日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (6)

2024年10月03日 03時13分14秒 | Weblog

 入社面接試験の際、江梨子は母親の強い願望通り、近い将来に二人して実家に近い支社に転勤して、小島君との生活を実現しようとの思いから、社長が叔父であることを幸いに自然な思いで、自分としては最大の知恵と勇気を絞って周囲の役員等にお構いなしに、何時もの強い自己顕示性を発揮して少し誇大であるが、聞く者としてはそれなりに納得してもらえる答弁をしたところ、社長にしてみれば予期もしない答えが返って来て、試験会場が一瞬凍りついたような静寂な雰囲気に包また。

 社長も意外な答えにたじろぎ、キョトンした目で彼女を見つめて返答に窮して、とまどったが、そこは社会の底辺から叩き上げた持ち前の気骨の強さから、気を取り戻すと、やをら腕組みをといて立ち上がるり、眼光鋭く険しい顔で、江梨子に対し
  「今日は、採用の面接だよ」「親族会議とは違うんだ。場を弁えて話しをしなさい!」
と、一言注意したあと、これ以上彼女に田舎のことを喋らせては自分の恥を晒しかねないと警戒して、すぐに表情を和らげて、そこは可愛い姪でもあり、若いのに家督を継ぐとゆう堅固な考えや、自分の恋を実らせる現実的な方法を聞かされて、流石に母親である姉の強気な性格を受け継ぎ、生活感覚がよく似た逞しさがある。と、すっかり感心して次の質問についての言葉を失ってしまった。
 
 暫し沈黙の間をおいて、江梨子の答えに一人だけクスッと笑った明るい声が部屋の雰囲気を少し和らげた。
 声の主は、入り口で受付を担当していた社長秘書で、江梨子の目から見ても羨ましく思うほどスレンダーで、江梨子が憧れる都会のOLとして洗練された容姿の木村さんで、社長は江梨子に対する質問のやり場に困り
  「おいッ! 木村君 君はこの子の答弁をどう思うかね?」
  「役員達は、職責を忘れて、彼女の話に圧倒されてポカーンとしているが、社長として私情を挟む訳には行かないので、君の意見を参考までに聞かせてくれ給え」
  「今の若いもんは、皆、このように卒直に自分の考えを言うものかね?」
と、苦し紛れに声をかけたところ、木村さんは真面目な顔をして、細いながらも透き通った静かな声で
  「社長さん。 私は、御家族や先祖様との絆を大切に思う自分の考えを、この場で臆することなく堂々と述べられたことは、お歳に似合わない素晴らしい考えをお持ちの方だと、ひたすら感心して聞いておりましたわ」
  「私を含め、今時、こんなに御自分の意見を堂々と述べると言うことは、そう多くはおりませんわ」
と言って褒めてくれたが、江梨子にはその言葉がとても嬉しかった。 
 江梨子は、木村さんの一言でなんだか気が抜けたように急にしおらしくなって下をうつ向いてしまった。 
 彼女は、内心、控え室で見た人達の年令や服装等から自分は到底かなわないと自信を喪失し、それに役員達の質問や態度から、結果は不採用だと判断すると、自分としては不思議にも冷静な気持ちで、言うだけのことは言ったし、もう結果等どうでもいいわ。と、緊張感から開放され半ば開き直った気持ちになり、彼女らしく落ち着きをを取り戻し、やっぱり自分にあった生活が出来る田舎に帰ろうかなぁ~。と、少し弱気な思いが胸をかすめた。
 そうなった場合、小島君は果たして一緒に帰ってくれるかしら。と、チョッピリ不安な思いが心をよぎった。

