんには将来を誓いあった恋人がいたらしいのですが、生木を裂かれる思いで別れて田舎に帰られたと聞いておりますが、まぁ~お互い若い時のことですから、色々あった訳ですわ。
 ところが男とゆうものは悲しい性があり、会社の業績が伸びると、悪るいことに社長は2~3人の女性に手を出し、その都度、姉さんが上京して苦労して問題を解決し、遂には離婚を経験して今の奥さんと結ばれましたが、この奥さんは銀座のクラブのママサンをしていた関係で、世の中の裏表や人の苦労を知り尽くしていて、我々に対しても思いやりがあり、あの頑固一徹な社長でも頭があがらないくらい良い人なのです。
と、簡潔に話をしたあと
 
 「まぁ~ 参考までにお喋り致しましたが、ところで本題に戻りますが、社長の命令で、江梨子さんは私の家の離れの居間に住み、食事は私らと一緒にすること。小島君は会社の寮に入ることになりますが、私は妻を亡くし会社から派遣の賄いさんに家事一切を任せておりますが、寮の方は舎監が自衛隊上がりの厳しい人で、女性の立ち入りは禁止されています」
 「うちの会社は、社長や私達創業者の功罪織り交ぜた豊富な人生経験を土台にして、良い品物は良い人間が作ると言うことを社是にしており、普段の生活は勿論のこと勤務を通じても、人間教育を大切にしておりますので、承知しておいてください」
と、酒の勢いもあってか、また、社長の身内とゆう安心感からか、小声でボソボソと口説き話の様に、会社の沿革や入社条件を話していた。  

 江梨子は、これまでに母親から断片的ではあるが薄々聞かされていたことなので、時折、母親が父に対して不満を漏らしているのは、若い時のそんなエピソードも影響していたのかと内心思ったりもした。 
 実際、父親は無口で暇さえあれば、勤務先に関係する機械関係の本を読んでいる姿を見ていたので、父親もどこか寂しい影をやどしている人だなぁ~と、しばしば思ったりしたこともあった。
 専務の話を聞いて、一見平穏に見える夫婦であっても、それぞれに色々な想いがあり、難しいもんだなと考えると共に、自分達は叔父さんや両親の様な影を潜めた夫婦には絶対になりたくないと、小島君の横顔をチラッと見ながら心の中で誓った。

 小島君は、専務の話をお寿司を美味しそうに食べながら聞いていたが、腹が満ち足りると箸を置くや、まるで別世界のことと思う様に、テーブルに右手の肘を突いて顎を乗せて、週刊誌の記事を聞かされているかのように興味なさそうな顔をしていたが、左側に足を崩して出している江梨子の脹脛や足首あたりを、座布団のへりと思ってか或いは無意識にか撫でていたが、江梨子は専務の目が気になり、止めようとしない彼の手を軽く叩くと、彼は江梨子の顔を見てニヤッと笑い手を引き込めたが、退屈なのか、何時の間にかまた同じことをするので、江梨子も少しくすぐったいが手が膝にまで伸びる気配はなさそうなので、これも彼の悠長でお茶目な性格がもたらす、異性に対する本能的な一種の癖なのかなと思い好きな様にさせていた。 

 
  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

河のほとりで (6)

2024年10月03日 03時13分14秒 | Weblog

 入社面接試験の際、江梨子は母親の強い願望通り、近い将来に二人して実家に近い支社に転勤して、小島君との生活を実現しようとの思いから、社長が叔父であることを幸いに自然な思いで、自分としては最大の知恵と勇気を絞って周囲の役員等にお構いなしに、何時もの強い自己顕示性を発揮して少し誇大であるが、聞く者としてはそれなりに納得してもらえる答弁をしたところ、社長にしてみれば予期もしない答えが返って来て、試験会場が一瞬凍りついたような静寂な雰囲気に包また。

 社長も意外な答えにたじろぎ、キョトンした目で彼女を見つめて返答に窮して、とまどったが、そこは社会の底辺から叩き上げた持ち前の気骨の強さから、気を取り戻すと、やをら腕組みをといて立ち上がるり、眼光鋭く険しい顔で、江梨子に対し
  「今日は、採用の面接だよ」「親族会議とは違うんだ。場を弁えて話しをしなさい!」
と、一言注意したあと、これ以上彼女に田舎のことを喋らせては自分の恥を晒しかねないと警戒して、すぐに表情を和らげて、そこは可愛い姪でもあり、若いのに家督を継ぐとゆう堅固な考えや、自分の恋を実らせる現実的な方法を聞かされて、流石に母親である姉の強気な性格を受け継ぎ、生活感覚がよく似た逞しさがある。と、すっかり感心して次の質問についての言葉を失ってしまった。
 
