平方録

新年を迎える船の汽笛

家の中にいても除夜の鐘は聞こえてくるのだが、かつて横浜港に近いところで暮らしていた時はまた格別だった。

港で年を越すことになった世界中の船が深夜零時を合図に一斉に汽笛を鳴らし始めるのだ。
巨大な鉄の塊がまるで生き物のように、腹の底から叫ぶような「ボォオ~ッ」という音をこれでもかこれでもかと言うくらいに長く長く奏鳴するのである。
1発の奏鳴で1分前後響かせるのである。これはつまり、吐く息だけで1分以上持たせるわけで、人間などとても太刀打ちできない、さすがに「地上最大の生き物」と形容してもいいくらいの蒸気機関が絞り出すだけのことはあるのだ。

最盛期には港の内と外に100隻以上もとどまって年を越す船があって、それらの船が一斉にこの汽笛を鳴らすのだからその音たるや、家々の雨戸を揺さぶりガラス窓を震わせ、たまたま港近くを歩いていようものなら五臓六腑が共鳴してしまって、大いに慌てることになるのだ。
その昔、高校生くらいの時「山下公園に集まって除夜の汽笛を聞こう」というイベントのようなものがあって出かけてみたことがあるのだが、間近で大音量を聞かされて五臓六腑をかき回されては情緒を感じるどころではなく、イベントそのものがしりすぼみになったはずである。

寺の鐘も、ましてや船の汽笛は遠くから聞こえてくるのを耳にするのが一番情緒があってよろしい。
今の時代、横浜港には内にも外にも年越しで停泊する船舶はめっきり減ってしまっているようである。
岸壁使用料は高く、港外に停泊するにしたって人件費はもちろん錨泊費用もかさみ、肝心の荷役作業は正月休みに入ってしまう。そういう塩梅なら船主は船を動かす方を選ぶのだ。
かくして港から船影は消えるのである。

その結果、やけ? になった船乗りたちは大海原の真っただ中で思いっきり汽笛を鳴らすことだろう。
横浜港の除夜の汽笛がやせ細るわけである。情緒というものはこうして効率という単語に駆逐されて行くのだ。
「横浜港新年を迎える船の汽笛」というのが環境省が定めた日本の音風景100選に選ばれている。
100選の狙いは「全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)」として公募したものだそうだ。
〝はかない望み100選〟という訳ですナ。

代打 氷川丸クン!
実際に七つの海を動き回って活躍する船舶に変わって、係留されっぱなしの船が汽笛だけは現役時代と変わらぬ活躍をし続けていることを知った。
山下公園前の海上に係留されている貨客船の氷川丸で、除夜の汽笛はもちろん、正午を知らせ、トライアスロンやマラソン大会、花火大会の開催を告げる汽笛を鳴らし続けているそうだ。
加えて同じ系列の所属会社が運航する日本最大の客船「飛鳥Ⅱ」の出港時に互いが汽笛を鳴らし合っているんだそうだ。
本来汽笛は非常時や警戒が必要な時に鳴らすものだから、いわば客船の船出に向けた演出なのだが、汽笛の奏鳴はミナトらしい光景の一つではある。
そう、今となっては特別な仕掛けと演出に頼るしかない時代なのである。



近所の田んぼに氷が張っている


昨日30日の午前5時ころの気温は1.8度。一昨日はマイナス2.8度まで下がったのだ。氷くらい…


それにしても今年の富士山の雪化粧はくすんで見える
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