日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (39)

2025年02月26日 04時17分45秒 | Weblog

 人の動きがけだるく感じる、日曜日の昼頃。 残暑の暑い陽ざしの照映える舗道を、健太と昭二の二人は駅前のホテルに向かって歩いていた。
 健太は、白の半袖シャツに黒色のズボンを履いてサンダル履きのラフな格好をしていたが、昭二は、めったに着たことがないグレーの薄手の背広に涼しげな水玉模様のネクタイを締めて革靴を履き、健太と並んで愉快そうにお喋りしながら歩んでいた。
 健太は歩きながら昭二に対し得意満面な顔をして大助からの電話連絡で、やっとの思いで姉貴の珠子を誘い出すことに成功し、午後1時頃ホテルに行くとの返事を貰ったことを教えたので、昭二は普段にもまして朗らかであった。

 二人は、ホテルの5階にある広い食堂の窓際に席を見つけて周囲を見渡したが、客の入りが半分位で、少し離れた席には外国人の女性3人が賑やかにお喋りして食事を楽しんでいた。 フロアーの隅では黒のドレスで身を装った若い女性が、食欲をそそる様な柔らかい曲をピアノ演奏しており、昭二が憧れの珠子に語りかけるのには、落ち着いた雰囲気が店内に漂っていた。
 健ちゃんは、椅子に座るや先輩らしく真面目な顔で昭ちゃんに対し
 「お前は、肝っ玉の小さいところがあるので、今のうちに少しワインを飲んて気持ちを大きくしておけ」
 「俺は、ビールをご馳走になるから」
と言って早速注文をし、運ばれて来るや二人は勢い良く呑み始めた。
 健ちゃんは、呑みながらも昭ちゃんに、自分が経験した女性に対する口説き方を懸命にアドバイスしていた。

 二人がアルコールで気分が乗ってきたころ、約束通りの時間に、大助が浮かぬ顔をして珠子を連れてやって来た。
 健ちゃんと昭二の二人は、大助の浮かぬ顔を見て、珠子を誘いだすために口説くのに相当苦労したんだろうな。と、少し可哀想におもった。 
 珠子は休日のため、薄水色のワンピース姿で胸に桃色のリボンつけていたが、背丈は人並みだが痩身で面長の肌が白いところが、体形的に如何にも大助と姉弟であることが一見して判り、高校生3年生にしては大人びいた落ち着いた雰囲気を漂わせており、彼女を見た健太と昭二を爽やかな気分にさせた。
 昭ちゃんは、彼女の希望でカルピスとサンドウイッチを、健ちゃんと大助には、約束通り特上の刺身定食を注文したが、ウエートレスが定食を運んでくると健ちゃんは、昭ちゃんを一層勇気ずけるためにオンザロックとビールを追加注文して、皆が、町内レクリエーションに催すソフトボールの話などをまじえ、あれこれと話が弾んで食事を楽しんだ。

 昭ちゃんは、オンザロックが効いてきたのか、何時になく冗舌になり、珠子さんに対し
  「健ちゃんは、体が大きいため運動神経が鈍く、それに店の営業の仕方も僕が、時々、教えてやっているんです」
と言い出し、聞いている健ちゃんは<オイオイ 少し話が行き過ぎでないか、大事なときに脱線しやがって・・>と思ったが、事前にコーチしたのは自分だし、オンザロックを余計に飲ませすぎたかなと思い反論するのを我慢していた。

 そのうちに、昭ちゃんが事前の約束とおり健ちゃんにウインクしてみせたが、彼は、この楽しい雰囲気から家には帰りたくなく、それに、虫の居所が変わったのか良く考えてみると、珠子さんを昭ちゃんに一人占めにされるのも癪に障り、昭ちゃんのウインクを無視して刺身を肴に飲み続けていたところ、昭ちゃんは業を煮やして今度は、テーブルの下で健太の足を蹴飛ばしてきたので、彼も昭ちゃんの足首を踏みつけてやったら、昭ちゃんは、続けざまにウインクを連発して、怒りを押し殺して睨み返して来た。

 二人が攻防を繰り返しているときに、突然、昭ちゃんが「アッ!」と呟いて掌で右目を抑えたので、ビックリした珠子さんが
 「どうしたんですの?」「目に飲み物でも入ったの・・・?」
と、心配そうに昭ちゃんの顔を覗きこんで尋ねた。 
 昭ちゃんは、うろたえながらも
 「いいえ、ここんとこの筋肉が痙攣を起こして、動きが止まらなくなったんです」
と瞼に手を当てて答えると、健ちゃんが「どれどれ」と言って立ち上がり、彼の手をどけさせてみると、右の瞼が、ヒクヒクとウインクを繰り返しており、健ちゃんも怪訝に思い
 「昭ちゃん無理するからだよ」「水で冷やしてみたら・・」
と言うと、珠子さんが大急ぎでカウンターから冷えたお絞りを借りてきて、彼の目に当てて冷やした。
 そんな優しい仕草も、健ちゃんに嫉妬の気持ちを駆り立たせた。
 運悪く、丁度その時、反対側の席に中年の派手な着物を着た3人連れの女性客が座り、その中の一人が、昭ちゃんのウインクに気ずき、自分にしてくれていると勘違いしてニヤット笑ってウインクを返してきたので、昭ちゃんは「チェッ!」と舌打ちして椅子をくるっと回して入り口の方に向いてしまった。
 すると今度は、昭ちゃんと健ちゃんの声に刺激されたのか、鳥篭のオームが「コンニチハ・・ ドウシマシタ・・」と、とぼけた口調で喋りだした。 
 彼は、いまいましげに籠の中の鳥を睨みつけ
 「コノヤロウ 焼き鳥にして食ってしまうぞ!」
と思わず叫んでしまった。
 大助は、最初のうちは自分の役目は終わったと食事に余念がなかったが、昭ちゃんの異変に食事の箸を休めて様子を見ていたが、頭の中では苦労してデートの機会を作ってやったのに、これではだいなしだわ。と、彼等の調子に乗った態度を忌々しく思い、あとで自分達の計画がバレテ姉貴が機嫌を壊さねばよいがと、自分にとばっちりが来ることを恐れ心配になってしまった。

