いろいろのことがあったが、わけても7月に富山で暮らす友人が闘病の末に旅立って行ってしまったのには、いささかショックを受けた。
しかし、何といっても最大のインパクトは、6月に勤務先と完全に縁が切れて完全無職の「自由人」の仲間入りをしたことだろう。
まぁ、そういうシチュエーションに身を置くことになるということは、わかっていたことで、時期が来たからそうなっただけで、珍しいことでも不思議なことでもないし、残念がるような話でもない。
いつだって特別の感慨もなく朝を迎えているように、「その時」だって毎朝の中の一つの朝と同じに過ぎなかったのだ。
こういう気持ちでいたということは多分、未練というものから遠ざかっていたからだと思うのだ。
自分の心理分析など改めてする気もないが、おそらくさばさばした気持ちが勝っていたからだろう。
「応無所住而生其心」
金剛経の一説で乱暴に一言で言ってしまえば「何事にもとらわれない心」というくらいの意味合いだが、40代の後半にこの言葉を知って以来、座右に置いている。
そんなわけで、大概のことは「あぁそうか」で済ませてきたのである。済んでしまうんである。
海の向こうではイギリスが6月に実施した国民投票でEUからの離脱を決め、グローバリズムに背を向けたと思ったら、11月のアメリカ大統領選ではもっと極端な候補が大統領選に勝利してしまって唖然とさせられた。
しかし、なにも驚くにはあたらないのが、わが足元で、アベなんちゃらなんぞという極めて右翼反動的な政治家が権力を掌握したまま「権力を縛るための憲法」など眼中にないかのように、勝手し放題しながらも、依然として高い支持率を得ているのが現実である。
英米の影響も加わってこれから先が危ぶまれるけれど、一人の力でできることは限られているのだ。運命共同体のところが恐ろしいのだが、こればっかりは見守るしか手はないのである。
アベなんちゃらと同じ空気を吸いたくない人だけで暮らせる場所を作ってくれないかね。
例えば北海道とか四国とか九州とか…。まぁ、独立国ですな。軍備に頼らず、カジノなんてギャンブルもなし。喜んで移住するけどね。
鳥の目はこのくらいにして今度は虫の目になって…
11月にこれまで一度も記録されたことのない1センチくらいの積雪に見舞われ、赤く色づいた実が白い帽子をかぶらされてしまったわが家のミニトマト。
どうせなら元旦の食卓に乗せようと、成らせたままにしておいたら、何と10数個も鳥に突かれて落果してしまった。
まだ十分に熟しきっていない3個の実を「保護」したが、これはお飾りですナ。
鳥がトマトを突っつくなんて初めて知ったが、餌がなくなる冬場に貴重な甘味だったんでしょう。
干し柿を吊るしていて鳥を呼び寄せてしまったのが遠因ではないかと思っているのだ。
突っついた傷跡の大きさから見ると、犯人はくちばしの小さな小鳥。おそらくは干し柿を狙いに来ていたシジュウカラであろう。
カラスやヒヨドリだったらお仕置きするところだが、まぁ大目に見よう。
秋の天候不順で十分に咲いてくれなかった秋バラだが、晩秋から初冬にかけて体力を復活させたらしい。
つるバラの「伽羅奢」と木立の「ノリコ」で、ちょっと前は「空蝉」も絶好調だった。
おかげで冬枯れのわが庭が明るくなったのである。
あまり株を疲れさせると、来年初夏の開花に差しさわりがあってはいけないので、年が明けたら早々にせん定して休ませようと思うが、しばし華やかな色合いを楽しもうと思う。
記憶に残る1年ということになるのだろうね。
伽羅奢(上)とノリコ
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