平方録

タケノコが出回り始めた ♪

「墓詣りをすませましてから、目黒の不動様へ参詣をいたし、表門前の伊勢虎へ立ち寄り、昼餉をいただきますのを、母がその、大変によろこんでくれますもので、私もその母がよろこぶ顔を見たさに墓詣りが欠かせなくなりました」
「おお、羨ましい話じゃ。結構、結構」
しきりにうなずく小兵衛の両目が、わずかに潤みかかっているではないか。(中略)
目黒不動・裏門前の料理屋(伊勢虎)には、小兵衛も何度か客となっていたし、おはるも知っている。
竹林に包まれた奥座敷へ入り、春は目黒名物の筍、夏は鮎や鯉などで、ゆっくりと酒食をするのは、なかなかよいものだし、宗兵衛の母がよろこぶのも当然であろう。
(池波正太郎「剣客商売」の『勝負』中、「小判二十両」より)

伊勢虎が今でもあるのかどうか知らないし、目黒が秋刀魚の名所ではなくて実は筍の名所だったことも池波の小説やら随筆を読んで知ったのだが、今は目黒川沿いがサクラの名所になっているのだから世の中というのは変われば変わるものである。
筍とサクラが一緒になっていたら、江戸っ子たちはどんなにかキンキジャクヤクしたことか…
そうだとすれば別な落語や読み物が書かれていたことだろうし、もちろん浮世絵師たちも放ってはおかなかったはずで、後世のボクたちもちょっぴり損をした気分である。

ところで、池波は浅草生まれのチャキチャキの江戸っ子だから目黒の筍をそれ相応に取り上げるのは当然なのだが、小憎らしいことに北大路魯山人はケチョンケチョンに言っている。
「(前略)しかし、筍も産地による持ち味の等差というものの甚だしいのに驚く。もとより京阪は本場である。関東のそれは場違いとしたい。目黒の筍など名ばかりで、なんの旨味もない。(後略)」(「魯山人味道」の『筍の美味さは第一席』から)
まぁ、これは個人の舌の感じ方と好みにもよるのだろうから勝手に言わせておけばいいのだが、取り付く島もないほどの言いようではないか。
鎌倉に暮らしていたくせに地元で揚がる獲れたての生シラスのおいしさに一言も言及していない〝食通の舌〟の持ち主である。そもそも大したことはないのだ。

そしてついにと言うべきか、わが家の夕餉にもこの春初めての筍ご飯が登場した ♪
生憎、地元産ではなくてはるばる九州から運ばれた福岡県産の筍だったが、やっぱり初物の味は格別である。
最初に、茹で薄くスライスしたものを日本酒の肴にして食べたのだが、柔らかくてアクがなくて、それでいてシャキシャキした歯ごたえがあってとても美味しかった。
それに何より、筍ご飯がいい。どうして炊き込みご飯というのはこんなに美味しいんだろう、とほっぺたをぽろぽろ落としつつ箸が止まらなくなる。
筍ご飯の後はグリンピースご飯が控えているし、炊き込みご飯のシーズンは体重増に注意! のシーズンでもある。心せねば。

ひとつ心配なことがある。
ボクの暮らす地域一体、半径で言えば4~500メートルくらいだろうか、モウソウチクの竹藪がほとんど枕を並べて枯れ死していることだ。
農水省のホームページによるとモウソウチクの花が咲くのが「67年に一度」と書いてあるから、この周期で枯れ、数年かけて復活するというのがモウソウチクのサイクルらしい。

毎年、筍の季節になると近所の野菜の無人スタンドに朝掘ったばかりの筍が並ぶのだが、今年からしばらくはダメだろうと思うとちょっと寂しい。



今年初物の筍ご飯。いい具合に庭のサンショのも芽吹き始めて自家調達できた
おこげもうまいんだよなぁ~♪


我が家近くで枯れ死している竹藪
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