理恵子は、風呂場から出ると織田君の視線を避けるように隣に腰掛けると、彼は呑んでいた缶ビールを差し出して「リーも、一口飲むかい」と言ったが、彼女は小声で「いらないゎ」と言って立ち上がり、持参してきた風呂敷包みからお弁当をテーブルに広げると、彼は
「あぁ~旨そうだ! お腹も空いたね」「一緒に食べよう~ょ」
と言いながら、海苔巻きをほおばり、彼女に
「こんな暑い日は、食べて体力をつけないといけないよ」
と言ってくれたが、理恵子は食欲がなく、缶コーヒーを開けて飲んだ。
彼は食事しながら彼女の顔を見ることもなく、途切れ途切れに
「切ない思いをさせてゴメンナ」 「身体は、大丈夫か」 「リーのことは、一生、面倒を見るから心配するなよ」
「お互いに自分に忠実に生きるためにもね」
等と言ってくれたが、理恵子は細い声で
「モウ ソノオハナシハ ヤメマショウ」
と答えると、彼はビールで口をすすいだあと、再び、彼女を抱き寄せて軽いキスをしたが、理恵子は彼の背中に手を廻して抱きつき胸に顔を埋めて
「 アイガ タシカメラテ ウレシカッタワ」
と囁くような細い声で言いながらも、零れ落ちる涙に堪えきれず小さく嗚咽した。
彼は何も言わずに軽く背中を擦って、いたわってくれたので、その優しさが一層身にしみて嬉しく感じた。
窓外の街灯も灯り薄暗くなった頃、帰宅時間を思案していた、理恵子が
「わたし、こんな泣きはらした顔では恥ずかしくて街に出られないし、家に帰ることも出来ないゎ」
と言うと、彼は
「それもそうだな」 「狭いけれど、君さえよければ泊まっていってもいいよ」
と言ってくれたが、理恵子は泊まって彼と一緒にいたい気持ちは山々だが、翌日家の人達の手前帰りずらくなるし、それに、初めて抱かれた衝撃が頭に強く残っていて、若し再度求められる様なことがあっても、それに応える気力も欲求もなく、一寸、考え込んだ末
「遅くなっても帰らしてもらいますゎ」
と返事をすると、彼は
「ウ~ン 帰るならば途中まで送って行くよ」
と、自分が心配したことに拘ることもなく返事をしてくれたので、内心ホットした。
理恵子は、辺りが暗闇になった頃を見計らい、織田君に促されえて部屋を出ると東横線で蒲田駅まで送られ、駅前で改めて言葉を交わすこともなく顔を見つめ合い軽く手を握りあって別れると、池上線に乗り換え席に腰掛けることもなく久が原駅まで、途中通過した駅もわからずに今日の出来事を多少心めいた気持ちで、ボンヤリと夜景を見とれて思案しながら帰宅したが、すでに門灯は消されて家族は休んでいる様であった。
忍び足で自室に入り、灯をつけずにワンピースを脱ぐと、気になっている下腹部に消毒用のアルコールのしみたカット綿をあて、シュミーズ姿のまま窓を開けて椅子に腰掛けると敷居に足を乗せて、十三夜ころか、青い月の光に照らされながら、放心したように心地よい夜風に身を晒していた。
彼女は今日の出来事とあわせ、今頃は月の砂漠を黙々と旅しているであろう亡き実母の秋子の面影や、自分の卒業を楽しみに待っててくれる故郷の義母の節子母さんのことを想い浮かべ、二人は果たして事実を知ったとき、自分のとった行動をどの様に思うだろうか。
更には、帰りの車中で彼が語っていた、<大学卒業後も、今の社長に恩返しする為にも、2~3年は今の会社に勤めるつもりだ。勿論、教職課程は履修しているが・・>と話していたことから、近い将来に一緒になれない彼の重い言葉等を思い巡らせていた。
然し、彼の仕草から、これまでに女性の肌に触れていないことが確かめられたことが、何よりも嬉しかった。
すると、入り口のドアーを軽くノックする音が聞こえたのでビックリして振り向くと、お盆にサンドゥイツチと牛乳瓶を乗せた白い腕が伸びて顔を見せずに、珠子が小声で
「お疲れ様でした。これ食べてください」
と囁くので、理恵子は
「アラッ 珠子さん」「良かったら、はいりなさいョ」
と声をかけると、彼女は
「本当に、いいんですか」
と聞き返すので、理恵子は
「月夜で明るいので照明はつけませんが、わたしも下着のままですが、なんだか気持ちが落ち着かないので、貴女さえ良かったらどうぞ」
と答えると、彼女はノースリーブの薄いネグリジェ姿で部屋にソロリと入って来て、理恵子の脇の座布団に足を崩して座ると
「暑いのでお掃除も大変だったでしょうネ」 「大助の部屋を見れば、おおよそ想像できますゎ」
「大助の部屋なんか、足の踏み場もないくらい乱雑で、下着や敷布も言わない限り、何時までもそのままで、汗臭くて嫌になってしまうが、織田さんのところは大人ですのでそれほどでもないと思いますが、それでも独身の男性ですもの・・」
と言ったあと、理恵子の顔を覗き見るようにして
「顔色がだいぶ青白い様ですが、体の疲れ以外にも、何か精神的なショックでもあったんですか」
と聞くので、理恵子は
「いいえ、別に・・」 「そんな風に見えますかしら。月の光のせいかもね・・」
と返事をすると、珠子は理恵子が敷居に乗せて伸ばしている足に手を当てながら、少し言うのをためらっていたが、理恵子は
「珠子ちゃん、同じ年代の女性同士ですもの、気になることがあったら遠慮せずになんでも言って下されない」
「わたし、珠子ちゃんなら、心から信頼していますので、何でも安心して話せるゎ」
と、理恵子も昼間のことが人に察しられないかと気になり、なんなりと話をする様に促すと、珠子は遠慮気味に
