湯船のすぐ先に真っ青な空と濃紺の相模湾が広がり、琥珀色の湯が初冬の陽光をキラキラと照り返している。
水平線には黒々とした江ノ島がぽっかり浮かび、島影の隣には真っ白な富士山がにょっきりとそびえ立って四方を睥睨している。
まるで、かつて数多く存在した町の銭湯の湯船の奥の壁に描かれた背景画そのもののようだなぁと思いつつ、実際に自分の目で見ているナマの大パノラマなのだ、これが元になったそもそもの風景なのだと思うと、何となく感動がこみあげて来る。
午後2時少し前の、陽がまだ傾く態勢に入るには少し間がある落ち着いた時間帯のことだった。
湯の心地よい熱が体中にじわ~っと沁みわたって来るのを味わいながら、目を閉じたり開いたりしていたその時、そのすっかりくつろいだ気分でいる目と鼻の先で、首から上だけを湯の上に出していた先客がのぼせたんだと思うが、いきなり上半身を湯の上に出して湯船の縁に腰かけたのだ。
そして、目の前に突如出現したのは腕の一部や背中一面に描かれた柔らかな表情 ? をした観音像の如き姿の描かれた刺青。
俗に言う倶利伽羅紋々は不動明王の化身の倶利伽羅竜王のことだそうだから観音様の訳が無いが、もしかしたら見間違いであれも倶利伽羅竜王像だったのかもしれない。
何分見慣れていないものだから絵柄に関して自信なんてない。
件の男が湯船を出て洗い場で身体を洗い始めるのを目の淵で見ると、尻はもちろん太ももまで、ほぼ全身の刺青を背負っている。
40~50代と思しき年恰好で髪の毛をつるつるに剃っているので、見ようによってはなかなか近づき難い印象である。
法的には刺青は禁止されていない。
東京の三社祭でしばしば逮捕者が出るのは東京都が迷惑防止条例で規定を設けているのに加えて、この場合のクリカラモンモンは地元暴力団の構成員がこれ見よがしにしゃしゃり出るからで、警察だって見逃せない。
このほか、公衆浴場やゴルフ場などでも締め出すところがあるが、あれはそれぞれの施設が独自に決めた規則で、嫌がる客が多いためである。
確かに、クリカラモンモンを背負っているだけで「無法者」「悪」と決めつけるわけにもいかないだろう。
職人の中には粋がって背負っている善人だっているはずなのだ。
しかし、そういう善人のクリカラモンモンは極まれで、多くは反社会勢力に属するヤカラが背負うものだというのが日本での社会常識だろう。
どこぞの官邸が「反社勢力」に関して鈍感で、桜を見る会にご招待しちゃったようだけど、これなんかは論外中の論外。
温泉施設の係員に聞いたら「特に刺青禁止にはしていません」と言っていた。
ボクのホンネは「反社」の人には近づくのも遠慮したいね。
この温泉施設は国道を挟んですぐ浜なので、水遊びで砂にまみれた客がやって来ることが多い。
それで入り口には大きな字で「砂お断り。よく落としてからご入場ください」とわざわざ砂の字を赤くして注意を呼び掛けている。
砂はダメだけど刺青はOK…っていうところなのだ。
大磯の高麗山から眺めた富士山(見出し写真も)
箱根連山(右奥)と伊豆半島
伊豆半島(左手の半島手前にまっ平らな初島が見える)
クリカラモンモンと一緒に湯につかりながら眺めた景色は、これとほぼ同じ位置・角度