 健ちゃんは、珠子さんに対し落ち着いた声で
 「若しかしたら、昭ちゃんはビタミン不足かも知れませんね」
と知ったか振りを装い説明して、昭ちゃんに
 「オイッ! 八百屋だからっていって 普段、野菜や果物ばかり食って入るんじゃないのか」
 「俺の店の肉をもっとたべるんだなッ!」
と、からかい気味に話すと、珠子さんが昭二をかばう様に
 「そんなことないと思いますゎ」「健ちゃんの友情が不足してるんでないかしら」
と皮肉を言うと、健ちゃんは慌て気味に
 「ソッ、そんなことないですよ。ま、まだ食事が終わった訳でもないし、突然奇妙な病気を起こすなんて、友情の不足は、コイツの方ですよ」
と釈明に努め大助を見つめて救いを求めた。大助は箸を置くこともなく無関心に
 「ドウヤラ マタ シクジッタミタイダナ」
と呟いて、食べることに余念がなかった。
 珠子は、突然のハプニングに言葉を失い少し間をおいて
 「貴方達お二人は仲が良すぎて、男性の友情って素晴らしく、わたしには本当に難しい問題ですネ」
と思いつきの返事をして、ナプキンで口元を拭ってクスクスと笑った。
 健ちゃんは、珠子に返す言葉も無く、大助の応援も期待出来そうに無いので、昭ちゃんの運の無さに呆れて渋い顔で刺身定食をヤケグイしていた。
 
 
 

 
  

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河のほとりで (38)

2025年02月22日 06時29分38秒 | Weblog

 大助は、珠子と共にお世話になった健太郎と節子に駅迄送られて来てお別れの挨拶していると、少し離れたキャサリンの後ろに隠れている美代子を見つけ、彼女の傍に行き
 「美代ちゃん。とっても楽しい夏休みを過ごさせてくれ、僕、忘れられない思い出が沢山できて有難う」
 「盆踊りのスナップ写真が出来たら送ってくださいね」 
と言葉をかけたところ、キャサリンが
 「この子は朝から機嫌が悪く、お爺さんさんから、お友達を見送るとゆうのに朝から何をメソメソしているんだ意気地なしが。と、小言を言われていたんですょ」
と彼女に代わって返事をしたが、彼女は母親の背中に顔を当てて涙ぐんでいた。
 
 これを見ていた姉の珠子が、あたりをはばからずに強い調子で
 「大ちゃん、美代子さんは寂しいのよ。 お礼を言って慰めてあげなさい」
と言ってくれたので、大助はこんなこと初めてなので少し躊躇したあと、姉と理恵子さん達に見らていることも気にせず、彼女の傍らにゆき咄嗟に彼女の手をとり
 「なんで涙なんて流すんだい。そんなことでは、僕、帰りずらいよ」
 「今度、冬休みにはスキーに来るから、そのときは回転が上手くなる様に教えてくれよな」
と、まだ、姉にも相談していないことを思いつきで言って慰めたところ、彼女はハンカチーフで涙を拭い、小さい声で
 「キットョ ワタシ マッテイルカラネ」 「サビシイトキ デンワヲシタリ オテガミヲ ダシテモ イイデショウ」
と不安そうな表情でハンカチーフで口を押さえてボソボソと呟いて尋ねたので、彼は
 「勿論いいさ。兎に角、元気を出して勉強を頑張り、来年は必ず東京の高校にくるんだよ。待っているから・・」
と語気を強めて返事をしたあと、振り向いて理恵子や珠子の顔をチラット覗いたら微笑んでいたので、その笑い顔を見て、彼女を慰めるために勝手に言ったことだけど、どうやら冬休みに美代子に約束を果たせるかなと思い安堵した。
 キャサリンは美代子の態度が恥ずかしなり、彼女に対して「こんなに貴女のことを気遣ってくれるお友達は滅多にいないのよ。わかるでしょう」と話して諭していた。
 大助も、美代子に懸命に話しているうちに、初めて経験する親しい女友達と別れる難しさで、心の中に訳の判らないモヤモヤとした風が吹き抜けて行く様な複雑な気持ちになった。


 大助は夏休みを過ごして、中学校に通い始め、久し振りに顔を合わせた友達と、それぞれのひと夏の体験を話し合い、勉強と部活に元気良く臨んだ。
 彼は、2学期に入ると柔軟でスピード感のある運動神経をかわれて、担任の教師や友人に誘われ部活を野球部から体操部に変更したこと。
 それに窓際の席に変わり、学級委員の葉山和子と隣り合わせになったこと以外に変わりなく、部活の鉄棒や按摩などの練習に熱心に取り組んでいた。
 和子はクラス全員が認めている学業成績が群を抜いているが、級友と接する態度にどこか冷たい感じを与えるところがあり、大助も彼女には一目おいて苦手意識もあり、これまでにあまり話し合ったことがない。

 大助は、長身で細身の体形から、白の運動着が良く似合い、鉄棒ではメキメキと腕をあげ、たちまち部員達の人気者になり、自身も、それまでの野球部の補欠とは違った楽しさを覚えて、正選手になろうと興味を沸き立たせた。
 最近、鉄棒で手を滑らせて着地に失敗して、右額に絆創膏を張ってはいたが、体操の面白さに取り付かれていたので、仲間から、とりわけ女子部員から冷やかされても、特別に気にもとめなかった。
 唯、授業中に教室から見える屋外体操中の組の中に、何気なく女生徒を見つけたとき、夏休みを共に過ごした美代子のことがフイと頭をよぎり、今頃、どんな授業を受けているのかなぁ~。と、想い出だし見とれて授業に集中できなかったことがあった。 
 そんなとき、隣の和子が鉛筆で腕をつっきメモ用紙に<何を考えているの?>と書いて彼の前にソット差出し、意味ありげに軽く笑っていた。