「アノゥ~ 本当にいいのですか」 「わたし、相談を兼ねて、真面目にお話をしたいんですが・・」
「理恵子さんの傍に座ったとき、消毒用のアルコールの臭いがしたので・・」
と言って口篭ってしまつたが、理恵子が
「ソウ~カシラ」「ゴメンナサイネ」
と小さい声で返事をすると、珠子は蚊の鳴く様な小さい声で、ネグリジュエの裾をいじりながら、下を向いたまま
「イインデスヨ」 「ワタシ オンナノカンデ アルイハ・・ト オモッテ ハナシオシタ ダケデスノデ」 「シンパイ シナイデクダサイネ」
と言ったあと、理恵子の半ば同情と救いを求めるような問いかけに、珠子も彼女の心境を察してか、自らの経験とそれに伴う苦悩を話してくれた。
日曜日の朝。 今日も快晴で朝から陽ざしが照り映えて暑い一日になる様だ。 理恵子は、珠子の手伝いを得て海苔巻きや稲荷寿司と焼肉にレタスとウインナーや卵焼きなどの惣菜を作ったあと、掃除用のスラックスやタオル等衣類を袋に入れると、水色のワンピースに着替え終わると、護衛役の大助を伴い三人で等々力に向かった。
駅前商店街で彼の下着や洗剤などを買い、彼等は織田君が書いてくれた地図を頼りに歩んだが、成る程、学生や勤め人など単身者専用の似たような小さいワンルームの賃貸住宅が並んでおり、理恵子は探すのに大変だゎ。と、珠子と話ながら歩いていると、大助が
「姉ちゃん達は、僕から離れてついてこいよ」「僕、先に行って見つけたら手招きするから」
と言って先に行き、順番に表札を見ながら歩いていたが見つからず、見落としたかと思い、今度はゆっくりと後ずさりしながら再度表札を見て廻ったいたところ、彼の後ろから来た自転車が尻にぶつかり「痛テエ~」と叫んで後ろを見たら、髭のお巡りさんがニッコリ笑っており、大助も咄嗟に挨拶代わりにニコットと作り笑をして
「これは、文句を言うには相手がワルイヮ~」
と呟いたら、お巡りさんは口髭をピックと動かすようにして不審そうな顔をして小さい声で
「ワルイノワ 君だよ!。後ろに下がるときは後方にも気配りして注意して歩きなさい」
「ところで、君は何をしているのかネ?」
と、質問されたので、彼は素直に目的を話すと、お巡りさんは納得したのか
「直ぐそこの角に交番があるから一緒に来なさい。名簿で調べて教えてあげるから」
と言われ、彼は安堵して二人を手招きで呼んで、交番に行ったらすぐわかり、三人はお礼を言って交番から出て教示されたとおりに進むと、彼の表札が掲示された家の前に辿りついた。
珠子と大助は、入り口前で次回訪ねるためにもと周囲を眺めたあと理恵子と別れ、帰り際に交番で大助が
「先程は有難う御座いました。お陰さまで僕の責任も果たせました」
と礼を告げると、お巡りさんは
「この暑い最中、君は恋人のために提灯持ちかい、いやご苦労さん!」
と冷やかされたので、大助は頭をかきかき「お巡りさん、この真昼間に提灯はイラナイや」とユーモアたっぷりに返事して、珠子と笑いながら丁寧に頭を下げて礼をして、揃って上野毛公園の方に向かって歩いて行った。
理恵子は、二人と別れると早速マンションの部屋に足を踏み入れたが、彼の言う通り相当乱雑になっていたので、窓を開けて外気を流し入れて辺りを見回し、彼の日常の忙しさを察した。
そのあと、彼女なりに作業順序を考えて衣服を着替え髪をタオルで覆って身支度を用意すると、図書や設計の用具を片付けたあと部屋を掃除し、洗濯物を分けて洗濯機に入れ、狭いキッチンと風呂場を洗剤で洗い流し、一通り作業を終えると、彼が汗をかいて帰って来ると思いお風呂を沸かしておいた。
掃除を終えると、汗ばんだ顔を洗い化粧を直して着替えし、枕元の棚にお花を飾り腰掛けてジュースを飲みながら、壁に掲げらている故郷の飯豊山の麓で撮った二人の写真を見て、高校時代を懐かしく想いだして眺めていたら、彼が帰って来て
「いやぁ~ 暑い、アツイ」 「おや、見違えるほど綺麗になったね。やっぱり女性は掃除がうまいわ」
「汚れていてビックリしただろぉ~。別の部屋になったみたいだ」
と言いつつ、感心しながら椅子に腰を降ろしたので、理恵子が
「お風呂を沸かしておいたヮ。汗を流したら・・」
と言うと、彼が「ウ~ン それは有難い」と呟いて入浴すると、彼女は買ってきた下着とバスタオルを脱衣場に揃えて出しておいた。
彼は、風呂から上がると、新しい下着を着て
「下着まで用意してくれたのか」「こんな細かい心遣いが、如何にもリーらしいな」
と言いながら、いきなり理恵子を抱きしめて激しいキスをしたあと、耳元で
「そのワンピース涼しそうでよく似合うよ」「リーの足が一層艶ぽく見えるな」
「この間は、随分、僕達のことについて自信なさそうに言っていたが、今日は思いきって、僕の本心を知ってもらうために抱いてもいいか?」
等と静かな口調で言い出したので、理恵子は抱かれたまま、彼の肩越しに両手を絡めて耳もととに頬を寄せ、いつかはこのようになると覚悟をしていたので、自分でも驚くほど冷静に、小声で
「あなたさえ良かったら、ワタシ オマカセ スルヮ」 「アナタノ スキナ ヨウニ シテ・・」
と返事をすると、彼は意欲満々に、早々と窓のカーテンを引きエアコンを少し強めにしてから、理恵子の肩に手を添えてベットの方に誘ったので、理恵子は彼に促されるままにベットに向かい、バックを取り寄せて用意してきた避妊具を枕元にソット隠すように置いてから、彼が興味深々と目を光らせて見ている前で、羞恥心を忘れたかの様にワンピースを脱ぎかけたが、彼の視線が異様に気になり思いなおしたように「ワタシモ アセオ ナガシテクルワ」と言ってシュミース姿で風呂場に行き、丹念に身体を洗ったあとバスタオルで身を包み下着を着たままベットに素早く滑る込むように入った。
