世の中というものは如何に未知なるものであふれ返っている事か…
ちょっと大げさかもしれないが、時々、それまで経験したことのないもの、見たことも無かったようなものに出会うと、つくづくそういう思いを強くする。
馬齢を重ねることウン十有余年…何と知らないもの、事に囲まれて生きて来たことか…
そんな風に詠嘆すれば「キミ自身が特別に無知なんじゃないの?」という皮肉な声が聞こえないでもないが、知らなかったという一時は確かなので、たとえ無知のそしりを受けようが、「へぇ~」「ほぉ~」と感嘆符が飛び出てくるのである。
昨日、小春日和に誘われてパトロールに出て、日蓮の「龍ノ口の法難」で知られる鎌倉・腰越の龍口寺と山一つ隔てて背中合わせに建つ藤沢・片瀬の常立寺の参道前を通り過ぎようとして目に飛び込んできたものが…
思わず自転車を止め、境内に分け入ってみると同じよなものが7、8本参道の両脇に建てられ異彩を放っている。
これは…いったい何か…何のためのものだろう…何かのおまじないだろうか…それとも…?????
青竹の半分ほどを細く割り、その先端に丸太を小さく切ったものを差し込んで錘にして四方に垂れ下がらせている
まるでヤジロベーか何かを模したオブジェのようにも見え、あるいは枝垂れサクラや枝垂れ梅を彷彿させてもいる
この寺は枝垂れウメの古木が何本かあり、早春はここを通るのが楽しみでもあるが…
まさか庭師の思いつきとか、「新たな提案」なんていうんじゃないだろうな
丸太の部分を指で突っついて揺らして見るとこれがゆらゆら大きく揺れて、静かな境内に動きが生じる
鎌倉時代の元寇の折り、蒙古の皇帝フビライは日本に降伏を勧める使者を送りつけてきたが、時の8代執権・北条時宗は4人の使者を腰越の龍ノ口刑場で斬首してしまった
亡骸はこの常立寺に埋葬され、白鵬をはじめ大相撲のモンゴル勢が時々墓参にやってきて「相撲で征服しましたぞ」と報告しているらしい
その元寇やモンゴル帝国と何か関係のあるまじないの一種なのだろうか
どんど焼きでは竹や枝の先に餅を刺して正月飾りを燃やす焚火の火であぶって無病息災を祈って食べる風習があるのを知っているが…
風が吹けばゆらゆらと自然に動く それにしても妙な仕掛けがあったものだ
鎌倉中に寺の数は少なくないが、こういう光景に出会うのは初めてである
寺の人に直接聞いて見たかったが、姿を見かけなかったので聞きそびれた
不思議なものを見る直前、稲村ケ崎から眺める富士山は霞の中
よぉ~っく目を凝らして眺めれば、画面の正面よりやや右に寄ったところに薄っすらと富士山の姿が見えます