 土曜日の夕方。 姉の珠子に言われて買い物に出かけて肉屋の前に差し掛かると、健ちゃんが大きい声で
  「おぉ~ 大助!」 「お前、何時帰って来た」 「暫く見えないので、皆が、心配していたぞ」
  「昭ちゃんなんか、お前、普段、勉強をしないで野球に夢中になっているので、珠子さんが遂に頭に来て、お前を何処かに拉致して監禁し、この暑いのに猛烈に勉強の特訓を受けて絞られているのかなぁ~」
と心配し
  「できれば、俺が代わりに行ってやりたいよ」 
  「あいつも、美人で頭の良い姉を持っただけに可愛いそうだなぁ~。と、気を揉んでいたぞ!」 
  「昭ちゃんも、お前のデートのコーチが下手糞で、珠子さんに思う様に逢って話せないないので、落ち込んでいるよ」
と話しかけたので、彼はムキになって
  「健ちゃん、誰がそんないい加減なことを言ったんだい?」
と聞くと、健ちゃんは
  「ミツワ靴屋のタマコちゃんだよ」 「彼女も、お前には呆れてもう逢わないといっていたぞ。どうやら見事に振られたみたいだな」
と言うので、自分の思い込みと違ったのでフフッと笑いながら
  「チエッ! タマコのヤツ出鱈目を言いやがって」「僕も、もう遊んであげないヤッ!」
と返事をして買い物を忘れて去ろうとすると、噂をすれば影とやらで、彼にとっては運悪くタマコちゃんが、お爺さんと買い物に通りかかり、彼を見つけると
  「アラッ! 大ちゃん帰ってきたの」 「わたしを、放りだして何時まで遊んでいたのョ。もう遊んであげないわ」 
  「珠子姉さんに油を絞られていたんでしょう?。いい気味だゎ」 
  「その額の絆創膏は、そのとき、しごかれた記念なの?」
と言うので、彼は怒ってやろうと思ったが、お爺さんが怪しげな目つきで見ていたのでグッと我慢して
  「お前、運動しないで美味しいものばかり食べていたから、また、少し太ったみたいだなぁ~」 
  「宿題はチャントしたのか、僕がいなくて困っただろう」
と、彼女の一番気にしていることを皮肉ぽく返事したら、少し耳の遠くなった頑固で気難しいお爺さんは、何か勘違いして
  「大助君 タマコも君がいないと寂しがって、わしや婆さんに当り散らし、その度に嫁さんに叱られていたので遊びにおいで。ウ~ントご馳走してあげるから」
と言ったら、彼女は、お爺さんの足を軽く蹴り
  「お爺ちゃん、チガウノ!」 「大ちゃんが遊んでばかりいるから、注意してョ」
と文句を言って、お爺さんの手を引いて行ってしまった。

 大助も、健ちゃんの話に気をとられコロッケを買うのを忘れて、その場を去ろうとしたところ、健ちゃんが
  「大助! タマちゃんに振られたくらいで、そんなに落ち込むな」
  「俺が、お前や昭ちゃんにとって名案を考えついたので教えてあげるから・・」
と彼を店の奥につれて行き、健ちゃんは真面目な顔つきで、昭ちゃんが思いを寄せる珠子さんとデートする作戦を念入りに説明しはじめた。

 健ちゃんが熱を入れて説明した内容は
 昭ちゃんが、夏のボーナスを使って駅前の高級レストランに招待するから、お前は、珠子さんを<秋の町内運動会の野球に出る相談したい>と、理由をつけて連れて来い。 俺たちは先に行っているから。 
 レストラに入ったら何でも好きなものを飲み食いしても良いと昭ちゃんが言っているので、遠慮しないでご馳走になろうぜ。 そして、昭ちゃんと珠子さんが話し合い始めたら、昭ちゃんが俺にウインクして合図するので、俺とお前は退席するのさ。 どうだ、俺の考えはお前のコーチより上手いだろう。
 
 と、いったデートの作戦だったが、大助は、姉に嘘を言うことにためらいを感じ、健ちゃの話の勢いに圧倒されながらも
 「それは一寸無理だよ」「恐らく、野球なんてしないッ!と一言ではねつけられてしまうよ」
 「一層、正直に話した方が良いと思うがなぁ~」
と返事をすると、健ちゃんは
 「そ~うか 珠子さんもしっかりしているからなぁ~」「あとで、お前がえらいい目にあうかもしれんしなァ~」
 「然し、俺も昭ちゃんに約束してしまったし、兎に角、お前に任せるから、連れてきてくれよ」
と頼まれ、なんか自信がないが仕方なく返事をして、腑に落ちない気分でコロッケを思い出して買うと思案しながら帰宅した。


  

 
 

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河のほとりで (37)

2025年02月19日 04時20分47秒 | Weblog

 大助と美代子は、渦潮に巻き込まれるように踊りの輪に自然にはいっていった。
 最初は、老人会員の地元の人と里帰りしている中高年の人達が菅笠をかぶり浴衣姿で、古くから地元に伝わる民謡調の流れる様な静かな踊りで祭りの雰囲気を醸し出していた。
 暫くすると若い人達が輪に入ると自然と笛や太鼓の音頭も、中高生の奏でる吹奏楽にあわせて、テンポが少しずつ早くなり、踊りの輪も二重三重となり交互に行き交う形に変わり、それがやがて若者中心となって、最近流行のニューダンスを取り入れた軽快な踊りとなっていった。
 勿論、踊り好きな中高年者も若者の輪の外側を取り巻くように一緒になって踊りが盛あがっていった。 
 これは、雪深いこの地では、お正月に帰省する若者が年々少なくなり、必然的に、旧お盆が季節的に集い易く、懐かしい顔を合わせる唯一の機会となり、盆踊りが人々の最大の社交場となっているためだ。

 大助は、最初のうちは美代子と組んで中高生達と踊っていたが、やがて彼は背丈の低い老人達や小学生の輪に誘われる様に交わり、対面すると相手に合わせて阿波踊りの様に、時々、腰を前にかがめて、片足を交互に上げたあと、お互いに両手の掌を軽く叩きあって調子を合わせて踊っていたが、彼のその姿が笑顔とあわせて愛嬌があり、皆から盛んな拍手をうけていた。
 美代子は、踊りの勢いから自然と自分から離れて別の輪に流れ込んで行く大助を見て後を追い、彼のうしろ帯を引っ張って自分の方に戻すが、踊るほどにテンションが上がって調子に乗る大助は、またもや、踊り好きな老人の群れや面白がってはしゃぐ小学生の方に引き込まれて行き、思い返しては美代子のところに戻ってきては、彼女に睨まれて頭を団扇で叩かれていたが、彼はそんなとき、手を合せるときにわざと悪戯っぽく、片手で彼女の胸の辺りを軽くタッチしてニコット笑っていた。
 
