平方録

春の心は〇〇〇からまし

午前4時。いつもの時間に起き出してパソコン脇のデジタル式卓上温度計を見ると19.5度を表示している。
ベランダに通じるガラスドアを開けてみると生暖かい湿った空気がどっと押し寄せてくる。
昨日同様、南寄りの風が強く吹き付けていて、今朝は時折混じる雨粒が顔を打つ。

4月の声を聞いてからずいぶんと暖かくなり、昨日も一昨日も暖房なしで夕食を食べ、食後のひと時も同様に暖房に頼ることもなくなっている。
ただパソコンに向かう朝だけはまだ体が目覚めていないようで、暖気に包んであげないと脳ミソも指先も動かない気がしてガスストーブをつけている。
ストーブの設定温度が真冬と変わらず20度だから、すぐにサーモスタットが効いて消えてしまうが、卓上温度計は22度を表示しているから、やはり暖かいんである。

サクラの花盛りの頃に強い風が吹くことは珍しいことではないが、今年に限って言えば満開になる前から強い風にあおられていて、花をじっくり愛でるいとまもないくらいである。
それでも昨日はヤマザクラでも見てこようと思って、保存緑地の奥にひっそりそびえている巨木の連なる花園に分け入るつもりで家を出たのだが、びゅうびゅうと誠にうっとおしく吹き付けてくるものだから、すっかり嫌気がさしてしまい、さっさとバスで東海道線の駅まで出てしまった。

車窓に次々と映るサクラを眺めながら片手に缶ビールを持ち、脇に駅弁でも置いてつまみ代わりにすれば案外いい花見になるかもしれないと思ったのである。
で、改札口の時刻表を確かめたらアタミ行の電車は出たばかりで、次の電車まで30分も待たされる。
その間に駅弁を物色したのだが、どれもマンネリに思えて食指が動かず、しからばと隣の駅ビルの食品売り場をあさってみたが、同様である。
当てが外れたなぁと思っていたら、アタミ駅の駅弁が頭に浮かんだ。あそこは観光地で観光客が多いから駅弁の種類も豊富である。
でも、これまで食べたことがなかったんである。

帰りの電車で食べればいいじゃん、という天の啓示もあったんである。
ん? そんな些細なことを天が教えてくれるわけないか…
ま、そこはともかく、ここから先は我ながら芸が細かいというべきで、アタミに向かっては進行方向右側の窓辺に座ったのである。
これだと早川を過ぎたあたりから左側に見える相模湾の眺めを放棄することになるが、狙いは沿線のサクラであるから、海側は復路で見ればいいのである。そこはしばしの我慢だと心に決めたのである。

で、結論。おお!と声の一つでも上がるようなサクラがあるものと思っていたのだが、急に眼がかすんで見えなくなったわけでも居眠りをしていたわけでもないのに、わが網膜にはロクなサクラは映らなかったんである。
海沿いの断崖絶壁の上に位置している根府川駅にはサクラがずらっと植えられていたように思うのだが、まだ咲いていないんだろうか。

往路は晴れていたので、ナノハナやモモの花はところどころできれいに見えた。
しかし、復路は曇ってしまったので相模湾の海は鉛色で寒々しく、肝心のサクラの見るべきものも皆無。わが沿線車窓花見の思惑は見事に空振りしてしまったようである。

そうそう、アタミ駅の駅弁だけれどアジとキンメダイが5カンずつ入った押しずしを買いましてね、でも、これは妻が通夜に出かけてしまうのでボクの夕飯にすることにして、サクラエビの入ったかき揚げを載せた440円のそばを上りホームの立ち食いそば屋で食べました。
正直言って、イマイチというかイマニ、イマサンでしたな。
駅弁の味はどうだったか? ま、これは大船駅のアジの押しずしに軍配が上がりますな。でも、高級魚のキンメダイを加えているという努力を買って、まずは合格。しかも、景色を見ながら食べればもっと良かったでしょうね。


 世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

ボクの気持ちも在原業平と似たようなものだったのだが、車窓花見なんぞという不精なことを考えるとロクな結果にはならないということが分かりました。車窓の花見は失敗の巻ぃ~。


 春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり

西行法師は花が散っていくのを惜しむ気持ちと同時に、むしろ一斉に花を散らす落花の息を飲むような美しさに心を惹かれたのだろうと思う。
今年は一斉に満開になっていないから、どうなんだろう。それにしてもヘンな春だよなぁ。



アタミ駅の駅弁屋で買った「炙り金目と小鯵の押し寿司」
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