彼女は、恥ずかしさと未知の不安に少し硬直した身体を、横たわっていた彼の胸に自分の胸を ピッタリ と押し付けて全身を見られない様にと寄り添えた。
彼は身動きがとれずにいたが、少し間を置いてから「本当にいいんだな」と念を押す様に言ったので、理恵子は「ナニモ イワナイデ」と答えると、彼は強引に彼女を仰向けにするや、手荒くブラジャーやパンテーを剥ぎ取り全裸にしたので、彼女は観念して目を閉じ両手で顔を覆い隠し、本能的に足首を交差して堅く閉じていたら、彼は、ぎこちない仕草で乳房を愛撫したり乳首にキスていたが、やがて興奮して本能が燃え上がり、いきなり彼女に覆いかぶさってきた。
理恵子は、上にのしかかられる黒い影を察した途端、彼が無理やり両足の間に割り込んできて下半身が触れたと思った瞬間、下腹部に痛みと熱い体感を感じ、思わず小声で「イタイッ! ヤメテエ~」と叫んでしまった。
彼は、そんな彼女の声を無視して、途中抜去して避妊具を装着するや再度強引に挿入し、やめることなく行為を続けたので、理恵子は彼に押さえつけられる様に抱かれて身動きできず仕方なく精一杯我慢していた。
彼女は目を閉じて横を向いている顔や首筋に彼の熱く荒い息吹きを浴びながらも、両手は彼の両脇や背中にしがみついて彼に全てを任せ、時々、あえぎながらも苦痛に耐えていた。
暫くすると、彼が離れたので、理恵子は彼に背中を向けて両手で顔を覆い、自分でも訳がわからないが、涙がしきりに溢れてきて、声を出さずに咽び泣いてしまった。
彼が風呂場に行くと、理恵子は急いで用意してきた消毒用のアルコールの滲みたカットメンで下腹部を拭くと、真紅の鮮血がわずかに付着しており、一瞬、ギクッ としたが、自分に言い聞かせる様に、「コレデ イインダヮ」と心の中で呟き、急いでバスタオルで身体を覆って、彼と入れ替わりに風呂場に行き、彼の体臭を消そうと全身を丁寧に洗ったあと、水を何度もかぶって高ぶっている気持ちを静め、髪と化粧を直し上着を着て部屋に戻ると、彼は冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいた。
梅雨明けの夏の陽光が容赦なく照りつける土曜日の昼下がり。
理恵子は、織田君の家に明日伺えるとゆう嬉しさから心が弾み、久し振りに時々通う近くのテニスクラブに出掛け様としたところ、珠子も「わたしも一緒に連れて行って」と言われ、二人でラケットを持って出かけた。
珠子は、常に運動をしている上に、運動神経も優れており、二人で渡り合ったが、彼女は長いことしていても息が上がらなかったが、理恵子は運動不足のせいか先にくたびれてしまい、2時間ほどして帰宅した。
汗を流したあとは気分も爽快で、廊下の椅子に腰掛けて雑談を交わしていたところに、大助が野球の練習から疲れた素振りで帰ってきて、二人の傍に腰掛けて黙って二人の話を聞いていたが、理恵子が
「列車の混雑しない10日ころ、田舎に帰る予定にしているんだけど」
と言い出したら、大助は途端に元気を取り戻した様に
「理恵姉ちゃん、ほんとぅ~。こんな暑い日は、あの田舎の大きな川にザブンと飛び込みたいなぁ~」
「織田のお兄さんも帰るんだろ~」「サワガニの唐揚げはうっまいからなぁ」
と言って嬉しそうに笑うと、珠子も
「わたしも、とっても楽しみにしているヮ」 「兎に角、あの盆踊りは郷愁があって、やっぱり都会では味会えない独特の雰囲気があるわネ」
と、待ち兼ねている様に喜んだ。
夕食後、大助が母親の孝子に対し、城家の毎年恒例になっている、理恵子の田舎に遊びに行く予定を話すと、孝子は理恵子に
「わたしは、今年は病院の都合で行けないヮ」「二人を宜しくお願い致しますネ」
と残念そうに言うので、理恵子は
「仕事を持つとゆうことは、大変なことなのネ」
と同情したあと
「わたしや両親が、お世話するので安心してください」
と慰めた。 孝子は大助に対し
「お姉ちゃんは心配ないけれども、あんたは、お調子者で親として少し心配だが、お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くのょ。それが条件だわ」
と注意したら、 珠子は母親に同調して強い口調で
「そう~ョ、判ったわネ」
と念を押すと、大助は
「大丈夫、ダイジョウブ ゴシンパイムヨウ!」
と言って、孝子や珠子の忠告など何処吹く風とばかりに笑っていた。
理恵子は、この前の夜の話もあり、遠慮気味に小母の孝子に対し
「アノ~ォ、明日の日曜日に、織田君の家に行こうと思うんですが・・」
「わたし、彼の家に行く道順が良く判らないので、珠子さんに案内していただこうと思うんですけど。宜しいかしら」
と話すと、孝子は
「この前、等々力とか言ってましたね」
と言って、更に
「あの辺は自分も最近行ってないが、おそらく最近は開発されていて地図だけでは不安でしょうネ」
「珠子も、夏休みで家にいるので、結講ですよ」
と気持ちよく返事をしてくれたが、すかさず、大助が例によって目をパチパチさせて
「最近、ニュースでは時々女の人が刃物で襲われると報道されているが、若い女の二人が家を探すためにキョロキョロしていると不審がられて、物騒だよ」