 踊りも最高潮に達すると、櫓上の老医師は大助の踊りぶりに満足そうに笑みを浮かべて、子供達のハシャグ雰囲気を察すると笛を吹くのをやめて、健太郎に対し「若い衆向きの軽音楽もよいが、小学生や幼い子供達のため”泳げ鯛焼きくん”とか童謡も演奏してくれないか」と頼むと、健太郎も吹奏楽の部員に「楽譜もないのでアドリブでいいから・・」と指示して童謡を軽快に演奏させると、子供達は一層元気をだしてハシャギ出した。
 櫓の上で太鼓を叩いて大助達を見ていた織田君は、急に櫓を降りて来て、大助の額にヒョットコのお面を乗せると、これが彼の踊る姿と似合い、小学生や祖父母に手をとられた保育園児達が面白がってキャアキャアと手を叩いて彼の周辺に集まりだし、見よう見まねで踊りの仕草をして騒ぎだし、そのため自然と踊りの輪が崩れてしまい、皆も子供達を囲むようにして、夫々が勝手な踊りかダンスかわからない仕草で時々「ヤッサァ~」と気合の声を発して、益々、賑やかな踊りの群れとなってしまった。
 乱れた踊りの輪の中心になっていた大助は、周囲の出来事にも気がつかず、子供達の相手をしているのを見た美代子は、彼を引き戻すのを諦め、人の輪から外れて社殿の階段に腰掛て唖然として見とれていた。

 美代子は、ひと休みしたあと仕方なく無理矢理珠子を誘いペアを組んで踊っていたが、その最中にも大助が妬ましく
 「お姉さん、大助君はどうしてあんなに子供達に人気があるのかしらネ」「東京でもあの調子なの?」
と不満を言っていたが、珠子も大助がどんな気持ちで踊っているのか理解出来ず
 「ウン~、あの子が考えていることは私にも判らくなったゎ。お調子者なのかしら。きっと周りの雰囲気に酔っているのょ」
 「東京でも、商店街の年上の人達とも案外上手に付き合っていたり、そうかと思うと小学生の女の子にからかわれたりしていて・・」
と、大助の普段の様子を説明していた。 
 彼女も、大助の普段の生活振りを聞いて、如何にも都会的な社交センスを自然に身に備えた人なんだなぁ~と、彼女なりに納得して、すかさず、美代子らしく
 「お姉さん、これからも大助君と、お友達でいられる様に応援して下さいネ」
と願望を話していた。

 長い時間踊りつかれて、踊り手が少なくなると、理恵子達も節子やキャサリンの席に戻ってきて休んでいたら、織田君も櫓から降りてきて、理恵子に
 「いやぁ~ 暑くて疲れた」「それにしても大助君は、今年の盆踊りの最高演技者だなぁ」
と言って感心していた。
 その後、織田君は近くの小川に身体を洗いに行くと言うので、彼女も一緒についてゆき、冷たい川の水でタオルを絞り彼の身体を拭いてやったら、彼が
 「お宮様の方に散歩に行こうか」
と誘うので、彼女は節子さんに
 「わたし、彼と少しデートをしてくるヮ」
と告げたら、美代子もすかさず
 「大助君!わたし達も行きましょうョ」
と、疲労気味の大助の手を引っ張り立ち上がらせたが、キャサリンが
 「美代子、大助君は疲れているのよ」
と止めたが、彼女はそんな忠告にお構いなく、彼の手を引き歩きだしたが、歩くほどに大助の歩調が遅くなり、理恵子達と段々と距離が離れてしまった。 

 理恵子達は、まもなく鎮守様の境内に着た。 
 杉木立におおわれた、深く濃い闇が、境内を一層暗くしていたが、月明かりが木立の隙間を縫うように差し込んでいて、彼女の顔を青白く照らし出していた。  
 理恵子の白い手が、泳ぐように彼の襟元に伸びると二人は烈しく抱きあった。 
 そのあと、二人は時を忘れる様な長いキッスを交わしたあとで、彼女は
 「ネェ~ 式も挙げていないのに、貴方のマンションにお邪魔して愛を求めたとゆうことは、いけないことかしら」
と聞くので、織田君は
 「そんな自己分析はやめなよ」「僕達の、これからの人生を育てるための心の源泉だと思うよ」
 「僕は、いつでも大歓迎するよ」
と、黒い瞳を輝かせて快諾してくれたので、彼女も彼の返事が自然で頼もしく感じ嬉しかった。

 美代子と大助は、夜露に濡れた農道を手を繋いでトボトボと歩いていたが、途中で大助が美代子の手を引っ張て歩くのをやめ、「アッ!」と驚いた様に声を発し、しゃがみ込んでしまった。 
 それを見た彼女もビックリして、もしや大助が疲労から急病を発したかと思い、彼の傍らにしゃがみこんでソット顔を覗きこむと、彼は彼女の耳元に口を近ずけて、さも大事なことを話すように、声を潜めて
  「今、織田君と理恵子姉さんの二人の背中が闇の中で ピカピカッ と稲妻の様に光っていたよ」
  「僕 突然のことで ビックリ してしまったよ」
と言うと、彼女は
  「ウソ~ わたしには、見えなかったゎ」
  「君、時々、わたしから離れて踊っていたので、神様が君にイエローカードを出したのョ」
と安堵して、彼の囁きを全く信用せず、大助は
  「そうかなぁ。僕、疲れて歩くのも嫌になったので帰ろうよ」
と、つまらなそうに呟き、二人は其処から戻ってしまった。
 
 二人は元気なく母親や珠子のいる場所に戻ると、キャサリンが
  「おや、はやかったのネ」「どうかしたの?」
と聞いたので、美代子が大助の話を教えると、佛教に詳しくないキャサリンも不思議な顔をして返答に困っていたら、節子さんが仏像の光背の謂われについて説明し”後光”の意味を話すと、キャサリンも納得して、美代子に
  「そうなの、きっと、お二人は神様や仏様が御加護されて、幸せになる前兆よ」
と美代子に答えていた。 
 確かに、大助の話には、人々の胸をくすぐり、絶えず快い微笑をかもし出させる、純粋で清潔なユーモアがあり、猥雑な臭いを微塵も感じさせないところがある。

 何時の間にか、祭囃子の音も消えて、人々が思い思いの方向に散り、静寂を取り戻した墨絵の様な鎮守の境内には、杉木立の闇の中で、かすかに漏れる月の薄明かりが、織田君と理恵子の二人を、シルエットの様に ”青い影”となって映っていた。   
 棚田の稲穂を渡って来る爽やかな緑の夜風が、二人の胸に清々しい移り香と切ない慕情の余韻を残し、理恵子のおくれ毛が、優しく揺れていた・・・。
 


 

 

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河のほとりで (36)

