行きつけの飲み屋のカウンターでいつものように仕事の後の一杯をやっている時に、4つ年上の親爺に「ナントカの一つ覚えのように、ただただ酒を飲むばかりでは能がない。恥ずかしながらインテリゲンチャ―の端くれを自負するものの一人として箸袋の裏にでも俳句とやらをひねってみたいのだが、声を掛ければ参加するか? 」と話を向けたところ「面白そうじゃん」という一声が返ってきたので、それをきっかけに知り合いの4~5人に声をかけて見よう見まねで始めたのだった。
元々がそういう出自だから、句を作るのもさることながら酒を楽しむことも重要な要素の一つになっている。
「二合会」という名称も、美味い酒を気の合った仲間と飲みながら俳句を楽しむとなると、ちょうどいいのは二合程度だろう、会則を作って「酒は二合まで」を第1条に明示しよう、などと愚にもつかないことを話しているところからついでに会の名前にしちまおう、ということになったのだった。
(もっとも今は堕落の一途をたどり、二合どころか品種品名ごとに二合だろう、などという拡大解釈がまかり通るありさまだが…)
そしてどうせやるんなら粋にやりたいもんだという発想から、それなら蕎麦屋の2階の座敷だろうということになり、どこかに出かけて行って吟行した後の句会でも出来るだけ蕎麦屋を探し出し、2階があればそこに陣取らせてもらうことにしているのだ。
しかも横浜の掃部山公園の西側にある蕎麦屋がそういう場所にうってつけで、母親の体内のような居心地の良さをそなえていて、しばらくは我らの揺籃期を支えてくれた場所である。
そしてそこはまたボクが働いていた会社がほぼ10年くらい本社を移していた場所のすぐ近くにあって、昼にそばをすすり、夜はそばがきで美味しい日本酒を飲んでいた思い出の場所なのだ。
しかもロックグループのB’Zのイナバクンがここに下宿して大学に通っていたとかで、そちらのファンにとっても「聖地」の一つとなっている店なのである。
昨日は久しぶりにそのルーツともいうべき蕎麦屋の2階で忘年句会を開催し、酒もそばも句もたっぷり堪能してきた。
そこで大いに盛り上がったのが作品に天地人をつける中で「天」に選ばれたのは同数の票を集めた「手袋を外して別れの手を振りぬ」と「音を吸い灯を薄め雪降り続く」の2句。
兼題が「手袋」だったのだが、それで盛り上がった。
曰く、これはいったい男と女の別れの情景なのか、それとも部下と上司のような上下関係を伴った場合の別れなのか、はたまた、どんな思いで人は別れに際してわざわざ手袋を外して手を振るのだろう、そういえば昔見た映画でオードリー・ヘップバーンが冬のヨーロッパの鉄道駅のホームに立って発車していく列車に向かって手を振るシーンでは手袋はしたままだったぞ…などなど。
作者は「俺はあの子が一番好きだったんだが、あの後捨てられたんだ」と青春時代に刺さった棘だったことを明かしたが、みんなそんなことはどうでもよくて、勝手な推理と解釈を開陳して話はなかなか終わらなかった。
駅前のビルの地下の飲み屋で2次会もしたのだが、そこでもこれが話題になり続けたのは我らの淡泊な句会いにしては珍しいことである。
人の心の機微がそこはかとなく読み込まれた句というものは、それなりに人の心に響くものがあるというべきか。
これに対して少し恥ずかしいが、以下はわが提出句。
トゲ刺さる皮手袋やバラの恩
手袋をタクシー代わりにイノコズチ
暖冬に慣れし身にしむ寒さかな
暖冬を震えさせたり斜張橋
この冬は行方も知れぬ紋次郎
件の蕎麦屋の2階に掲げられている油絵。勤務先の会社で3つ歳上の先輩がいて一番気が合い、よく飲み語り合ったのだが、退職して3年目に急逝してしまった
その先輩が残した絵は辻堂付近から茅ケ崎方面の海辺の情景を描いたもので、ボクはここの海沿いのサイクリングコースを走るのが好きである
そしてこの店に来るとヤツに会えるのが嬉しい
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heihoroku
ひろ
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