「僕が、一緒について行ってあげるよ」 「この暑さでは、皆、脳が可笑しくなっているからなぁ~」
と、最もらしく言うので、母親の孝子も大助の言うことも一理あると思い
「そうだはネ」「どうせ大助も家で碌に宿題もせずゴロゴロしているんだから、一緒に行ってあげなさい」
「あなた達は、織田さんの所は初めてなので、家にはお邪魔しないことョ」
「帰りには付近の上野毛公園を散歩してきなさい」「木々がこんもりと繁茂していて、涼しいかもョ」
と話すと、大助は
「ウエ~ お姉ちゃんとか。何か美味しいものを奢ってくれよ」「それと帰りの散歩中に、やたら僕を怒らないでくれよ」
「背が高くイケメンの僕が、年上のオンナノコとデートしていると、行き交う人に見られる僕の辛さを考えてくれよ」
等と言うと、珠子も負けずに
「なに言っているの。本当はタマコちゃんと、デートしたいのでしょう」
と笑って答えると、大助は
「いやぁ~ご免 ゴメンだ、小遣いもないし・・」
と手を顔の前で振って笑っていた。
理恵子は、少し不安に思っていたことを、孝子が先取りするかの様に話をしてくれたので内心ホットして、珠子を自分の部屋に誘い、明日の朝、お弁当に海苔巻きをつくることや、途中で織田君の下着と洗剤や消臭剤それに花瓶とお花等を買って行くことを話した。
珠子が、部屋を出ると早速、織田君に電話して
「明日は、必ずお邪魔しますからネ」 「休日だし、お家にいるでしょうネ」 「もう、準備はしてしまったヮ」
と告げると、彼は相変わらず少し太い声で
「いや~ぁ、申し訳ないが、午前中だけ会社に行かせてくれ」 「休日でも、急ぐ仕事があるので」
「暑いところ大変だが、途中気をつけて、先に家に入っていてくれ」 「午後1時頃には、必ず帰るから・・」
と、返事をしていたが、声色から察して彼の返事は間違いないと納得して
「いいゎ。暑いのに大変なのネ」 「勝手にお邪魔して、お掃除をさせていただくヮ」 「なんだか、今夜は良い夢を見られそうだヮ」
と、嬉しさがこみ上げてきて、明るく弾んだ声で答えた。
理恵子は、帰宅後シャワーを浴びたあと浴衣を着て居間に入ると、病院から帰宅していた小母の孝子と珠子や大助が、彼女を待ちかねていたかの様に、大助がアイスコーヒーを飲みながらニコヤカナ笑顔で「ドライブは楽しかった?。何処まで行ったの」と聞いたので
「二子多摩川よ。都会に住んでいることを忘れさせてくれるほど景色の眺めがよく周辺も静かで、川の流れもゆったりとしていて、川原の芝生も柔らかく、大ちゃんのお陰で、とっても素晴い一日を過ごさせていただき、言葉で表現できないほど、気分が晴々としたドライブだったヮ」
「こんなに楽しい日が過ごせるなら、今まで思い悩んでいたことが、何んだったのかと不思議なくらいだヮ」
と、半ば興奮気味に話すと、孝子小母さんが
「わたしも、遠い昔、看護師になるなめ、これからどうなるのかと不安な気持ちで、わたしより先に上京し看護学校を卒業して自活していた、あなたの母親の節子さんを頼って上京し看護学校に入学したころ、休みの日には、誘い合わせては二人で、よく上野毛公園やその付近で散策しながら、節子さんと生活や仕事のこと等色々相談したもんだゎ」
「その頃の多摩川は水も澄んでいて緋鯉が泳いでいるのが見えるくらい綺麗で、それに付近が今ほど開発されていなかったこともあり、今よりずう~と静かで川向かいの川崎には稲田も広がり、田舎風のおもむきがあり郷愁を誘われたゎ」
「そうネ、大助流に表現すれば、武蔵野の面影を残していたヮ」
「この子達の前で言うのも可笑しいが、婚約したときも、あの付近を二人で散策して歩いたが、理恵ちゃんが、同じところをドライブするなんて不思議な縁だわネ」
と、壁に掲げらている亡き主人の写真をチラット見て、遠い昔を懐かしそうに想いだしながら話してくれた。
大助が「ワァ~ 母さん、素敵!」と手を叩くと、例によって片目をパチパチさせながら
「珠子姉ちゃん、早く恋人を見つけて母さんや理恵姉ちゃんの様に、僕の手本になる様なデートをしろよ」
「なるべくなら、僕に小遣いを沢山くれる人を選んでナッ!」
「僕の一生を左右することなんだから、頼むぜ」
と言って両手を合わせニヤット笑ったあと、新聞か週刊誌の読み過ぎか、調子に乗って口を滑らして
「けれど、赤ちゃんを産んだあと、離婚してこの家に戻って来ることだけは御免だぜ」
「僕は、姉ちゃんも判るとおり、おそらく大人になっても人並みの生活能力を身につける自信がないので・・」
と、真面目くさって話したところ、すかさず珠子から
「生意気言うな、この ニキビボーイ が。 だから、そうならない様に勉強するのよ」
と怒られて拳骨をくらい、大助が
「イヤ~ッ また、城家の惨酷物語だッ!」 「これでは、恋人も怖くて逃げ出してしまうわ」 「脳挫傷になったみたいだ」
と大袈裟に言って両手で頭を抱えたが、孝子も呆れて険しい顔をして
「大助、例え冗談でも、そんなことを言うものではないよ」
と注意していた。
それでも城家の夕食は和やかな雰囲気に包まれ、理恵子も昼間の感激もあり心が安らいだ。
理恵子は、夕食後、自室に戻ると椅子にもたれて遠くの夕焼け空を見ながら、織田君と話したことを思い出していたが、嬉しさを抑えきれず、奈津子さんに携帯で今日の出来事を話したら、奈津子は
「そ~ぉ、良かったわネ」 「やっぱり、故郷を遠く離れていれば、あなたも少しは積極的にならなければ、心が通わなくなるものョ」
