店内に客はいない。
外に背を向けて仕事をしている女性に「ワイン飲めますかぁ~」と声をかけると、「いらっしゃい。どうぞ! 飲めますよ」と振り返って答える表情はとても若い。
追々話し込んで分かったことだが、就活中の大学4年生で、途中で助っ人が1人来るそうだが、週に何日かの当番の日には開店から閉店まで彼女が1人で担い、しかも仕込みから後かたずけまでの一切合切を切り盛りするんだそうである。
「バイトなんですよ。バイトに全部やらせちゃうお店って珍しくありません?」といささかうんざりした表情を見せるが、若いからか、口調は湿り気のないカラッとしたもので、後ろ向きな感じではなかった。
一人で切り盛りしているのを、むしろ誇りに思っていたのかもしれない。
いつも賑わっている地元の駅前商店街の一角においしいピザを焼き、立ち飲みでワインとビールが飲める店があるという話を、だいぶ以前に風の便りで聞いていたのだが、通りかかる時はいつも店が閉まっていて、一杯のワインにもありつけなかったんである。
それが大型連休初日の昨日、たまたま5時半ころに電車を降りたので、どうかな? と思いつつ店を尋ねてみたのである。
ワインは一杯400円だそうだが1時間の時間制限内なら飲み放題があって、しかも1016円だという。3杯目の途中からタダになる勘定で、2杯で終わるわけはないので飲み放題にした。
つまみに選んだのは看板商品のマルゲリータ。
カウンターの目の前にある立派なガス窯で2、3分も待てば焼きあがる。
直径25、6センチはある見てくれの良いピザで、とても1枚500円には見えない出来栄えである。
口に入れてみると、味もまずまずである。というか、そこそこにおいしい。
ピザ好き、ワイン好きのボクの耳に風の便りとなって届くわけである。
45分くらい店内にいて4杯飲んだが、飲み放題の1016円とピザの500円で1600円ナリ。どういう計算なのかちょっと不明だが、まぁいい。
テイクアウトしていく人が多く、大概はマルゲリータを買っていく。
商店街を歩く人が店内に視線を投げかけていくので、そのたびに目が合う。その目がどれもうらやましそうな色をたたえているというのは、呑兵衛の手前勝手な受け取り方だろうか。
彼女の就活は「苦戦中です」と正直だが、「でも、思うところがあるので、変に妥協はしたくないんです」と言っていた。
まぁ、幸いに売り手市場らしいから、何とかなるだろう。
それにつけても彼女の家はいまどき珍しく5人兄弟の7人家族だという。
女、女、男、男、女でしかも計ったように2年おきだそうで、その次女だという。
子だくさんなのも珍しいが、長女も弟も大学に進んだそうだから、随分と教育熱心であり、しかも経済的にもそこそこの力があるようである。
「親が大変なので、こうしてバイトもしなくちゃいけないんです」という。
遊ぶ金欲しさのバイトというより、もう少し芯の通った動機であるらしい。
だからだろう、1人で店を任されるわけである。
次にふらっと立ち寄る時に彼女はどんな表情をしているだろうか。
彼女の焼くピザの味が一味か二味か、良くなっているとこちらもうれしいのだが。
500円のマルゲリータ
立派な石窯なのだ
ショーケースの右側を進んだ先が立ち飲みカウンター
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