2025年02月17日 03時52分27秒 | Weblog

 悠々と流れる河の流れに身を晒し、自然の恩恵を思う存分楽しんで帰宅した理恵子達は、帰ると順番に風呂場で髪や身体を洗い流したあと、珠子は裏庭に臨んだ洋間でシュミーズ姿で理恵子に髪の手入れをしてもらっていた。 
 大助は疲れたのか、或いは彼女達の下着姿が眩しく見えたのか、庭に面する洋間のソフアーに横たわり美代子と水泳などの雑談をして戯れていた。
 理恵子は、珠子の髪をいじりながら
 「浴衣姿には、髪を束ねて少しアップにした方が涼しそうで良いと思うゎ」
と言いながらヘヤバンドで束ねて、ついでに、うなじを剃ってあげた。 
 それを見ていた美代子も、理恵子に頼んで長い髪を分けて三つ編みにして後頭部に巻いてもらい、理恵子の赤い花の簪をつけてもらったあと、大助に
 「ネェ~、涼しそうで可愛いでしょう」
と、鏡を見ながら嬉しそうに見せていた。大助は
 「少し大人ぽっくなったみたいで、背が高いから似合うよ」
と言ったあと
 「それにしても、君は本当に泳ぐのが速いんだなァ~」
 「腿の筋肉も練習で相当かたいんだろうなァ~」「触って確かめてもいいかい」
と、彼の前に投げ出された彼女の生足を見ながら笑いながら遠慮気味に話すと、彼女は平気な顔をして「イイワョ」と言ってワンピースを膝上まで捲り上げたので、大助もニヤット笑いながら興味半分にソロット触ってみたが、考えていたほどでもなく
 「なァ~んだ、思ったほど堅くもないんだなぁ~」「やっぱり、オンナノコはオンナノコらしく柔らかいんだぁ」
と言うと、彼女は「アア~ カタイナンテ イワレナイデヨカッタ」と笑って答え、逆に短パン姿の大助の腿をさわって悪戯っぽく叩いていた。

 理恵子は、彼女達の髪の手入れをしながらも、織田君が健太郎と居間の囲炉裏端で、採って来たばかりの川えびの唐揚げをつまみにビールを飲みながら、東京での生活振りを明るい声で笑いを交えて話しているのを、時々、横目でチラット見ながら聞いていて、自分も傍に行きたいと思ったが、彼が何の屈託もなく両親と楽しそうに話している様子を見るにつけ、将来、織田君と結婚して美容師として働きながら両親と四人で、この様に平凡でも明るく過ごせるようになったらいいなァ~と想像していた。

 キャサリンは、美代子に対し
 「一度、家に帰り盆踊りに行く支度をしてきましょう」
と言ったが、彼女は大助と離れるのを嫌がり、着てきたワンピースのままで行くと言って母親の言うことを聞かず、たまりかねたキャサリンが
 「そんな格好をして行ったら、また、わたしが、お爺さんに叱られてしまうゎ」
と言い聞かせても、彼女は首を振って
 「大助君と一緒にイタイ~ンダモノ」
とかたくなに聞き入れず、仕方なくキャサリンは、節子さんに彼女を頼んで車で自宅に浴衣を取りに戻った。

 健太郎と織田君が、盆踊りの会場に出かけて行ったあと、節子は理恵子と珠子が浴衣に着替えるのを手伝い、自分も最後に着替えて三人が居間に立つと、大助と美代子は
 「わぁ~、同じ柄の着物姿で、まるで、TVや映画の恋愛物語に出てくる参姉妹みたいで格好いいわぁ」
と、少しませた感想を言い合っていた。 節子は、自分の選んだ浴衣の模様が、中学生とわいえ素直に褒めてくれたことが嬉かった。
 そんなところに、キャサリンが薄水色の浴衣を着て美代子の浴衣を持ってきて、白地に細い赤の渦巻き模様の浴衣を着せたが、髪を見て
 「まぁ~ 理恵子さんにしてもらったの」「なんだか急に高校生らしくなったようで、可愛くて綺麗だヮ」
と呟きながら、しげしげと見て、理恵子に何度も頭を下げて礼を言い喜んでいた。
 美代子は、その間、大助の顔を、時々、チラット見ながら、彼は果たして自分の髪型や浴衣姿をどんな風に思っているのかと気になってしようがなかった。

 盛夏とはいえ、飯豊山麓の村では午後7時頃になると日は山の端に沈んで夕闇が迫り、祭囃子の笛や太鼓の音も一層賑やかになって涼風に乗り流れて聞こえ、皆はそれぞれの思いを秘めて揃って出かけた。
 大助は、美代子が誘うように差し出した手を繋ぎ、老医師から貰った袋を片手にぶら下げて、艶かしくも清々とした浴衣姿の三人のあとに続いて行った。
 会場に着くと、すでに大勢の老若男女が鉢巻や菅笠をかぶり、洋服姿の普段着組と浴衣組が入り混じって輪になって踊っていた。 
 櫓の上から、節子達は遅いなぁとヤキモキしながら見ていた実行委員長の老医師が、漸く人混みの中にいるのを目ざとく彼女等を見つけると、櫓から大急ぎで降りて来て「なにをしていたのか・・」と言いながら、早速、大助を人影のない神社の片隅に連れて行き、有無を言わせず浴衣を脱がせてパンツ一枚の裸にすると用意した衣装で踊りの身支度を始めにかかった。
 老医師は、大助を孫の様に思いこんでおり、少し離れてこの様子を見ていた理恵子と珠子は老医師に従順に支度を任せている彼について、珠子が
 「小さい時に父親と別れ、きっと、お爺さんに父性愛を感じているんだゎ」
と理恵子に話かけていた。