「きっと、織田君も嬉しかったのではないかしら」 「部屋の鍵を渡してくれるなんて普通ではないことョ」
「わたし、本で読んだことがあるが、理恵ちゃんみたいな細身の女性は、男性にとって抱き心地が良いらしいってゆうわ。フフッ」
「織田君も、わたしの兄と同じように、体格が良く押しつぶされない様にネ・・フフッ」 「その点、なんだか羨ましいヮ」
と、いかにも彼女らしく笑いながらもユーモアを交えて自己の体験と感想を卒直に言ぅので、理恵子は
「アラ~ッ 奈津ちゃん、想像逞しくおしゃるのネ」 「あなたには、いつもやり込められ、わたし降参だヮ」
「彼も、あなたのお兄さんの様に、上京後は口髭を生やし、川で身体を拭いているときにチラッと覗き見したら、胸や足が毛深く、それに陽に焼けていて頑丈そうで、一瞬ドキッとするくらい怖く感じたヮ」
「最も、高校時代から腕や足が毛深い方だったけれども・・」
と、奈津子に釣られて、少しHな話かなと、ためらいつつも返事をすると、彼女は冷静な声で
「果たしてこの先、どの様な物語になるのか判らないが、幾ら恋人とはいえ、男性の部屋を訪れるとゆうことは、あなた達にとって記念すべき日になることは、多分確かだと思うヮ。 どの様なことがあっても、彼に素直に従い二人で幸せになることョ」
と、現実的に起こりうるかも知れないことを何時もの様に諭す様に答えていた。
理恵子にしてみれば、すでに何度も考えて、若し織田君の激しい求めに応じて彼を受け入れる様なことがあっても、その心の準備は出来ており、バックの中の鍵をいじりながら興奮した気持ちでお喋りをした。
江梨子にも電話をと思ったが、奈津子の話が強烈であったので、いずれ話をしようと考えて止めておいた。
その夜、ベットに入ろうとしていたら、小母の孝子がノックして部屋に入って来て、普段見られない冷たさのあるベテラン看護師の表情をして畳みに座ると、静かな口調で
「さきほどのお話の続きだけど、あなたも承知していることと思いますが、以前から、あなたの母親の節子さんから、これだけはどうしても、あなたに厳しく教えておいて欲しいと頼まれ、わたしも責任を持って教えておきます。と、お返事をしていたことですけれど・・」
「勿論、娘の珠子にも、早い機会に同じ様に教えてありますが・・」
と言って、小さい不透明で蜜封した封筒を渡され、更に続けて
「わたし病院で用意しておいたものですけど、女性は生理的に難しいこともあるので、必要が生じたら、使ってくださいネ」
「今度からは、自分で薬局に行き、準備しなさいョ」 「離れた薬局で購入すれば、恥ずかしいこともないので・・」
「女性にとっては、生理的にどうしても必要なことであり、勿論、積極的に勧める訳ではないので誤解しないでね」
と、極めて事務的に話したあと、何時もの和やかな表情で「織田君の気持ちを確かめられて、良かったわネ」と言い残して部屋を出て行った。
それは、看護師が患者を諭す様に、冷たい様な話しかたの中にも暖かい気遣いが感じられ、同時に、先々の生活に心配りしてくれている節子母さんの優しい思いやりが嬉しかった。
理恵子は、普段は胸に留めていた織田君に対する不満や愚痴を言ったあと、これだけは聞いてはいけないと常に考えていたことも、織田君に話をしているうちに、寂寞感と現在と将来に対する不安感がない交ぜになって、どうしても聞いておきたい一念にかられ、心の中ではその様なことが無いことを祈りつつも、彼の顔を見ずに震えるように小声で、思いきって
「あなた、女の人の肌に触れたことがあるの?」 「若し、あったとしても、この体格ですもの、私、あなたを攻めないヮ」
と、彼の腕に両手でしがみつく様にして身を寄せて聞いてしまった。
織田君は、黙って時折遠くを見ながら聞いていたが、彼女の話が終わったころを見計らって、黒く輝いた瞳で彼女の顔を見つめ、今まで見たこともない厳しい顔をして、ゆっくりと諭す様に
「リーも、僕の現在の境遇を知っているだろう」 「それなのに、どうしてその様なことを聞くんだい?」
「僕達は、そんなに安ぽい恋愛だったのか。と、僕の方が驚いているくらいだよ」
「奈津ちゃんや江梨子ちゃんは、皆、それぞれの道を、自分達の目標に向かい歩んでいるので素晴らしいことだが、僕達には僕達の歩む道があるんだよ」
「何も、彼女達と同じようにと焦って考えることはナンセンスだなぁ」
と言った後、続けて
「僕達位の年齢になれば、それはSEXも、二人の愛を確かめるために必要な手段かも知れないが、それだけが人生の目的ではなく、僕達の間では、自然にその機会が訪れるものだと思っているよ」
「確かに、若くて容姿の綺麗な女性に遭遇したとき、理性が迷いそうになることもあったが、お前の気持ちを思うと例え遊びであっても許されないことだと思い、それらしき誘いがあっても思い留まって、指一本触れずに過ごしたことも何度かあったよ」
「同僚には、お前は固すぎる。古い生き方だと冗談に言われ、からかわれもしたし・・」
「だけど、若くて健康的な男性なら、その様なことは誰しも経験していると思うよ」
「中には実際に行きずりの一夜の恋として、行動に出た者もいるし・・」 「然し、行動に出ることはともかく、そんなことを考えることは罪でもなく、成熟した生物である男性の自然なことだと思うがな」
「リーは僕の考えをどう思う」 「考えることも嫌らしいことかい?」