 社長は、木村さんの返事を聞いたあと、周囲を見渡したのち、江梨子に対し
 「今、ここから当社の筆頭株主である母親に電話して、採用された旨話して安心させなさい」
と指示したので、江梨子も予想に反した社長の一言でホットして我に帰り、社長の前に進み、机上の電話をそっと取りあげて実家に電話を掛けた。
 社長は、髭をなでながら薄笑いを浮かべて、彼女の顔を上目で覗き込む様に見ていたが、電話に出た母親の種子が、彼女の採用決定の連絡に対し、採用のことはわかっているのか、そんなことにお構いなしに
  「ここに小島君の母親も心配して来ておられるが・・」
  「夕べは、小島君と一緒のベツトで休んだのかネ?」
と、思いもよらぬ返事をしたので、彼女は
  「うーん。。。。 お母さんったら、もう~嫌ネ。そんなこと、どうでもいいでしょう~!」
  「会社が手配しておいてくれた、ホテルの綺麗なお部屋で別々に休んだわ」
と答えるや、種子はガッカリした様な沈んだ声で
 「お前達は駄目なもんだねえ~。この意気地無しっ!もう情けなくなってしまったわ」
 「わたしの気持ちを少しでも理解しようとしないんだから・・」  
 「村の年寄りは、皆、孫をおぶって自慢話に花を咲かせているわ。もうこの歳になれば、名誉や財産なんてどうでもいいわ。わしも毎朝人の輪にはいって人並みにお喋りして過ごしたいんだよ」
と呟いていたが、そんな会話は社長には聞こえる筈もなく、彼女の態度から会話の雰囲気を察して、彼女から受話器を取り上げ
  「いやぁ~ お元気の様ですネ」 「今度は、私が姉さんに恩返しをする番になりましたネ」
  「江梨子も、暫く見ぬうちにすっかり大人になり、姉さんの若い時と同様に強情・・・イヤイヤ、意思が堅く、それに歳に似合わぬ淡い色気を漂わせ、それでいて口も達者・・イヤイヤ、自分の意見をきちんと話すので、感心致しましたわ」
  「姉さんの教育の賜物ですね」
  「今後は、私が責任を持って、姉さんの希望に沿うように育てますので、どうぞ御安心ください」
と、何度も言葉を言いなおしながら額の汗をぬぐい、受話器に向かい恭しく頭を垂れて言ったあと、続けて
  「会社は、全員が一丸となって頑張った結果、今期の業績も大変成績が良く。いずれ社員を伺わせ報告させますので、来月の株主総会には、遠路をわざわざおいでくださらなくても・・」
と姉を敬遠し、立ちあがって受話器にその都度頭を垂れていたが、終わるやホットした顔になり「これで俺の首も繋がったわ」と、ブツブツ呟いて、あとは専務に任せて部屋を出て行ってしまった。

 江梨子は面接室を出ると、急いで小島君の待っている階下のロビーに行くと、彼は長椅子に横たわり顔に新聞紙を乗せて眠っていた。 彼女はそんな彼の姿を見て、なぁ~んて呑気なんだろうとチョピリ悲しい思いに駆られたが、少し間をおいて落ち着くと、腹いせ紛れに彼の脂の滲んだ鼻先を思い切り強く摘んだところ、彼は驚いて起き上がり、疲れきった様な小声で「遅かったなぁ~」と呟いたので、彼女は新聞を取り上げて丸めると、彼の頭をポンと軽く叩き、小声で
  「なに言っているのよ~」「わたし、一生懸命に頑張って来たとゆうのに・・、しっかりしてよ~」
と、すねながら答えて二人とも採用が決定したことを教えると、彼は急に瞳を輝かせて
  「そぅ~か お前、頑張ったんだなぁ~」 「また、お前に借りを作ってしまったわぁ~」
と、如何にも嬉しそうに笑い、元気を取り戻して
 「急に腹が空いてきたよ」「取り敢えず、飯を食べに行こうよ」
と言いだして、二人で足取りも軽く腕を組んで廊下を歩きだしたら、後方から顔なじみになった阿部さんが大声で「小林さ~ん、小島さ~ん、一寸、待っててくださいよぅ~」と叫びながら駆け足で追いかけて来た。

 

 

  

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