 暫し沈黙の間をおいて、江梨子の答えに一人だけクスッと笑った明るい声が部屋の雰囲気を少し和らげた。
 声の主は、入り口で受付を担当していた社長秘書で、江梨子の目から見ても羨ましく思うほどスレンダーで、江梨子が憧れる都会のOLとして洗練された容姿の木村さんで、社長は江梨子に対する質問のやり場に困り
  「おいッ! 木村君 君はこの子の答弁をどう思うかね?」
  「役員達は、職責を忘れて、彼女の話に圧倒されてポカーンとしているが、社長として私情を挟む訳には行かないので、君の意見を参考までに聞かせてくれ給え」
  「今の若いもんは、皆、このように卒直に自分の考えを言うものかね?」
と、苦し紛れに声をかけたところ、木村さんは真面目な顔をして、細いながらも透き通った静かな声で
  「社長さん。 私は、御家族や先祖様との絆を大切に思う自分の考えを、この場で臆することなく堂々と述べられたことは、お歳に似合わない素晴らしい考えをお持ちの方だと、ひたすら感心して聞いておりましたわ」
  「私を含め、今時、こんなに御自分の意見を堂々と述べると言うことは、そう多くはおりませんわ」
と言って褒めてくれたが、江梨子にはその言葉がとても嬉しかった。 
 江梨子は、木村さんの一言でなんだか気が抜けたように急にしおらしくなって下をうつ向いてしまった。 
 彼女は、内心、控え室で見た人達の年令や服装等から自分は到底かなわないと自信を喪失し、それに役員達の質問や態度から、結果は不採用だと判断すると、自分としては不思議にも冷静な気持ちで、言うだけのことは言ったし、もう結果等どうでもいいわ。と、緊張感から開放され半ば開き直った気持ちになり、彼女らしく落ち着きをを取り戻し、やっぱり自分にあった生活が出来る田舎に帰ろうかなぁ~。と、少し弱気な思いが胸をかすめた。
 そうなった場合、小島君は果たして一緒に帰ってくれるかしら。と、チョッピリ不安な思いが心をよぎった。

 社長は、木村さんの返事を聞いたあと、周囲を見渡したのち、江梨子に対し
 「今、ここから当社の筆頭株主である母親に電話して、採用された旨話して安心させなさい」
と指示したので、江梨子も予想に反した社長の一言でホットして我に帰り、社長の前に進み、机上の電話をそっと取りあげて実家に電話を掛けた。
 社長は、髭をなでながら薄笑いを浮かべて、彼女の顔を上目で覗き込む様に見ていたが、電話に出た母親の種子が、彼女の採用決定の連絡に対し、採用のことはわかっているのか、そんなことにお構いなしに
  「ここに小島君の母親も心配して来ておられるが・・」
  「夕べは、小島君と一緒のベツトで休んだのかネ?」
と、思いもよらぬ返事をしたので、彼女は
  「うーん。。。。 お母さんったら、もう~嫌ネ。そんなこと、どうでもいいでしょう~!」
  「会社が手配しておいてくれた、ホテルの綺麗なお部屋で別々に休んだわ」
と答えるや、種子はガッカリした様な沈んだ声で
 「お前達は駄目なもんだねえ~。この意気地無しっ!もう情けなくなってしまったわ」
 「わたしの気持ちを少しでも理解しようとしないんだから・・」  
 「村の年寄りは、皆、孫をおぶって自慢話に花を咲かせているわ。もうこの歳になれば、名誉や財産なんてどうでもいいわ。わしも毎朝人の輪にはいって人並みにお喋りして過ごしたいんだよ」
と呟いていたが、そんな会話は社長には聞こえる筈もなく、彼女の態度から会話の雰囲気を察して、彼女から受話器を取り上げ
  「いやぁ~ お元気の様ですネ」 「今度は、私が姉さんに恩返しをする番になりましたネ」
  「江梨子も、暫く見ぬうちにすっかり大人になり、姉さんの若い時と同様に強情・・・イヤイヤ、意思が堅く、それに歳に似合わぬ淡い色気を漂わせ、それでいて口も達者・・イヤイヤ、自分の意見をきちんと話すので、感心致しましたわ」
  「姉さんの教育の賜物ですね」
  「今後は、私が責任を持って、姉さんの希望に沿うように育てますので、どうぞ御安心ください」
と、何度も言葉を言いなおしながら額の汗をぬぐい、受話器に向かい恭しく頭を垂れて言ったあと、続けて
  「会社は、全員が一丸となって頑張った結果、今期の業績も大変成績が良く。いずれ社員を伺わせ報告させますので、来月の株主総会には、遠路をわざわざおいでくださらなくても・・」
と姉を敬遠し、立ちあがって受話器にその都度頭を垂れていたが、終わるやホットした顔になり「これで俺の首も繋がったわ」と、ブツブツ呟いて、あとは専務に任せて部屋を出て行ってしまった。

 江梨子は面接室を出ると、急いで小島君の待っている階下のロビーに行くと、彼は長椅子に横たわり顔に新聞紙を乗せて眠っていた。 彼女はそんな彼の姿を見て、なぁ~んて呑気なんだろうとチョピリ悲しい思いに駆られたが、少し間をおいて落ち着くと、腹いせ紛れに彼の脂の滲んだ鼻先を思い切り強く摘んだところ、彼は驚いて起き上がり、疲れきった様な小声で「遅かったなぁ~」と呟いたので、彼女は新聞を取り上げて丸めると、彼の頭をポンと軽く叩き、小声で
  「なに言っているのよ~」「わたし、一生懸命に頑張って来たとゆうのに・・、しっかりしてよ~」
と、すねながら答えて二人とも採用が決定したことを教えると、彼は急に瞳を輝かせて
  「そぅ~か お前、頑張ったんだなぁ~」 「また、お前に借りを作ってしまったわぁ~」
と、如何にも嬉しそうに笑い、元気を取り戻して
 「急に腹が空いてきたよ」「取り敢えず、飯を食べに行こうよ」
と言いだして、二人で足取りも軽く腕を組んで廊下を歩きだしたら、後方から顔なじみになった阿部さんが大声で「小林さ~ん、小島さ~ん、一寸、待っててくださいよぅ~」と叫びながら駆け足で追いかけて来た。

 

 

  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする