平方録

ジジイの証明書

「これ知ってますか。これ使って外出してるんです」
そう言って見せびらかされたのが「オレンジワンコイン」とかいう名のバスの割引乗車証である。
民間バス会社が発行しているもので、半年間で5000円を前払いしておけば乗るたびに100円の料金で乗れるというのがウリである。
65歳以上でなければ購入資格が得られないという年齢制限があるから、一種の敬老パスである。

つまりこの割引乗車証をかざした途端、この割引乗車証の持ち主は正真正銘のジジイとババアであることを満天下にさらすことになるのだ。
そんなものかざさなくったって顔や姿恰好を見ただけでそれと分かるような場合もあるけれど、自分じゃ若いと思い込んでいる連中には抵抗があるかもしれない。

見せびらかしたのは先日、観光客でごった返すJRの駅前でばったり出会ってビールを酌み交わした元会社の同僚である。
奴は大都市ヨコハマに住んでいるから、どのバス会社のバスもタダで利用でき市営地下鉄も乗り放題という敬老パスがあるはずだが、「あれは70歳以上が対象だからまだ駄目なんです」とまだ小僧っこ扱いであるらしい。

かつて社会党の委員長を務めた飛鳥田一雄が市長を務めていた時代に「60歳以上の高齢者(当時はそういう概念だったのだ)」に無料で配布したのがルーツで、これは高齢者福祉の目玉として全国に先駆けて導入され、大いに注目された制度である。
しかし高齢者の増加に伴い各民間バス会社に支払う建て替え料金などが膨らみ、それでなくても赤字の交通企業会計を圧迫するに及んで十数年前に廃止されてしまったんである。

しかしジジイとババアが持っている一票は膨大な数でもあり、市長の座にあるものは何とか代替案をひねり出さなければ落選間違いなしという状況に追い込まれたのだ。
赤字の垂れ流しか落選か。前門の虎後門の狼ってやつである。
そこで登場したのが年齢制限の引き上げや収入に応じて応分の負担を求める自己負担制度を導入した現行制度なのである。
平均的な年金収入の高齢者だと1年間で9000円程度を払えば年間パスが手に入るらしい。

これはこれでオレンジなんとかよりよっぽどメリットが大きいが奴はもう少しの辛坊なのだ。
ボクの町には残念ながらこうした類の老人福祉政策はない。
市民税は周辺自治体より高くふんだくっているくせに、一体どこに消えてしまっているんだ?

ボクの家は最寄りのJR駅が3つもあるのだが、いずれも等しく4キロ離れている。
つまり、ボクの家を中心に描いた同心円上に3つの駅があるという訳なのだが、どこに出るにもバス利用は必須である。
モノレールという選択肢もあるが、この場合は少し歩くことになる。

利用可能なバス路線は4本あり2つのバス会社が運行している。
オレンジ何とかはそのうちの1社のバスしか使えないという制約があるが、そろばんをはじいてみるといちいち料金を支払って乗るより「5000円プラス乗るたびに100円」の方がそれなりにメリットが高いことが分かる。
月に2往復分乗ればペイできるんである。普段はもっと利用しているのだ。

かくしてボクは自ら進んでジジイの証明、お墨付きを得るために5000円の投資をしたんである。
利用開始日は奇しくも「敬老の日」からになった。
まだ使っていないけど、何をかいわんやである。



「空蝉」が咲いた。わが家の秋バラ第1号である。普段は10月に入って咲くのだが夏が涼しかった分、開花が早まったのだろう。この株にも黒点病が出て一時期、だいぶ葉が落ちてしまったが液肥などをくべたせいか体力も回復したようである。頼もしいことである


これがジジイの証明。カネで買う証明書である。邪魔者扱いされないようにしよっ、と
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