現役時代、江戸勤番を2度務めたことがある。
それは1度目の時のことだから、まだ40代後半のことだったと思う。
東京駅で昼になり、腹ごしらえすることにした。
大丸デパートのあった駅ビルが健在だった八重洲口に出て、何にするか、あれこれ物色していた時に思いっきり惹かれる小さな立て看板に遭遇した。
「目ざし、麦めし」とそれだけ書かれた看板だった。
サラリーマンの街・新橋の駅周辺の食堂では、麦飯にとろろ汁を添えた麦とろ定食が結構人気で、あちこちに看板が出ていて昼時になればサラリーマンが行列しているのを何度も目撃した。
あれは、やけ酒も含めて夜の街で暴飲暴食を重ねるサラリーマンたちの悔恨の気持ちをすくい上げるようなメニューで、せめて昼飯くらい健康的なものをといういじらしいサラリーマン諸侯の気持ちをうまくとらえた(逆手に取った?)メニューだったと思う。
八重洲口ではとろろ汁ではなく、目ざしだというところがミソで、当時一目置かれていた臨調会長の土光敏夫さんが家で食事をするとき、好んで質素な目ざしを食べていたことが、月刊誌のグラビアで紹介されて以降、ちょっとした社会現象になった食材だった。
その質素極まりない目ざしを東京の玄関口の食堂が看板まで掲げて食わせるという。
これにはちょっとびっくりして、暖簾をくぐってみたのだった。
出てきたのは13~14㎝くらいのこんがり焼かれて脂がしたたり落ちた目ざしが3本と8分の一くらいの半月状に切られたレモン一片、それに大根おろしだった。
ご飯は麦がパラパラと混じった白米で、どんぶりに盛られていた。これに具は覚えていないがミソ汁がついていた。
それだけ。
今から30年も前の話だが、それで1000円近くしたように覚えているから、いい値段だなと思ったものだ。
多分、高級な目ざしだったんだろう。5匹で200円もしないような目ざしがたった3匹で1000円近くもしたんだから…。さすが東京の玄関口は一膳めし屋でも侮っていはいけなかったのである。
その後、何度か店を探したが、駅ビルの建て替え工事が始まり、どこかに移転したのだろうが結局見つからなかった。
"秋刀魚は目黒"だそうだが"目ざしは八重洲口"だと思いかけていたので、残念なことをしたものである。
木がらしや目刺にのこる海のいろ
この時期になると思い浮かぶのは、芥川龍之介のこの名句である。
近所の池と森の公園の木々もだいぶ裸木が目立っようになってきた
腐葉土の素は空から降って来る
空がよく見える季節になった
♬ 枯葉よぉ~ ララララァ~
やがて腐葉土となる落ち葉のふかふかの感触が心地よい
もうちょっと頑張るってさ