と、彼らしく自立した生活を優先する従来からと変わらない彼の考えを、胸に刻み込む様に一言も漏らすまいと聞いていて、彼にも悩みがあるんだなぁと思い、自分達のために自然な欲求を殺してまで生きる彼に一層慕情がこみ上げてきた。
彼は、理恵子が「わかったヮ」と小声で返事をして頷くと、彼は普段の顔に戻り、更に続けて
「お盆に帰る前には、社長の好意で多少ボーナスも出るし経済的に余裕が出来るので、箱根にでも遊びに行くかぁ~」
と、少し笑顔を交えて彼女を慰めるかの様に言うので、理恵子は
「わたし、少しは貯金があるので、早く行きたいヮ」 「何処でもよいので、あなたの選んだところで、思いきり遊んでみたいヮ」
と言うと、彼は苦笑して
「まだ、生活力もない、リーのお金で遊んでは、男がすたるよ」
と言って笑い相手にされなかった。
理恵子は、彼の生活に少しでも役に立ってあげたいとゆう思いと、彼に「次に逢えるのは何時?」と聞きずらいので、思いきって
「ネェ~ 今度、織田君の宿に行ってもいい?。邪魔にならない様にするから」 「いいでしょう、地図を描いてョ」
とメモ紙とペンを出して話すと、彼は
「ウ~ン それはまずいなぁ」 「それに、独身専用のワンルーム・マンションで狭く、似たような家並みが並んでいて探すのに大変だよ」
と渋い顔をしたが、今度は彼女も本来の明るい声で、彼の脇腹をくすぐる様にして、なんとか納得させようと、いたずらっぽく皮肉を込めて
「アラッ 見られて悪いとゆうことは、怪しいことでもあるの?」 「もう、わたし、少し位のことでは驚かないヮ」
と、いたずらっぽく笑って催促し、今度は彼の頬を人指し指で突っいて、返事をするまで止めないので、彼も返事に窮して
「凄く汚れているよ。なにしろ、掃除なんか、たまったにしか、していないから・・」
「それに、洗濯物も大分溜まっていて部屋の中が息が止まるくらい臭いよ」
と、なんとか断ろうとしたが、彼女は奈津子にもっと積極的に行動しなさいと忠告されたことを思い出し
「あなたが留守でも、お邪魔してお掃除や洗濯をしてあげたいの」 「ネェ~ たまには、わたしにも、我侭させてよ」
「わたし、珠子さんや大助君に家を探す道案内をして貰うヮ」 「何時がいいの?」 「わたし、もう決めてしまったんだから」
と、飽くまでも諦めないので、彼も観念したのか
「しょうがないなぁ~」 「今度の日曜日にするか」
「ただ、珠子さん達を家に入れないでくれよ。見せられたもんじゃないワ」
と渋々ながら返事してやっと承知したが、彼女が念を押す様に、彼の小指に自分の小指を絡ませながら
「当日、急用が出来たと言って、断らないでよ」 「お昼のお弁当は、わたしが用意して行きますから」
と、さっさと決めてしまったので、彼は約束は守るとゆう意思表示のつもりで、キーホルダーからマンションの予備の合い鍵をはずして渡したら、彼女はやっと安心して「無理を言って、御免なさいネ」と嬉しそうに鍵を額の前で恭しくかざしたあと大事そうにバックに仕舞いこみ微笑んだ。
織田君は、玄関先で珠子さんが用意した冷えた緑茶を美味しそうに口に含むと、一息おいて近況を簡単に話したあと、ころあいをみて「ヨシッ 行くか」と言って立ち上がり、玄関前で黒塗りの大型オートバイにまたがると、理恵子がリュックを背負い出てきて、大助から足の乗せ場や掴まるところを教えられて後部に乗車したが、彼が理恵子の服装等を見て、いかにもドライブに似合う姿なのを意外に思い
「ヘルメットやJパン姿が案外似合うなぁ~」 「何時、準備したんだ」
と感心した様に言うので、彼女は
「これ全部、大助君に準備して貰ったのョ」
と答えると、彼は大助にお礼を言って、珠子達に見送られて爆音を残して出発した。
街中を走行中は、スピードも上げずに慣れた運転で家並みを過ぎて行き、彼女も初めて乗る割りに怖いとも思わなかったが、程なくして多摩堤通りに出ると、交通量も少ないためか、彼はスピードを上げて走りだしたので、彼女は彼の幅広い背中が風よけになり、心地良い涼風が顔を撫でる様で気持ちが良かったが、スピードが早すぎるのが気になり
「ネェ~、もうちょっとゆっくり走ってョゥ~」
と声をかけても、彼は聞こえないのか知らん顔をしてそのまま多摩川の上流に向かって運転を続けたが、彼女が背中に顔を寄せて
「ネェ~ 聞こえているの」 「あまり早過ぎると、わたし 怖いヮ」
と叫ぶと、聞えたらしく少しスピードを落としたので、彼女は運転中の彼に話し掛けるのは迷惑かなと思いつつも、胸に溜まっているモヤモヤをどうしても吐き出したくなって、我慢しきれずに
「ネェ~ あなた、今までに、こんな風にしてオンナノコを乗せて、遊びに行ったことがあるの?」 「教えてエ~」
と聞いても、彼は返事をしないので、少し声を大きくして同じことを聞いても答えないので
「聞えているの~」 「一緒に行っていても、わたし、構わないけどサァ~」 「正直に、教えてョ~」
と肩を二、三度強くつっいて尋ねても答えないので諦めてしまい、そのまま走行して多摩川園の前に来ると入園口付近で一担車を止めて、何事も無かったような顔つきで「ここが、多摩川園だよ」と遊園地内の施設等を簡単に説明して、再び、綺麗に舗装された道を尚も上流に向かって走り出し、二子玉川の橋を越え暫くして河川敷にある整備された野球場めがけて降りて行き 「ここで、少し休んでゆこう」と言って車から降りた。
芝生に腰をおろすと、彼は振り向きもせずに