 老医師は大助の腹部に白い晒しをぐるぐると巻きつつ
 「背丈は高いが腹が以外に細いなぁ~」
とブツブツ独り言を呟きながら、白の股引に続き白の足袋をはかせて藁草鞋を履かせ、黒襟に青色の半天を着せたあと、最後に頭を白地に青い豆絞りの手拭で前結びで人並みに仕上げると、満足そうに
 「ヨシッ! 立派なもんだ。今晩一番の出来だぞ」
と、自分好みの姿の大助に腕組みをして頷きながら見とれ、思いつきか、キャサリンを大声で呼んで満面の笑みを浮かべて二人揃って写真を撮らせようとした。
 これを見ていた美代子は、素直にお爺さんに従う大助君も大助君だが、普段はなにかと口五月蝿いお爺さんも彼には優しい好々爺に思え少しばかり妬ましく思った。
 勝気な美代子は「私も撮ってもらうわ」と二人の中に割って入ると、お爺さんは「三人写真は縁起が悪いわ」「お前達二人で撮ってもらえ」と言って離れた。 
 キャサリンが撮ろうとすると、お爺さんは緊張気味の美代子に向かって
 「お前達の青春を記録する記念写真だ。少し笑って大助の手を握って肩にもたれかかるように寄り添い、チョッピリ艶ぽくすれや」
と映画監督気取りで演技指導よろしく注文をつけると、美代子も理恵子達の手前流石に照れて「ソンナノ ムリヤ」と反論したが、キャサリンが傍に行き浴衣の襟を直してやると、理恵子も彼女につけてやった髪飾りのリボンを写りのよい反対側に付け替え、化粧用の小さいバックから薄桃色の口紅を取り出して彼女の唇に塗り更に頬に白粉を軽くポンポンと塗ってやった。
 彼女は恥かしそうにしていたが、それでも内心は嬉しく、キャサリンがシャッターを切る瞬間無意識にか握りあった手を団扇で隠してしまった。大助は踊りの輪が気になっていて、美代子の化粧にも関心をしめさず、平然とした顔つきでお爺さんに言はれるままにおとなしくしていた。
 二人はお爺さんの望む通りに写真に納まった。

 そのあと、お爺さんは機嫌よく大助の背中を押す様にして踊りの輪に送り込んだ。大助が待ちかねていた様に勢いよく駆け足で行くと、美代子も大助に遅れまいと懸命にあとを追いかけた。
 このような思いつきの様に見える老医師の仕草は、目に入れても痛くない可愛い美代子と、自分の孫のように思える素直な大助の二人が、田舎の素朴な祭事の中で青春の思い出を沢山残して、この先も仲良く交際を続けて欲しいと願い、二人の先行きを見越した心遣いであった。
 
 珠子は、初めて会ったお爺さんと大助の違和感のない様子にビックリしていたが、理恵子は「まるで、お人形様のようで可愛いわ」と感嘆していた。
 節子とキャサリンは、老医師の性格を知り尽くしているだけに、さして驚きもせず、二人の呼吸があった自然な仕草を見ていて、どちらも心の中でお互いに求めているものが、偶然、肌色を超えて、その場を得たのかしらと、他人同士でも心の解け合った、二人の絆の深い微笑ましい光景を、彼女等なりに解釈して語りあっていた。  
 キャサリンにとっては、わが子の成長が嬉しい以上に、夫が大学の外科医当時から絶大の信頼を寄せている、節子さんの清楚で美しい容姿と洗練された落ち着きのある人柄が好きで、地方に来て以来、夫以外で唯一心の許せる話相手であり、時には愚痴も聞いて貰えることが何よりも嬉かった。
 

 



 

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河のほとりで (35)

2025年02月09日 03時32分26秒 | Weblog

 よく晴れた日の昼下がり。
 大助は、健太郎が川海老を救う網の手入れをしている傍らで、みよう見真似で面白そうに手伝いをしているところに、美代子が母親のキャサリンと連れ立って大きな手提げ袋を持って訪ねてきた。
 美代子は大助を見つけると、キャサリンの手を振りほどいて彼のそばに行き 
 「これ、お爺さんからのプレゼントだけど受けとってぇ」
と言って、大助のために老医師の祖父が用意した盆踊りに着る法衣等が入った大きな袋を差し出して中を見せたあと、別の手提げ袋を少し開いて
 「これは、わたしの水着ョ」
と言ってチョコット中身を見せて、これから二人で泳ぐのを楽しそうに肩をすぼめてクスッと笑っていた。

 キャサリンは、節子さんに対し挨拶のあと、診療所では話すことのない愚痴をこぼすように、田舎に暮らす様になってから、それまでの親子三人での新潟市内での生活と異なり、老医師を交えた診療所での暮らしは、習慣の違いもあり村人との付き合いに判らぬことばかりで悩みも多い。と、普段は言わないことを珍しく零したあと、大助の傍らにいる美代子を見ながら
 「あの子ったら、昨日遊んでいただいた興奮がさめやらず、朝早くから、大助君のところに早く連れて行って」
とせがみ、お爺さんも珍しく「早く連れて行ってあげなさい」と怒鳴り、考えてみれば、あの子も肌と目の色が違うとゆうだけで、学校では理由もなくいじめられたりして、悔しい思いをしているらしく、大助君と遊んで貰えるだけで心が救われると、昨晩、嬉しそうに夫や祖父に話していたことなど、昨日の彼等の遊びの様子を話したあと、私もあの子の心の痛みがよく判るので、厚かましく早々とお邪魔に上がりましたが、今日も大助君と遊ばせて下さい。と、熱心に頼んでいた。 
 美代子は、その間も大助と楽しそうに話しながら、慣れない手付きで網の修理を手伝っていた。
 健太郎も、教師上がりのため若い二人の扱いも慣れたものでニコニコしながら相手をしているので、節子も安心して見ていた。
 キャサリンとは何時も診療所で顔を合わせている節子も、これまで聞いたことのない彼女の深刻な悩みを聞くと、彼女の立場が良く判るだけに
 「わたし達も、子供達と一緒に行って、河原の杉の大木の木陰で色々とお話ししましょうょ」
と快く返事をして誘ってくれた。

 山上家から川までは、裏庭から通ずる河川敷の畑の中を通り、良く伸びたトウモロコシや向日葵それにトマトやキュウリと西瓜等が稔る畑の小道を通り過ぎると、すぐに目的の川原に辿り着く。
 理恵子と珠子それに美代子の三人は、家で水着に着替えると大きいバスタオルで身を包み麦藁帽子をかぶりサンダルを履いて、楽しそうにはしゃぎながら健太郎と大助のあとについて行き、 節子とキャサリンも、半袖のシャツにスニーカーの軽装で、紫外線よけの眼鏡をかけて日傘をさし、軽食や麦茶のペットポトル等の入った大きな籠の取っ手を二人で分けて持って、彼等のあとに続いてゆっくりと歩きながら子供達のこと等を話しながらついて行った。

