平方録

忘却の彼方に遊んできた

「それは、六月の中旬、友人のO君が来たとき、どっか山の見えるところへ行きたいと私が言うと、多摩川べりの是政というところへ行けば、すぐ川のむこうへ山が迫っているという。O君は是政へハヤを釣りに行くから、一緒に行ってもいいということだった。山を見たいとは言ったものの、それだけでは腰を上げる気のしなかった私は、そのあとでまた、月見草のことをO君に訴えたのである。すると、是政へ行けば、月見草なんか河原にいっぱい咲いているという。私は忽ち腰を上げる気持ちになった。」

「ガソリン・カアはまた激しく揺れた。私は最前部にあって、吹き入る夜風を浴びながら、ヘッドライトの照らし出す線路の前方を見詰めていた。是政の駅からして、月見草の駅かと思うほど、構内まで月見草が入り込んでいたが、驚いたことには、今ガソリン・カアが走ってゆく前方は、すべて一面、月見草の原なのである。右からも左からも、前方からも三方から月見草の花が顔を出したかと思うと、火に入る虫のように、ヘッドライトの光に吸われて、後ろへ消えてゆくのである。それがあとからあとからひっきりなしにつづくのだ。私は息を吞んだ。それはまるで花の天国のようであった。毎夜毎夜、この花の中を運転しながら、運転手は何を考えるだろうか? うっかり気を取られていると、花の中へ脱線しかねないだろう」

引用したのは上林暁の「花の精」という短編からの抜粋である。
今から半世紀前の高校時代の現代国語の教科書に載っていた。…と思う。何せ50年も前の記憶だから、ここに抜粋した通りの部分が掲載されていたかどうかも疑わしいが、多分合っていると思う。
そもそも「花の精」という作品だということさえ記憶になかったんである。ネットで検索して、多分間違いないだろうと踏み、図書館で借りてきて読んでみて、あぁ、何か記憶にあるなぁ、と思ったのだ。

記憶に残っていたのは「是政」と書いてコレマサと読む駅名だけである。
中央線の武蔵境駅から多摩川べりまで延びている西武鉄道多摩川線の終点である。
ただただ「是政」という地名だけが記憶の片隅に住みついていたんである。
何が気に入って記憶に残っていたのかもわからない。珍しい名前であることは確かだ。それで気になっていたのかもしれない。
あるいは、引用にあるように、「うっかり気を取られていると、花の中へ脱線しかねないだろう」という一節や、一面に咲き乱れる月見草の群落を想像して鮮烈な印象を受けたのかもしれない。
そうした内容はすっかり吹き飛んで、キーワードとしての駅名だけが記憶のヒダに引っかかっていたんである。
そうやって何十年も暮らしてきたから、機会があればいつか尋ねてみたいものだ、と思っていたのだ。

それが大型連休初日の29日にチャンスが巡ってきたんである。
妻の父親、僕にとっての義父が亡くなって20年になるので、兄弟集まって墓参りに行こうということになったのだ。
義父の墓は都立多磨霊園にある。中央線の武蔵小金井からバスに乗って裏門を利用すると便利なのだが、この日は墓参りを済ませた後、急に降り出した雨の中、傘も差さずにボク1人正門に回って多摩線の「多摩」駅までとぼとぼ歩いて行った。
いよいよ念願だった、…というか、のどの奥に刺さった小骨というか、ともかく「是政」の正体を突き止めるべく、3つ先の終点を目指したんである。

運転台のすぐ後ろに立って前方を見詰めていたが、電車は密集した家並をかすめるように走るばかりで、月見草はおろか、原っぱさえ目に入らない。
ホームと地続きの階段のない小さな駅を出ると、目の前にしゃれた蕎麦屋などがあって、「是政の駅は、川原から近く、寂しい野の駅だった。」のとは大違いである。
何せ、教科書を読んでからでも50年、作家が執筆してから教科書に載るまでの年月を加えれば、痕跡など残っているはずがないのも分かっていた。
それでも、ホームに降り立ってみれば、あぁ、ここが是政というところなんだ、という積年の宿願を果たせた喜びというものがわいてくるものなのである。
もとより、自己満足の世界である。

記憶というものは、それを温める期間が長ければ長いほど、原形を失って核の部分だけが残るようなもので、時間が経った後では、どうしてこんなものに気を惹かれたんだろう、と思うのが常である。
今回の「是政」もそうだったのだ。帰り道、ボクが惹かれていたものがはっきりしたように思えた。それが月見草の群落とその真っただ中をライトを灯して進む電車の光景だったのだということを。
実際には月見草の群落は跡形もなく消えてしまっていたのだが、それが故にかえって最初に初めて読んだ時に強く印象を受けた光景がよみがえってくるということは、大いにありうることなのである。

人生なんて、こんな他愛のないことを大真面目にやってみて、それで悦に入ったり落胆したりの連続なんである。
ボォ~っと過ごすだけでは落胆にだって遭遇できないだろう。





西武多摩川線是政駅。「月見草の駅」には程遠く、線路の脇、ホームの脇にも住宅が建て込んでいる



多磨霊園と最寄りの多摩川線多摩駅




多摩川にかかる是政橋から下流方向を見る。左側が是政駅のある府中市側。右が稲城市を経て、川崎市へと続く


是政橋を渡ると目の前に南武線南多摩駅がある。是政駅とは川を挟んで測ったような左右対称の位置関係である

コメント一覧

heihoroku
おはようございます。
早速ご覧いただけたんですね、よかったです。
あの作品は高校の現代国語に載っていたんです。その時の印象があまりに強烈で、いつか行って見たいと思っていましたがなかなか機会がなくて…
それが40年以上経って、多磨霊園に墓参りする機会に思い切って寄ってみたのです。
月見草こそありませんでしたが、ゆったりした駅のたたずまいと川と河原の広々とした景色はとても良かったです。
脳裏で育てた景色というのは、実際に実物を見てしまうと現実との乖離にがっかりしたりするものらしいですが、そんなこともなく、今度は逆コースで南武線の駅から是政橋を渡って是政駅まで歩き、そこから電車に乗りたいなと思っているくらいです♪
河原には月見草が咲いているかもしれませんね。
飛鳥
https://blog.goo.ne.jp/pon0045/e/f517e3adf1192ca8e0b3ff0a72947011
先日は、こちらの記事を教えていただきありがとうございました。
本日、図書館から上林暁の「花の精」が載っている本を借りてきて読んでみたところです。
月見草は、もともと庭にあったのを植木職人のせいで失ってしまい、そのやりきれない喪失感から、月見草があるという是政に行ってとってくるという目的だったのですね。そして帰りに月見草がいっぱいだったという情景ですね。「月見草」は入院している妻を暗示しているようでもあり、何とも言えず心にしみる作品でした。
当時、上林暁は阿佐ヶ谷に住んでいたようです。(作品の中ではA駅)その辺の地域は私とも縁のある場所なので驚いた次第です。
この作品中の経路を追ってもう一度是政に行きたくなりました。
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