「川で身体を拭いてくるよ。一緒に来ないか。川に足を入れただけでも、気分爽快になるよ」
と誘ったので、彼女は言われるままに彼の後について行くと、彼はシャツを脱ぎズボンを捲し上げて川に膝辺りまで入り、タオルで身体を拭き始めた。
理恵子も、彼の真似をしてJパンを膝下まで巻くし上げて、恐る恐る川に足を踏み入れると、川の底は玉砂利で流れも緩く水も澄んでいて、ヒンヤリとして体全体が冷えてゆくようだった。
彼は、一通り体を拭き終えると、彼女の近くに寄って来て
「リー(彼女の愛称)、相変わらず足の色が白いなぁ~」 「たまには運動をしているのか」
と脛に手を触れながら呟くので、彼女は無意識に彼の手をよける様に足を少し引いて
「ウ~ン たまには珠子さんや近くの学校友達とテニスをしているヮ」
と答えた。
彼に手を引かれ川から上がり、芝生を素足で踏みしめて歩くと柔らかいその感触が、故郷の公園を彼と歩いた当時を想い出させ懐かしかった。
オートバイを駐車したところに戻ると、彼は両足を前に投げ出す様にして腰をおろしたが、彼女は彼に寄り添う様にして横崩しにして座り、リュックサックからジュース缶を取り出して彼に黙って渡してあげた。
彼は大分喉が渇いているとみえ「いやぁ~ これは美味しい。アッ 田舎の近くにあるリンゴ園のジュースだな」と珍しそうに言いつつ飲んで、途中で「リー 僕の飲みかけでもいいか」と差し出したので、彼女は
「もう一本あるけど、全部飲みきれないので、あなた、帰るとき持って行きなさい」 「わたし、それを戴くヮ」
と返事をして受け取り二口飲んで彼に返した。
この様にして、二人で一缶のジュースをなんのわだかまりもなく飲みあうのは、高校時代以来で懐かしい想い出が次々と故郷の情景と重ねあわせて甦ってきた。
彼は、故郷の大川を思い出しているのか、静かにゆったりと流れる川面を見ながら、多摩川も以前は生活用水で汚染されていたが、最近は浄化されて鯉は勿論鮎まで昇ってくるようになったんだ。と、故郷の川と比較しながら話し続け、そのあと対岸を見つめて、この少し先にある白く霞んで見える建物が自分の通う学校で、宿は学校に近い等々力町だよ。と、指で方角をさしながら説明していた。
理恵子は話を聞きながら、彼は普段どの様にして過ごしているんだろうかと聞きたい思いにかられた。
彼は彼女の心を見透かすように、更に話を続け、このオートバイはアルバイト先の建築会社のもで、社長が通学やアルバイトの現場に行くときに使いなさいと言って貸してくれたものだが、社長は親切な人で、僕と同じ大学の先輩で勉強も教えてくれ、おおいに助かっているよ。とも話をしていた。
理恵子は、その都度「そうなの、いいわネ」と返事をしていたが、どうしても聞いておきたいとの思いから、彼の腕に手を絡ませたり、周りの草をむしりながら、時々、彼の横顔をチラッと覗き込んだりしつつ
「織田君 さっきも聞いたけれど、聞えない振りをして返事をして貰えなかったので、しつこい様で悪いけど、あなた、学校か職場に好きなオンアノコでもいるの?」
「去年のお盆以来、全然、顔を合わせてくれないので、メールで聞く訳にもいかず、いま、直接、あなたの口から聞きたいの」
「ネェ~ 正直に教えてョ」 「もしもョ、仮にいると聞いても、わたし、この場では涙を流すことがあるかも知れないが、声を出して喚く様なことはしませんから」
「それは、家に帰ったあとは、大泣きするかもしれないけど・・」
「両親や他の人には絶対に話はしませんので・・」
と、勇気を出して尋ねると、彼は渋い顔をして
「どうして、そんなくだらぬことを聞くんだい」 「それは、学校や職場で日常的な話をするくらいの女の人は何人かはいるサァ~」
「そんなこと、この広い世間では当たり前のことだよ」 「リーだって、普段、話をする男の友達がいるだろぅ」
と答えたので、彼女は
「奈津子なんて、もう彼氏と新婚夫婦みたいに生活しているワ」
「江梨子も、気持ちはすっかり婚約している見たいに堂々と落ち着いて過ごしているヮ」
「わたしだけ、一人ぼっちで寂しくなって不安に駆られることがあるヮ」
「この間なんて、二人にこもごもと、もっと積極的に行動しなければ駄目ョとか。なんのために、わざわざ東京に出て来のサ。と散々言われちゃって答えに困ったゎ」
と、彼の切角の休日に愚痴を零すことは悪いと承知しながらも、胸にたまっている思いの全てを愚痴って話た。
織田君は理恵子の話しに興味をしめさず、子供ぽいことをきくなよ。と、言わんばかりに面白くないような顔をしていたが、彼女も理屈は判っているが日々の心の中にたまっている寂しさを抑えきれず、つい口走った自分が情けなくなってしまった。
織田君が迎えに来ると約束の日曜日の朝は、晴れていて日中はかなり暑くなりそうだが、風は穏やかでドライブには快適な日和であり、理恵子は胸をときめかせて待っていた。
なにしろ上京後初めてのデートあり、昨夜から彼の近況についての話題や愚痴等取り留めもないことを、あれこれ考えて満足に眠れなかった。
その日の朝、大助は居間でゴロンと寝ころんで雑誌を見ていたら、姉の珠子が険しい顔つきでジレッタそうな声で
「大助ッ!理恵子さんの支度を一体どうしてあげれば良いの。昨日あれほど頼んでいおいたのに・・」
と、理恵子のドライブ用の服装について催促されるや、彼は読んでいた雑誌を放り投げて、慌て
「コワ~イ 姉ちゃんのためなら エ~ット コラッ」