 川原に着くと、大助と美代子は夫々勝手に膝の屈伸など準備運動のあと勢いよく川に入り、上流に向かいクロールで泳ぎだして行った。 
 流れがあるためか、美代子は流石に体力で勝る大助に少し遅れ気味だが、それでも、水泳が得意なだけに懸命に泳いでついてゆき、織田君の待つ船に辿りついた。
 ところが、先に自力で船に上がった大助に対し、美代子は船に上がる要領を知らないのか
 「大助くん~、わたしを引き上げてェ~」
と金きり声で叫んだので、大助は再び川に飛び込み、彼女の腰の辺りを抱えて、やっとの思いで船に乗せるや、顔の面前に現れた彼女の丸い尻の辺りを悪戯ぽくピシャッと叩いて川にもぐってしまった。
 美代子は「痛いッ。大助君のエッチ!」と振り返る様に彼に向かって声を上げたが顔は笑っていた。
 理恵子と珠子は、そんな二人を見ていて、それが深い意味のない純粋にユーモアにあふれた、自然な戯れた仕草と映り不快感も覚えず、平泳ぎで水を楽しみつつ、ゆっくと船に着くと、織田君に手をとられて船にあがった。

 大助と美代子は、少し休んだあと船から下りて、健太郎と織田君が川べりで網を使い、川海老や沢蟹を取るのをバケツをもって愉快そうについて回っていた。
 終わると二人は再び川下に向かい泳ぎだした。 
 今度は、流れに乗って速く泳ぐ美代子に大助の方が遅れ気味になったが、大助は川幅の広い流れが緩んだところで泳ぐのをやめて、ゆるい流れに仰向けに身体を浮かせていたところ、美代子が戻ってきて、大助に身体を寄せて二人が並んで手を繋ぎ青空をながめていた。 そんな大助に対し美代子は
  「大助君、青空にポッカリ浮かんで流れる白い雲を見ていて・・」「何を考えているの」
と聞いたので、彼は
  「特別に考えていることもないが、唯、小さい白い雲が、ゆったりと流れるうちに、くっついては離れる模様が面白くてさ」
と答えると、彼女は
  「ネェ~ 大助君 何時帰るの」 「君が帰ったあと、わたし、きっと胸が潰れそうに寂しくなるヮ」
  「来年も、また、このように逢って遊べるかしら。どうなの、教えてェ~」 
  「わたしの夢を壊すことはないわネ」
  「わたし、来年、もし東京の高校に行く様になったら、どうしてもお付き合いして欲しいヮ、約束してくれるでしょう」
と聞くので、大助は深く考えることもなく漠然とした思いで
  「あの雲の様に、僕達も、いつかは離ればなれになって消えてしまうかも知れないなしなァ~」
  「僕も、君とこのまま付き合いが出来ればと思っているけれども、先のことは、わからないよ。ケッセ・ラー・セラー さぁ~」
と微笑んで答えると、彼女は顔を近ずけて握っている手に力を込めて

 「ソンナ ココロボソイコト イヤダヮ」  「ワタシハ キミガ トッテモステキデ ゼッタイニ ハナレナイヮ」

と青い瞳に涙を浮かべて、今にもすがりつく様に言うので、彼も予想もしない言葉の勢いに困って仕舞い
  「東京の道案内くらいならできるが、それ以上のことは、僕と君では家庭的にも立場が違うので、深く付き合えば付き合うほど、楽しさの反面悲しさも増すと思うと怖いなぁ」
と、彼なりに思いつきだが将来を考えて精一杯、現実的なことを返事すると、彼女は彼の返事に刺激されて少し興奮気味に
  「立場も何も関係ないヮ」
  「去年の夏、偶然、この河で一緒に泳いで知り合ったとき以来、河の聖霊が、わたし達を引き合わせてくれたのょ」
  「誰が反対しようとも、わたし自分の夢を何処までも追い駆けるヮ」「イイデショウ」
と言って、あくまでも自分の考えを貫こうとする意思の堅さに、彼も圧倒されてある種の畏怖さえも覚えて逃げるように泳ぎだしたら、美代子も懸命に泳いで大助のあとを追ってきた。 

 強い日差しを避けるように、川辺の木陰では、節子とキャサリンが世間話にまじえて、美代子をとりまく学校生活や家庭内の様子などを雑談を交えながらも語りあいながら、そんな二人を微笑ましく遠くに眺めていた。


  

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河のほとりで (34)

2025年02月05日 06時58分28秒 | Weblog

 夕食後。理恵子と珠子は、涼風にのって流れてくる祭囃子の笛や太鼓の音に心を誘われて、節子が用意しておいてくれた浴衣で身を装い、大助は持参の浴衣を着て、三人は小砂利混じりの土の道を下駄で歩く感触を懐かしく感じながら、盆踊りの会場準備をしている鎮守様の境内へと散歩に出かけた。 勿論、愛犬のポチもお供していた。
 理恵子達の浴衣は、薄い青地に小さい赤や白の花柄模様の入った、節子がお気に入りの布地で作ったもので、自分も模様の色は違うが同じものを用意したと言っていた。
 大助については、背丈がどれ位伸びているか判らず、丈を計ってから珠子と相談して着地を見つけ、帰るまでに用意すると言っていたが、彼は浴衣に余り興味がないのか、持参した浴衣に袖を通し
 「小母さん、僕、これで結構ですよ」「昨年、小母さんが作ってくれた、この豆絞りの浴衣が気に入ってますので・・」
と、別に気にも留めず笑っていた。 彼のモノに拘らないところが、案外、人に好かれているのかも知れない。

 小川に沿った会場への近道である農道を、ポチを先頭にして鎮守様の境内に近ずくと、織田君の指図で彼の後輩達が提灯の配線や櫓を囲む紅白の幕の取り付け作業等を汗を流しながら懸命にしていた。
 健太郎は、笛や太鼓との音合わせに、中・高生やOBの混じった吹奏楽の指導に夢中になっていた。 
 一方、老医師は、浴衣に鉢巻姿で教師らしき中年の女性と二人で、小中学生の女子10名位に、神前の舞台で奉納する神楽踊りを丁寧に教えていた。
 なにしろ、今年の祭礼は、近郷から大勢集まるとゆう噂があり、実行委員長の老医師も張り切っていた。
 この時期。盆踊りは村を離れて都会に出た若い人達が久し振りに帰郷して来て、夫々にコミニュケーションを図る唯一の機会である。 正月は豪雪のため、皆が一同に集まるのは困難なので、誰しもが旧盆の祭礼を楽しみにしている。 
 老人達も、鮭が生まれ育った川に帰って来るように、孫や子が一回り成長した姿で帰るのを心待ちしているのは言うまでもない。
 