と、皮肉混じりに答えて、自転車に乗りリュックサックを肩にかけて肉屋の健ちゃんの店に一目散に向かった。
健ちゃんは、朝の仕込みで忙しそうであったが、大助が
「健ちゃん、おはよう~」 「僕、健ちゃんにお願いがあってき来たんだけど・・」
と挨拶すると、彼は見向きもせず
「朝からなんの用事だっ!」「お前は、いつも気楽で羨ましいよ」
と顔の汗を拭いながら振り向きもせず仕事しながら答えたので、大助は
「アノ~ゥ 実は、理恵子姉ちゃんが、今日、友達とオートバイに乗せてもらってドライブに行くんだが、埃に汚れてもいいように、健ちゃんのジーパンを貸してくれないかなぁ~」
「健ちゃんも足が長いし、丁度良いと思って・・」 「理恵姉ちゃんも、借りて欲しいと言ってるので」
と、勝手に作り話をして頼むと、彼は
「本当か!彼女が俺のジーパンをはきたいなんて信じられないなぁ~。マジか。朝から俺をからかうなよ」
と言いつつも満更でもない様に
「彼女が本当にそう言ったのなら、それは光栄だなぁ~」 「いま揚げ物の最中で手を離せないので、お前、俺の部屋に行って適当にさがせよ」
と快諾してくれた。
大助は「サンキュウ」と答えるや早速勝手知ったる健ちゃんの部屋に行き、洗いたてのJパンと大き目の新しいヘルメット、それに野球の打撃用の革手袋を取り出してきて
「これ借りてゆくよ。きっと理恵姉ちゃんは喜んで、健ちゃんの親切に感謝するよ」 「ドライブから帰ったら、本人がお礼に来るから・・」
と、あててにならないお世辞を言って機嫌をとり店を出ようとしたら、健ちゃんはニコット笑いながら
「朝からお前が飛び込んで来て面食らわせるから、ホラ出来損ないができてしまったわ。一ッ このコロッケを食べて行けよ」
と言って、出された熱そうなコロッケを美味しそうにフフ~と息をかけて立ち食いして店を出て行った。
肉屋を出ると、今度は、はす向かいの八百屋の昭ちゃんのところに行き
「昭ちゃん、おはよう~、いそがしそうだね」
「珠子姉ちゃんに言われたんだが、理恵子姉ちゃんが友達とドライブして遊びに行くのでジュースを買いにきたんだが・・」
「お金は、珠子姉ちゃんが、あとから持って来るから・・」
と、これも彼の想像的なユーモアで昭ちゃんの気を誘う様に言いながら、理恵姉ちゃんの里に近いものをと考えて、値段の高そうな<あっぷるりんご園>の、林檎ジュース2本と夏蜜柑2個を籠に入れ昭ちゃんに見せて
「これ、戴いてゆくよ」 「珠子姉ちゃんが、あとでお金を持ってきたら、今度こそ直球で姉貴の胸に響く様に思いっきり話せばいいさ」
「9回裏2死満塁で打席に立ったつもりでさ。こんなチャンスはめったに巡ってこないよ」
「僕のコーチも満更ではないと思うんだが・・」
と言ったら、昭ちゃんは大勢のお客さんの前なので少し照れて
「余計なことを喋ってないで、早く持ってゆきな。お前のコーチは当てにならんからなぁ~」
と言って笑っていた。
実際、大助の話は大袈裟で当てにならないところもあるが、笑いを誘うユーモアにあふれている。
大助は、家に帰ると早速、理恵子と珠子に
「オートバイで遊びに行くときは、なるべく ボーイシュ と言うか、オンナノコでも男の服装に近いものが流行しており、埃にまみれてもいい様にJパンに派手な色の長袖のYシャツのスタイルがカッコ良く、ヘルメットは髪型が崩れない様に少し大きめのもので、タオルで髪を覆い、手袋は洒落だよ」
と説明したあと
「試しにここで、Jパン履いてみたら。 健ちゃんも足が長いし、きっと理恵姉ちゃんに合うと思って選んできたんだよ」
と、見たこともない理恵子のナマ足を見る絶好の機会とばかりに、真面目くさって言ったところ、珠子は理恵子に
「二階で履いてみましょう」
と澄ました顔で言いながら二人で自室に行ってしまった。
大助は、またもや姉の横槍で絶好の機会を逃して「チエッ!」と舌打ちしてがっかりしてしまった。
暫くして、二人が部屋に戻ってくると、理恵子が
「大ちゃん、あなたの言う通り丁度良いヮ。少し腰周りに余裕があるが、これで結講だヮ」
「ヘルメットも、大ちゃんの言う通りにしてしてみたら、髪が全然崩れず良かったヮ」
と言って喜んでくれた。
珠子は、リュックに折りたたみの日傘を入れ、大助に
「あなたの、薄水色のサングラスも貸してあげて」
と言うので、大助は机の中から愛用のサングラスを取り出し理恵子に渡してやった。
三人で昼食を終えたころ、玄関先で「御免下さぁ~い」と、織田君の元気な声がしたので、真先に大助が返事をして飛び出して行き
「やぁ~ お兄ちゃん、去年見たときよりず~と体が大きくなり、それに陽に焼けて頑丈そうだね」
「まるで、人が違った様で、僕、ビックリしてしまったよ」
と挨拶していると、珠子が眩しそうな目つきで彼を見つめて笑いながら挨拶をすると、遅れて出てきた理恵子が
「本当に来てくれたのネ」 「内心、半分は急用が出来たと言って断りの電話がくるんでないかと心配していたヮ」
「それにしても久しぶりで心配させる人だわネ」
「上がらせて戴いて、珠子さんからお茶でもご馳走になったら・・」
と言うと、彼は玄関先で
「珠子さんも、すっかり高校生らしくなったじゃないですか。理恵子が貴女にすがりきっていて・・、有難うね」
「大助君も、背丈が伸びて中学で野球のレギュラー選手だと、理恵子から電話で聞いていたが、本当にいい体になったね」
と、久し振りに見る二人を、黒い瞳を輝かせて見つめながら、それぞれに握手をして挨拶を交わしていた。