 健太郎は、理恵子を見つけると
 「理恵子も、仲間になり一緒に練習しなさい」
と言うと、大助が
 「理恵姉さん、去年までやっていたのでしょう、仲間になりなさいよ」
と後押しして、遠慮気味の彼女を無理矢理仲間のところに連れて行ってしまった。
 美代子は得意のフルートを吹いていたが、大助を見つけるとフルートの吹奏をやめて立ち上がり、自分の位置を教えるように手を振っていた。 大助もそれを見つけると手拭を頭上で回してこたえた。
 練習中の生徒達は、理恵子とは皆顔馴染みなのでワイワイはしゃいで雑談をはじめ、健太郎もその心情を充分に察しており、彼等を纏めるのに汗を流し一苦労していた。

 皆が、準備や練習を一通り終えて、輪になって地べたに腰を降ろし、冷えた缶ジュースやビールを飲みながら、笑い声を発っしながら雑談に花を咲かせていた。 傍らで彼等を見ていた大助も、名も知らぬ若い衆に誘われて仲間の輪に入り、笑顔でなにやら楽しそうにお喋りしていた。
 
 老医師は、神楽舞台の上から大助を目ざとく見つけると、舞いの指導を女教師に任せ、彼に近寄り手を引いて若衆の群れから離して、薄暗い神前の裏に誘いだし、大助の両肩に手を乗せて
 「昨日は、美代子と遊んでくれて有難う」
 「美代子が、あんなに機嫌よく遊んでいる姿を見たことは今までになく、それなのに、君が帰ったあと急に泣きよって、わしが訳を聞いたら、こっぴどく、ワシに当り散らし、いやぁ~往生したよ」
と、笑顔で話したあと
 「彼女も、成長して女心が芽生え君に初恋を覚えたのかなぁ」「イヤイヤ これはワシの勝手な想像で、君には迷惑かも知れんが・・」
と、老医師までもやや興奮して話したあと、
 「君に、お土産を用意しなくて済まんことをした」
 「その代わりに、わしの気持ちとして、明日の夜に着る法被と股引や足袋等を準備しておいたので、それを着て思う存分踊って、田舎の盆踊りを多いに楽しんでくれたまえ」
と、予期もしないことを知らされ、彼も嬉しくなって
 「お爺さん、有難う」
と、にこやかに笑って答え、早速、珠子のところに行き教えると、彼女も
 「そうなの、それは良かったわネ」
 「わたし、駅からいきなり美代子さんと一緒に行くので、内心ハラハラしていたが、来る前に充分注意しておいたので、多分間違いは起こさないだろうと思っていたヮ」
 「なにをして遊んだかわからないが、お爺さんにまで気にいられて良かったゎ」
 「まさかキスはしなかったでしょうね。手を握ることくらいはいいが・・」
と素直に喜んでくれたが、大助は
 「また、そんなバカなことを言う、指一本触れてないわ」「姉ちゃんと違うゎ」
と答えたが、顔は少し赤らんでいた。 珠子は、彼の表情を見てとり「わたしが、どうしたと言うのよ」と返事したが、内心では或いはと思った。
 二人揃って神楽殿に向かい、老医師のお爺さんに何度も頭を下げてお礼の挨拶をしていた。

 理恵子は、休憩中の織田君を連れ出して、少し離れた人の目に触れない杉の大木の近くで
  「今朝、着いたの?」「何故、私に電話をしてくれなかったのョ」
  「あんたは、何時も、わたしが気に掛けていることを、ちっとも理解してくれようとしないんだから イジワル ダワ」
と、お腹の辺りを指でつっきながら不満そうに愚痴を言うと、彼は疲れた表情で
  「また、そんな子供ぽいことを言うのか。帰る前にちゃんと連絡しておいたろう」
  「帰ったあと、お袋は仏壇の清掃で忙しく、すぐに手伝いの人とお店の大掃除をして、お得意さんに出前をしたりして休まずに仕事をこなし、アット言う間に時間が過ぎてしまったよ」
  「そして夕方は、御覧の通りで、別にイジワルなんてしてないつもりだがなぁ~」
と言ったあと、彼女の感情を無視するかの様に話題を変えて
  「この分だと、明日も快晴で暑くなると思うが、区長の了解を得て、村の発動機付きの船を借りることにしておいたが、珠子さん達と君も川に泳ぎに来るかい」
  「沢蟹やカジカを採って、都会では味わえない遊びを珠子さんや大助君に教えてあげればいいさ」
と、彼らしく先々と考えていることを知らされて、彼女も彼の気配りのよさに押されて、自分の我侭や勝手な甘えを言ったことが恥ずかしくなり
  「そうなの、貴方らしいわネ 有難う。勿論、珠子さんや大助君も、おお喜びすると思うゎ」
  「それにネ、多分、診療所の娘さんも、きっと一緒に行くと思うゎ。詳しい理由は知らないが、急に二人が親しいお友達になって、わたしや珠子さんもビックリしたゎ」
  「あなたも、青い目の人の水着姿を近くで見れて目の保養になるんでないの?」「ヘンナ キョウミヲ モタナイデョ」
  「彼女は、美代子さんと言って診療所の娘さんで、昨日駅迄迎えに来ていて、大助君は彼女の家で半日も遊んで来たのヨ。大助君は、田舎に来ても人にすかれるのよネ」
と、教えると、彼はムッとした顔つきで
  「なにをつまらんことを言っているんだい。愚痴の照れ隠しか?」「俺は、お前の水着姿を拝ませて貰えるだけで充分満足だよ」
  「青臭いオンナノコには興味はないわ」
  「それよりか、東京での僕達のことを両親に話してはいないだろうね」
と聞くので、理恵子は
  「あの夜のわたしの態度から、珠子さんは気付いているらしいヮ」
  「勿論、両親に話すことでもないでしょう」「もしもョ、 わたし、なにかの弾みで知られたとしても、平気だゎ」
  「わたしが、貴方の心を確かめたくて、貴方に全てをお任せしたことでもあるし・・」
  「子供扱いしないでぇ~」
と俯いて小声で答えた。
 彼にしてみれば、彼女の心があの日以来随分と大人らしくなって、変われば変わるもんだなと、女心の不思議さに思いをめぐらせ安堵した。


 

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